聖なる勇者は獣頭の賢者を嗤う
「生贄とはまた……本当に賢者というより邪神だな」
神聖帝国の勇者スチュワート・ペンドルトンは、うんざりした顔で角のある獣頭の石像を見上げた。
「オブライト、そういうことは出立前に言え。山羊も家禽も用意しておらぬぞ」
末席とはいえ魔導王国の王子であるセイルーンに文句をつけられて、一介の王立学院の学士に過ぎないオブライトは首をすくめた。
「あっ、いえ……そのような家畜や鳥はふさわしくないと申しますか……」
肌寒いほどの地下にいるというのに、汗がにじむのを感じた。
オブライトは、戦中戦後で日々予算を削られ制約を加えられ続けた学院での研究生活を維持するために、こまごまと陳情を重ね、無理筋の便宜を唯々諾々と飲み、黒も白と肯いてここまで来た身である。彼はもう、専門でもなく半ば以上読解できてもいない古書の中身を、この場で推測で補って語るよりほかにできることがなかった。
「魔導王の復活のためには、その力にふさわしい器が必要なのです」
魔導王の強力な魔力を操るためには強靭な精神と肉体が必要だ。
「強い魔力と強靭な肉体を手に入れるのが目的の儀式に、強い心身の者を差し出せというのはおかしいだろう」
スチュワートのもっともな疑問に、セイルーンは「これだから田舎者は」と、わざとらしくため息をついて見せた。
「魔導で強化される力をなんだと思っている。そこいらの力自慢程度など話にもならんのだぞ」
「なるほど。勇者の適性と似たようなものか」
神聖帝国で勇者に下賜される装備は、勇者の身体能力を飛躍的に高める特殊な武装だ。
これを扱うには一定水準以上の資質が必要であり、スチュワート自身も神殿に選抜されて勇者となった。
「ボーダンは賢者です。この儀礼の間にあの像が置かれているのは、魔導王の力を継ぐものの力量を推し量るためでしょう」
「しかし、"贄"というのは不穏な表現だな」
「……古い書ですので、細かい言葉の選び方は今とは違うかもしれません」
背をこごめて、視線を足元や壁に不安定にさまよわせているオブライトを、スチュワートは胡散臭そうに睨んだ。しかし結局、オブライトにはそれ以上何も言わず、兵にセイルーンを輿に拘束するように命じた。
「どういうつもりだ?!」
わめくセイルーンに向かって、勇者スチュワートは「喜べよ」とせせら笑った。
「魔導王の座に就きたかったのだろう。その夢がかなうぞ」
「貴様っ」
「先を譲ってやると言っているのだ。感謝しろ。お前がひ弱すぎて不適切だったら、俺がその力貰ってやる」
要するに、怪しいから試しに"贄"とやらをやってみろ、というひどい話だ。喜べるわけがない。
「さて、学者。"贄"を用意したらどうすればいいんだ」
「ジ・ボーダンの像の前に」
「オブライト!! 勝手がわかっているのなら貴様がやれ」
「いえ……王に連なる者の方が成功率は高いと書かれているので……」
「だそうだ。がんばれ」
「失敗する可能性がある賭けに、この場で唯一の王族を出すやつがあるか!」
見苦しくもがいても、輿に縛り付けられた身は思うように動かない。セイルーンは己を禍々しい像の前に運ぶ兵士らを罵った。
「くそっ、誰のおかげでここまで無事で来られたと思っておる」
神聖帝国の兵士らは、ややためらって勇者の方に目をやったが、スチュワートは動じずに「やれ」と顎で指図した。
巨大な獣頭の石像は、セイルーンの乗った輿がその前に置かれると、わずかにミシリと軋んだ。
ただの石像ではありえない、周囲を圧するような気配が静かに広間に広がっていく。
セイルーンの輿を降ろした兵士の一人は像を見上げて恐怖で棒立ちになり、もう一人は声にならない悲鳴を上げながら這うようにその場から逃げ出した。セイルーンが「助けろ」と命じても、誰も従おうとはしなかった。
ジ・ボーダンの像の楽器を持つ手の指がわずかに動いた。
「ええい、もうよい。貴様らなど我が加護に能わぬ。破縁!」
セイルーンが魔導の力ある言葉を放つと、彼が胸に下げていた金色の護符が一瞬輝いた。
それと同時に、周囲の者たちがつけている護符が黒ずむ。
「おいっ、なにをした?!」
「私に従わぬというのなら、私の兵ではない。この護符を通じて与えられていた王族の配下としての加護を切ったのだ」
「殿下、そんなことをしては!」
石でできているはずの像が、花弁をかたどった台座の上でゆっくりと膝を立てた。
「大変です。護符が効かなければ、我々は侵入者とみなされます」
「バカな」
石とは思えぬ質感に変化しながら、ジ・ボーダンの像は立ち上がった。獣頭人身の番人は手にしている六弦琵琶の棹を持ち替えると、竜を模した棹頭を握って、棹に仕込まれていた刃をスラリと引き抜いた。
床に落ちた琵琶が耳障りな不快な音を立てた。
目を閉じたままのジ・ボーダンの腕の一振りで、像の目の前に立ち尽くしていた兵士と輿の背もたれの端が断たれて落ちた。
「怪物め」
勇者スチュワートは、己の聖珠を取り出して、その頂点にあるピンをひねった。
「解錠」
叫びと共に、勇者の卵型の聖珠の外殻が開き、中央の黄水晶が光を放ち、浮かび上がった。
「聖鎧顕現!」
黄水晶は勇者の額の中央に座し、そこから出た光が彼の全身を包んだ。
聖珠から顕現した勇者武装である白銀の胸当てと手甲と脛当を纏ったスチュワートは、術で強化された身体能力で、獣頭人の二撃目を避けて跳躍した。
「聖剣」
空中で体を捻りながら抜剣する。その剣の刃も勇者武装と同じ白銀で暗い儀礼の間でほの白く光った。
「石でなくなったのは好都合!」
着地して剣を構えなおした勇者は、獣頭の番人に向かって切りかかった。
獣頭人の三撃目を聖剣が切り裂く。飛んだ刃先が目の前の石の床に刺さってオブライトは腰を抜かした。へたり込んだ頭上を刃先のない剣の四撃目が薙いでいって、別の兵士の悲鳴が上がる。
「お前達、どうせ役に立たんのなら、おとりぐらい上手くやれ」
勇者スチュワートの無体な命令に従える兵士はいなかった。
「化け物退治だ。今、その首、叩き落してやる」
両手で構えた剣の輝きが強くなる。勇者は一気に踏み込んだ。
狙いはオブライトたちに向かって刃を振り下ろそうとしている怪物の首。
「おやめなさい!」
強い凛とした声が闇に響いた。
いよっ、待ってました!
(出のタイミングが歌舞伎か特撮か時代劇と言われましたw)




