愚者の横暴
敵役回です。
「ここが王墓か!」
松明を持った兵士達の後から八角の泉の間に踏み込んだ勇者スチュワート・ペンドルトンは、横柄に堂内を見回して、眉根を寄せた。
「なんだ。何もない行き止まりではないか」
ズカズカと中央の一段高くなったところに上がって、空の泉の端に足をかける。
「どういうことだ。セイルーン」
声をかけられた相手は、兵士二人が持つ簡易型の輿の上で、不快そうに顔を歪めた。そうするクセがついているために、元は整っていたであろう顔に刻まれた眉間や口元のシワが深くなる。
「私のせいではない」
「貴様、王族だろう」
「王家でも王墓の詳細は失伝していると、何度言えばわかる」
「使えん男だ。おい、学者!」
「は、はいい!」
兵士に突き飛ばされるように、勇者の前にまろびでてきたのは、学院のオブライト学士だった。彼は、分厚い古書を慌ててめくりながら、モゴモゴと回答した。
「い、泉の間は前室です。書によれば、その奥にジ・ボーダンの座す儀礼の間があると……」
「ないではないか!」
苛立つ勇者にせっつかれ、オブライトは暗い松灯の下で古書に指を走らせた。
「えええっと、"水"か。水が扉を開くとあります」
「水? そんなものはないぞ」
苛立ちを募らせる勇者スチュワートに向かって、セイルーンは面倒そうに「貴様の足元にあるのは泉だ」と告げた。
「それがどうした。ここにも水はないぞ」
「勘の悪い男だ。"水"が鍵で、空の泉があるというのなら、その泉に水を張れば何がしかの仕掛けが働くのだろうよ」
「よし、水を持ってこい」
スチュワートに命じられた兵士らが戸惑いながら、飲用に持ってきた水の樽を泉の端に置いた。
「お待ちください、勇者殿。セイルーン殿下、それは何らかの魔導具と思われます。迂闊に作動させるのは……」
焦りながら恐る恐る進言するオブライトを、自身も魔導の心得があるセイルーンは鼻で笑った。
「この遺跡を作った奴らにとっては、魔道具というのはすべて当たり前の技術で何にでも使うものに過ぎない。過剰に恐れる必要はない」
「しかし……」
「何のための護符だ」
セイルーンは己の胸に下げた金色の四角い護符を指した。古代語と装飾紋が刻まれたそれは、王城の宝物庫から持ち出してきた物だ。ひと回り小さい同様のものを、オブライトや勇者だけではなく同行する兵士も皆、鎖で首から下げている。
「ここまで、何の危険もなかったであろう。我々は主と見なされている。恐れることはない」
「注げ」
勇者の号令で兵士は樽の栓を開け、水を注ぎ始めた。
注がれた水は、松灯の橙色の明かりをゆらゆらと反射しながら、黒い石の上にゆっくりと広がっていく。
「勇者殿、飲用水をすべて開けてしまうと、このあとの探索に差し支えがでます」
「かまわん。帰りは迷路であれほど時間は取られん。各自の水袋で足りるだろう」
「はっ」
浅く水が張られた泉はチラチラと魔力光で輝き始めた。
「なんだ?」
局所的に泡立ち、さざ波と共に幾本もの光が細く立ち始めた水面を恐れて、勇者や兵士達は八角形の泉から離れるように後ずさった。
ガシャン、ガシャンという唐突な稼働音とともに泉のヘリに付けられた開閉器が開いて、部屋の四方に伸びる溝に沿って、泉の水が流れ落ちていく。
「水が」
思わず流れを目で追った兵の前で、部屋の太い柱の装飾が下から上へと順に光り始めた。
柱頭まで昇った光は、屋根のドームを支える円周に沿って、彼らの入ってきた入り口からその反対方向に向かって奔った。入口の通路の向かい側の壁の上部が輝き、ゴウンという鈍い音と共に、水が壁面を覆うように壁の手前に流れ落ち始める。
壁の奥から響くゴウン、ゴウンという謎の音に合わせて水量を増す幅の広い膜状の滝に、室内の一同はただ呆気に取られていたが、はっとしたスチュワートは水の落ちる先を見た。幸いなことに水は部屋を水浸しにすることはなく、壁際の溝に流れ込んでいる。淡く光る水のカーテンに視線を戻すと、スチュワートはその奥に目を凝らした。
「……開く?」
滝の水量が中央から順に減っていき、舞台の幕のように開くと、その先に石壁はなくなっていた。
「儀礼の間か」
八角形の泉の間よりも、ずっと広い空間の奥には、角のある獣頭の座像が、魔導の明かりで照らされていた。
「邪教の儀式の祭壇だな」
神聖帝国の勇者は、魔導王国の王墓の最奥に踏み込んだ。
§§§
獣頭人身の座像は六弦琵琶を手にしていた。太い二本の角と牙のある獣の頭部の目は閉ざされているが、琵琶の棹の頭は竜を模していて、その眼には赤い石がはまっていた。
「グロテスクだ。こんなものを崇めるやつの気が知れない」
「これはジ・ボーダンだ。神ではない。迷信深い貴様らと一緒にするな」
勇者スチュワートは石像を見上げながらセイルーンの言葉を鼻で笑った。輿を下りて杖を突きながら隣に来たこの王族の血をひかない王子は、王族のプライドだけは並み以上にあるところが勇者から見れば滑稽だった。
「おい、学者。少しは広いが結局は、ガラクタが飾られているだけの空っぽのこけおどしの部屋だぞ」
「ジ・ボーダンは、王権の正当性と価値を評する賢者です。殿下と勇者殿がお探しになっておられる秘術はここでなされると思ってよろしいかと」
「ならば、もったいぶっていないで、さっさとその方法を提示しろ。御託と薀蓄はうんざりだ」
「フン、勇者殿。それ以上文句を並べると、新興国の勇者は肩書だけ与えられた野蛮人上がりで、高等な概念を理解する知性もないと兵に思われるぞ」
「なんだと!」
「おいおい、私に怒るな。私が貴殿を愚者だと思っているという話ではない。貴殿の兵らが貴殿を侮ると厄介だぞと忠告しているだけだ」
スチュワートは、生まれ故郷の方言で度し難く疎ましい者を罵る端的な罵声を一つ吐き捨てた。
この魔導王国の王子とやらには本当にイラつかせられる。スチュワートは戦争の勝者であり強者だ。ろくに足腰も立たぬために戦場に出ることもできず生き残っただけのカス王子に、侮られるいわれはない。
終戦協定の締結をと持ち出しておきながら、魔導王の座が空位であることを理由に決定権の所在をあいまいにして、のらりくらりと結論を先延ばしにしつつ決定的な賠償金の支払いや領土の割譲に関する詳細を決めようとしない魔導王国のやり方に、スチュワートはうんざりしていた。
神聖帝国側も、帝国などと名前は勇ましいが、その実、急速に拡大している領土の割に統治に明るい文官は足りず、信仰が篤いという理由で位を上げた神官が政治に口を出している状況だった。その"信仰が篤い"というのも、上級者への賄賂やご機嫌取りがうまいだけという者が多数という有様。利益誘導と互いの足の引っ張り合いに終始する政治ごっこに、魔導王国の陰湿な貴族の策謀が混入した結果、現在の王国の政治中枢は混乱を極めていた。
スチュワートは対王国戦の報酬を取りはぐれないために、継承権のある王族だというセイルーンと組んだのだが、この王子は基盤は弱いし、人望はないし、プライドばかり高くてどうにも扱いづらかった。
それでも、身に覚えのない横領の罪状で立場を悪くしたスチュワートにとっては、もたらされたこの王墓の情報と、かろうじて王子と認められているセイルーンという駒は、最後の命綱だった。
これまでかなり好き放題をしてきて、潜在的な敵も多かったらしく、つつく名目ができたとたんにスチュワートを勇者から解任して放逐しようという者が多数現れて、このままではすべてを失いかねない。
この陰惨な邪教の穴倉から成果を勝ち取って帰る以外に、スチュワートが強者であり続ける道はなかった。
「それで、いったいどうすれば、魔導王の力とやらを復活させることができるのだ?」
知識ばかりで知恵は足りなさそうな学者は、怯えながら「贄が必要です」と答えた。
今回、やな奴しか登場していないし不穏なので、癒しのためのオマケをお送りします。
<領主館厨房>
「黒さ~ん、パン焼けたよ~」
「ほら、あつあつだよ。この籠に入れるね」
「ふふふ、おいしそうだろ。黒さんが持ってきてくれた麦の粉入りのパンだよ」
「奥様、蒸かし芋はあまり好きじゃないものね」
「スープは蓋つきのポットに入っているけど傾けちゃだめだよ」
「ああ、もうちょっと待って、今、裏の畑にベリーを取りに行かせているから」
「季節もので奥様がお好きなんだよ」
「頑張っている奥様には、少しでも食を楽しんで気を楽にしていただきたいからねぇ」
カタリ
黒騎士は大きなバスケットを抱えて深くうなずいた。




