人のサガは変わらない 魔術師の業は変えられない
"魔導王"というのが何を指すかは時代と文脈によって異なる。
一番つまらない広義でのそれは魔導王国の国王という役職名であるが、通常はその中の傑出した幾人かの王のみを指す。血筋であったり能力であったり成果であったり、評価基準は様々で、その言葉を使うものが信じる"正当性"によったりするので、政治的思想が如実に反映する。
その状況でもまず間違いなく満場一致で"魔導王"と称されるのが、"初代"だ。
強烈すぎる逸話が多く、ほぼ神話の(悪い方の)登場人物である。不確かでマイナーな文献にビクター・バロウドという名前がかろうじて残っているが、一個人としてのビクター・バロウドの半生や人となりは伝えられていない。黒髪で角があったのは確実なようだが……高笑いする人というのは後世の脚色だと信じたい。
「魔導王の復活……って、そんなことできるのか?」
「昔の人は迷信深かった、というわけでもないんですよね? 今より魔導は高度だったんでしょう?」
サムソンやリラの困惑はもっともだ。
「昔話で冥界に行って帰ってきた男の話を子どもの頃に聞いた気がしますが、ああいうのは田舎の炉端の暇つぶしだと思ってました」
ラリーのその感覚は、現代の王国人としては標準的だ。
古代の高度に発展した魔導知識は、専門職の魔導師にのみ部分的に引き継がれ、一般人の生活からは遠くなった。その結果、魔導の効果は、純粋な理で成立させるものではなく、偉い人が施す"なにかすごいもの"程度にしか理解されなくなった。今やそれはおとぎ話と迷信に埋もれつつある。
北の辺境であるバロールは、王都よりも神話や伝承が生活の近いところにあって、古代の魔がまだ息づいている土地だ。住民も人ならぬ超常の存在に近しく寛容だが、そのバロールの田舎出身のラリーですら、冥府の話は子供向けの説話だと感じているのが現代なのである。
「確かに、今時、奇跡だの魂の救済だのと叫んでいるのは、神聖帝国の司祭ぐらいですものね」
"魔導王国"がこのありさまで、新興の"神聖帝国"が"神の奇跡の御業"と、それを使って戦う勇者をして人々の畏怖を集め、勢力を伸ばしているこの世界は、なかなかに皮肉だと思う。
しかしそれも仕方のないことではあるのだろう。大衆全員に魔導理論を解するほど賢くあれとは言えないし、頭のいい者全員に慈悲深く寛容な善人であれと言うのも無理な話なので、どれほど歳月が経とうとも、人は迷信とエセ奇跡の泥濘から抜け出せない。
一時代とはいえ、魔導文明の勃興を導き、人々に魔導の理が世界をどれほど変えうるかを示した初代魔導王というのは、やはり規格外に凄い存在だったのだろう。
彼は人が魔を恐れる世の中で、王国を作り、人から魔を分離して治めた。
だが彼は偉大過ぎた。彼なしで人々は大きすぎる権能を維持できなかった。人の身でありながら魔の闇を扱えるようになったはずの人々は、魔を治めることを恐れ、封じて忘れてしまったのだ。魔導の名を冠する王国は、魔導王を玉座に据えることを避け、民は魔であることよりも、魔など知らぬ只人になることを選んだ。
ビクター・バロウドがどんな人物だったのかは知らないが、挙句に神聖帝国に敗れた今のこのありさまを見たら、私と同じく苦笑するだろう。
「神聖帝国の人々は、あの神とやらをどの程度信じているのかしらね」
「神聖帝国の神や奇跡は異質なもので、古代の神々とは完全に源を別にする何かだってローガン先生は言ってました」
「インチキ臭いことこの上ないですわ!」
「リラ、お前……自分が便利に使っているその鎖は、神聖帝国由来の呪いだってわかってるよな」
「サムソン、あなたは武器職人なんでしょう? 使いやすい鎖は良い道具よ」
「普通に鎖を作る側の人間だから、心配してるんだろうが!」
いつもの口喧嘩を始めたサムソンとリラの後ろで、黒騎士が二人をなだめようとおろおろしている。
私は彼の隣に行って「大丈夫」と小声でささやいてから、「なんにしても!」と声を張った。
「私達は問題解決の手がかりを見つけに来たのだから、そのために動きましょう」
ここで立ち話をするために、ここまで来たのではない。
「ここは魔導王復活のための研究施設としての役割も兼ねていたの。この部屋に隣接してその研究を行っていた魔導師達用の部屋があるはずだから、出入り口を探して。そこに私達に必要な知識が記された資料が残っている可能性が高いから」
「はい、奥様」
私達は手分けして、隠し扉の類がないか探し始めた。
§§§
八角形の部屋の西側の壁の隅を、ラリーは軽く叩いた。
「ここだけ石板ですね。その向こうに空洞があります」
「あー、ここの装飾だけ後から差し込んでるな。これを外して、筋沿いに滑らせて引くと外れるぞ」
「魔力は感じられないから、特殊な魔導的封印や罠はないわよ」
「なんでそれが即座にわかるんですか?!」
「研鑽?」
全員にそう答えられて、リラは「そーでしょうとも!」と腹を立てた。
隠し戸の先の部屋はこれまでのこの遺跡の内部とは雰囲気が違っていた。
「埃っぽいですね」
床や壁に装飾は一切ない。床にはよくわからない物がいっぱい置かれていて、壁面は物が大量に詰め込まれた棚で埋まっている。よく片づけられて整然とはしているが、物が多すぎてすっきりしているとはいいがたい。
「よく片づけて、掃除して引き払って、出入り口をふさいでそれっきり……ってところでしょうか」
「ここが目当ての部屋かな?」
「そうみたいね」
私は皆に、床や棚に置かれたものに手を触れないように注意した。
保存状態がどの程度かわからない。必要な記述が崩れて読めなくなると取り返しがつかない。
「不壊の術を使いながら順番に確認します」
「これを全部確認するのか。それは長丁場になりそうだな」
「ヴィクトリア様がお座りになられる場所だけでも、まず少し掃除したいのですが……」
「あ、ここに扉がありますよ。まだ別室があるんじゃないですか」
さっそく文献を見繕い始めていた私は、ラリーに呼ばれて、入ってきた側とは反対方向にある扉の所に来た。扉は大げさな装飾は何もない青銅製で、すっかり錆びついていたが、黒騎士が外してくれた。
扉の先は通路で、両側に部屋がいくつか並んでいた。出入り口には扉もなく、どの部屋も簡素で狭い。
壁には、ちょうど人が横たわれるほどの壁窪が数段作られている。
「カタコンベ? にしては空っぽだな」
首をひねるサムソンの隣で、リラは私と同じ結論にたどり着いたらしく、確信と呆れを含んだ声で断言した。
「ここ、研究カスどもの休憩室ですね」
「もう少し、手心を加えた言い方はないの?」
「塔の魔術師とおんなじじゃないですか。ヴィクトリア様も身に覚えがございましょう?」
ある。本棚と机から可能な限り近いところで気絶するように眠る。研究者時代はリラに迷惑をかけた。
「ええっ、ここで研究していた魔術師達って、拉致されてこんな所に監禁されて無理やり働かされていたんですか」
「強制奴隷労働かと言われたら、違う可能性はあるけれど、自発的に研究していたとしても生活実態はひどかったでしょうね」
ここを閉じる前の撤収は計画的に行われたようで、部屋はどこも綺麗に私物はなくなっていた。
「ここは少し大きな部屋ですね」
「テーブルがあるわ。食堂か何かだったのかも」
「確かに居住ってことを考えた部屋だな。壁が漆喰だ」
漆喰壁は、ひびが入ってあちこち崩れていたが、風景や静物が書かれていた。それと……。
「落書きが凄いですね」
「食堂の壁に数式を書き連ねる神経ってどうなの?」
「複数人が議論した跡にみえるわね。紙がなかったか……ここのが手ごろだったんでしょう」
「そういうところですよ! まったくもう。信じられない」
たしかにここには当時複数人の魔導師が詰めていた生活設備のようで、食堂の奥には厠と思われる小部屋もあった。
「助かった。さすがに魔導王様の墓所なんて場所では、どっかその辺の端っこで適当に済ますってのも罰当たりな気がしてどうしようかと思ってたんだ」
嬉しそうに小部屋に用を足しに行こうとしたサムソンは、ふと心配そうに振り返った。
「侵入者除けの棘が急に下から出てくる罠とかないよな?」
「知らないわよ、バカ。ほら、明かり貸してあげるから自分で確認して使いなさい!!」
「この場所が私達の推測通りなら、そんな無駄な罠はないはずよ」
身分証の額飾りは落とさないようにしなさいというと、サムソンは返事の代わりに、ただ肩越しに親指を立ててみせ、いそいそと奥の小部屋に去っていった。
§§§
燭台に魔導の明かりを灯し、リラが綺麗にしてくれた床に座り込んで、私は文献の調査に取り掛かった。
さっそく興味深い記述が見つかったので、ハンカチを取り出して確認する。
「ヴィクトリア様、椅子になるものを探してまいりますから、床に座るのはよしてくだ……なんですか、その真っ黒なハンカチは?!」
「わぁ、細かい文字がびっしり書いてある」
手元を覗き込んできたリラとラリーが目を丸くしている。
「王宮書院で調べ物をしたときのメモよ。さすがに全部覚えられないから」
「だからと言って、そんな薄手の高級なハンカチを台無しにして」
「あれ? 王宮書院って、入り口で持ち物を検査されて、筆記具は持ち込み禁止でしたよね?」
「ええ。だから、これに書いたのよ」
「ペンとインクはどうしたんですか」
私は飾りベルトに下げている装身小物をラリーに見せた。
シャトレーヌは貴族女性用の装身具で、ベルトに付けられた凝った装飾の留め具から幾本も垂れた細い鎖の先に、香水入れや鏡などのちょっとした身だしなみ小物が下がっている。ポケットがなくて自分で鞄も持たない貴族女性にとっての便利グッズだが、どちらかというと細工の美しさを楽しむ装飾品で、小物類の実用性はほとんどないのが普通である。
「見て、ここを開くとペン先が出てくるのよ。そして折りたたんであるこっちを両側からぐるっと展開して、こうして留め金で止めると……ほら、小さいけどいい感じのペン軸になるの」
「わぁ……」
「軸のここに予備のペン先入れまであるの凄いでしょ。で、こっちはインク瓶」
「香水入れではなかったんですか」
「こっちはこんなに小さいけれどナイフなのよ。折り畳み式の刃がかわいいでしょ。羊皮紙を削れるのよ」
「そういえば文具店で色々と見ていらっしゃいましたね」
「わざわざ文具店に出向いて、そんな趣味的なものを勧められるままに道楽買いするのは、なぜかと思ったら、王宮書院での手荷物検査係の目をごまかすためにだったんですね!」とラリーに感心されて、私は後ろめたさでちょっぴり目が泳いでしまった。
あ、リラが「全部わかってますよ! ただの道楽ですね!!」という顔をしている。
その通りです。ごめんなさい。
この話題を続けるとリラのお説教コースになるなと察した私は、適当に話を切り上げて作業に戻った。
……実はハンカチでは足らなくてアンダースカートの裏にもいっぱい書き込んでいたことを知られたら、大目玉を喰らうのは確実なので、私はそれまでに交渉材料になる成果を上げておくべく文献に集中した。
§§§
「はぁ……ダメだわ、あれは。ああなるとヴィクトリア様は、しばらく戻ってこない」
せめて椅子を探して差し上げねばと、ため息をついたリラの肩を遠慮がちにつついたのは黒騎士だった。ヴィクトリアの方を心配そうに見て、それから自分を指さして、首をかしげて見せる。
"何か彼女のためにしてあげられることはないかな?"の意味だとリラは察した。
「それでしたら」
リラは、黒騎士に持ってきてもらいたいものを遠慮なくリストアップし始めた。




