遺された跡が遺跡だが何が遺されたのかは重要
扉の奥は黒々とした通路だった。
「わっ?!」
光筒で中を照らし、警戒しつつ入ったラリーが、二歩目で悲鳴を上げて転がるように避けた。
壁の両脇から突き出した太い棘のような金串が、交互に重なるように通路を閉ざす。
「ラリー!」
「大丈夫、生きてます」
棘の向こうから返事が返ってくる。咄嗟によく避けられたものだ。怪我もないらしい。
棘はゆっくりと壁に開いた穴の中に戻っていくが、侵入者が通ればすぐに飛び出してくるだろう。
「殺意の高い罠ね」
「私はともかくヴィクトリア様は、あの勢いで出てくる棘は躱せませんよ」
「俺も無理だよ。え? なに? 鎧の旦那。自分が抱えて、その馬で突っ切る? バカ言うな」
凄い勢いなら何とか……みたいなことを身振りで伝えようとしている黒騎士の提案を全員で却下する。
グレンもそうだが、バロールの男は力押しの解決策に走りすぎる傾向がある。
「結界と同じ原理よ。資格のない侵入者は通さない。わざわざ棘なんかにしているのは、見せしめ効果を想定しているのでしょう」
「この場合、資格って、バロール王族かどうかとかですか」
「概ねそういうところかしら。使用人やここで働いていた魔導師も通さないといけないから王族のみということはないと思うけれど」
気付きにくい強度だが魔導的な結界も同時に張られているので、侵入者は軽い抵抗を感じて一瞬足止めされる。そこに棘が来るのだから、たちが悪い仕掛けだ。
「ラリー、よくあなた通れたわね。墓荒しは絶対許さない仕組みよ、これ」
「日ごろの行いですね!」
「顔が爽やかだと通すの……?」
「判定ガバガバじゃねぇか」
軽口を言い合っていても仕方がないので、私はサムソンに先ほど扉の番人から回収した赤い石のうち、砕けた方を出すように指示した。
「それの一番小さい欠片でいいわ。爪ぐらいの大きさを額に付けられるようにして。革にでも貼り付けて、紐で巻けばいいかしら」
「細い銀の針金と鎖で額飾り風にしましょうか」
「全員分お願い」
「俺の分は革にします」
サムソンが手早く細工をしてくれている間に、私は赤い石を"通行証"にする術をかけた。
「なるほど! 王宮書院で額に付けたあれと同じですね」
原理は同じだ。この石は魔力の利きがいいから魔導術式の媒体にするにはちょうどいい。
「ええっと、ヴィクトリア様。馬はどうします?」
私は月魄を見た。……大きい。
この先の構造がどうなっていたかを思い出して検討してみる。
「月、ありがとう。また、あなたの助けが必要になったら力を借りるわね」
念のために月魄にも管理者の乗騎用の最高位の通行許可を付与しておく。
術の仕上げに額に軽く息を吹きかけてやると、賢い名馬は、私に丁寧に頭を下げ、優雅に虹色の揺らぎの中に消えていった。
黒騎士が私の袖を後ろから引っ張って、自分も同じ方式がいいと額を指さしてせがんできたが、さすがに馬と同じカテゴリにはできないので断った。人馬一体で仲が良いと言ってもそこは区別が必要だろう。
ちなみにフィヨは、最初から規制外だった。さすが霊鳥。
「この中で一番格上なのがこの毛玉とは……」
「フィヨは偉いんだねぇ」
「フィヨ~♪」
ご機嫌なひな鳥は、褒めてくれたラリーの頭の上に乗って、隊長気どりで飾り羽根をピコピコさせた。
§§§
警戒しつつたどり着いたのは円形の部屋で、中央の一段高くなったところに八角形の窪みが切ってあった。
「学院の中庭にあった泉みたいですね」
たしかにリラの言うとおりだが、むしろあちらが模造品だ。学院の噴水池はタイル貼りだったが、こちらは黒と白の石が精密に組み合わされている。彫られている幾何学文様も装飾ではなく、本物の魔法陣である。石の性質を利用した高度な細工で、この規模の術式を支えられる永続機構を作った術者と職人の偉大さを想うとめまいがする。
「水はないですが水盤でしょうか」
「四方に吐口がある。水が張られたことがあったとしても、ここから流れ出てしまったんだろう。お、開閉式なのか」
「迂闊に触れちゃだめよ」
サムソンはぎょっとして手を止めた。
「これ自体がとても強力で高度な魔道具だから迂闊に発動させると大変なことになるわ」
「うへぇ」
あわてて、私以外の全員が八角形の泉から距離を取る。
「大変……って、何が起こるんですか?」
「また罠が発動するとか?」
「そういう小細工じゃないの」
専門家しか取り扱ってはいけない道具を、ど素人がいい加減に触ると大惨事が起きるのだと説明すると、サムソンが納得して深くうなずいてくれた。
「鍛冶屋の炉の周りを幼児がちょろちょろしていたら、そりゃ怒られるのはもっともだ」
ラリーとリラと黒騎士は、慎ましくもう一歩、後ろに下がった。
「この王墓は全体が巨大な魔導具で魔法陣の中枢なの。見て」
私は八角形の水のない泉の底面を指さした。
「地図……か? 中央平原と、海に……ルス湖?」
「その端の方にあるのバロールですね! ガラ大山脈とナジェール河がぎりぎり端っこにある」
さすが元遍歴職人と斥候だ。この大きさの地図を見てどこが何かわかるほど地図の読み方を知るものは、市井には少ない。
「伏鉢山がなくて、湖がありますね。ここが作られたころはやっぱり枯れ底は湖だったんだ」
「北はバロール、南はナンザ同盟、東は中央平原どころかエンデミール大森林のシロツカの向こうまで入っているようだが、これは一体?」
「古王国時代の国土全域よ」
「えっ?!」
ばかばかしく広大な領域を示した地図を見下ろして、私は肩をすくめた。
「この遺跡は、当時の王国全域を覆う大魔法陣の中枢なのよ」
「なに考えてたんですか。昔の偉い人達」
リラの辛辣さが届けば、昔の魔導師たちは首をすくめただろうか。
「国を治めるということは、その土地とそこに住むすべての者の魔力を集めて治めることだと思ったのかもね」
「いやいや、そんなこと……できたんですか?」
私は上を見上げた。円形の部屋の周囲に並ぶ八本の太い柱に支えられたドーム天井には、星と月と太陽が描かれている。薄暗い明かりで見上げる偽物の天は、キラキラと微かに光る水晶の星河が美しい。
「私も文献を読んだ時にはできるわけがないと思っていたんだけど、本気だったみたいよ」
私の言葉に皆も不安そうに周囲をぐるりと見まわした。
「でも……この遺跡、ずーっと無人で誰も治めてないですよね?」
「そもそも、地上も治めていない。この地図の大半は今は王国の土地じゃない。ナンザはとうの昔に別の国だし、中央平原はとっくに放棄していて、こないだの戦争で早々に神聖帝国の領土になってる」
「……ヴィクトリア様。ひょっとしてなんですが」
リラが竜頭の番人がいた扉の間に続く通路の方を見ながら、恐る恐る尋ねた。
「この遺跡、遺跡じゃなくて、今も働いてます?」
「そうね」
はるか昔から着実に稼働して、着々と魔力を蓄えている。
「墓の警備が目的ではないですよね。この王墓って、何の目的で作られたんですか?」
全員がしわぶき一つせずに私を見つめた。黒騎士が身じろいで鎧の合わせが擦れた音がやけに大きく響く。私は、ここを築いた古の魔導師達が為そうとしたことを、皆に明かすことにした。
「魔導王の復活」
死者の魂を現世に復活させようという無謀な試みだ。




