扉の番人は堅物で律儀
螺旋階段の出口は、太い柱の裏だった。
「うわ、なんだこの柱……」
装飾性の高いその柱は、四本の円柱が一つに束ねられた複合柱に見えるが、表面の凹凸でそう見せているだけで、実体は床や天井ともつながっている無垢の一本柱らしい。複雑な形状のため、その柱と壁との隙間に、腰ほどの高さの潜り口があるとは気づきにくい造りだ。
「痛てっ」
潜り口からかがんで出ようとして、柱に頭をぶつけたサムソンは、恨めしそうに、高い天井まで伸びる柱を見上げた。
「鎧の旦那、これ……かなり狭いぞ。頭、気をつけろよ」
大きな荷物を四苦八苦しながら広間側に出して、後続の黒騎士に声をかける。大柄なサムソンよりもう一回り体格が勝る黒騎士の足元が石壁の向こうで止まり、サムソンの方にぬっと何かが差し出された。
思わず受け取ったサムソンは、それを見てぎょっとした。
「頭に気をつけろとは言ったが、外して渡せとは言ってない!」
出入口が見える向きに兜の正面を向けてくれと、壁向こうからこちらに出した手をわたわたさせて伝えようとする黒騎士を、サムソンは叱りつけた。
§§§
サムソンに兜を元通りカチッと嵌められた黒騎士は、大きな石造りの広間を改めて見回した。
天井が高い。だが、今いる場所はもっと大きな広間から張り出した一部らしい。部屋の向かい側に開口部があり、その向こうにさらに柱が並んでいるのが見えるが、その先はランタンの明かりでは照らしきれない。
「扉の間の左翼みたいね。右手から壁沿いに進んで」
「はい、奥様」
先頭をラリーが行く。斥候隊所属の本職は身ごなしが違う。慎重に、だが素早く指示通りに奥の大広間の方に向かって行く。
黒騎士は全員の動きを見ながら、ゆっくりとあとに続いた。
磨かれた石床は、魔導の明かりを静謐な水面のように反射している。同じ暗灰色の石の柱は、柱礎と柱頭が張り出す形で、様式化された蓮の意匠だ。
暗い水底から伸びて咲く蓮は、魔導王国では知性や再生の象徴とされる。知性や教養としてはアイリスの花もよく貴族の書棚や文机の文様に使われるが、アイリスと比べて蓮、特に青い蓮は古い王家の様式として知られていた。
辺境バロールの領主の跡継ぎに相応しい文化教養の教育はサボりまくった覚えしかない黒騎士でも、こういう蓮模様は古い王家、程度の知識はあった。
たしかにここは古王国の王家に属する場所だ。
中央の広間は、バロールの領主館のメインホールが2つぐらいすっぽり入りそうな大きさだった。天井は今いる左翼廊部分よりも一段高い。
翼廊の柱よりももう一回り太い柱は、中央部がやや膨らんだ角柱で、四面には精緻な幾何学文様と黒騎士には読めない文字が刻まれている。
物凄くもったいぶっているのでなければ、きっとすごい意味があるのに違いない。
魔導と歴史に明るくない者たちは、何でも知っていそうなヴィクトリアが説明してくれることを期待して、足を止めた。
「ここが”扉の間"よ。この身廊の一番奥……私達は脇道から来てしまったから、ここからだとちょうど左手前方ね。柱の列の陰に隠れて見えないけれど……そこに"扉"があるの」
「それが王墓に続く本当の意味での入り口ということですか」
「ここが玄関ホール?!」
「当然、扉には鍵が掛かっているという話だな」
嬉しそうにいそいそと道具入れから工具を出そうとしたサムソンを、ヴィクトリアは止めた。
「鍵の前に、門番をなんとかしないといけないわ」
「門番?」
太い柱の陰からそっと顔を出して、扉があるという方向の様子をうかがうヴィクトリアに手招きされて、一行は同じようにそっと覗いてみた。
「直接、強い明かりを当てちゃだめよ」
暗がりの奥にぼんやりと見えたのは、黒々とした大きな扉と、その両脇に立つ竜頭人身の青銅の番人だった。
§§§
「近づくと動いて、侵入者を排除する……らしいわ」
「動く? 鎧みたいに関節が作り込んであるわけではなさそうだぞ」
「そうねぇ。私も鎧っぽい物を想像していたのだけれど、どう見てもガチガチに一体成型の金属ね」
「腕や脚の付け根はひょっとしたら継いであるかもしれないが、肘と膝は曲がりそうにないな」
「ということは、魔導で動くんですね」
「効率は悪いのだけれど」
「こういう建物を造る人達が効率を考えるとは思えませんわ」
それはそうだ。と、全員が納得した。
「近づくと動くなら、遠距離からの攻撃ですか」
「弓か、投擲武器。青銅に矢はたちそうにないな。鎧の旦那なら、槍を投げるのが一番威力が出るか」
「ケトゥスやエレバスを討ったという必殺技ですね!」
「相手が青銅製だと鳳雷鳥の雷撃を付与しても、ただ床に逃げて、効果はさほど出ないかも。内部機構があるならともかく、中まで詰まっているとしたら厄介ね」
「せっかく付け替えたばかりの穂先がダメになるだけのような気がしてきた」
ところで、武装は?
全員の視線が手ぶらの黒騎士に集まった。
道中ほとんどヴィクトリアを抱えていた黒騎士は槍を持っていない。なんならフィヨの姿も見ていない。
そういえば黒騎士は、いつも槍やランスの類は、馬の鞍に乗せている。森の中の道ではフィヨは月魄の上で寝ていた。
黒騎士は誰もいない右を見て、それから左を見て、なんとなくその場をごまかしたさそうに小首をかしげ、"ちょっと戻って取ってこようか?"という感じに、親指を上げてクイクイっと手を振った。
「可及的速やかに」
ヴィクトリアのいつもより抑えたトーンの声に危機を感じた黒騎士は、その場で揺らいで消えた。
§§§
「さあ、始めましょう」
グレンが黒騎士に持たせてくれたベーコン入り赤パンを食べ終えた私達は、打ち合わせた段取りに従って行動を起こした。
サムソンの革紐製スリングから放たれた白い丸石が、よく磨かれた暗灰色の床をツーっと滑っていく。
中二階の隠し通路で、螺旋階段の石蓋を隠すのに使われていた白石だ。そのまま通路に散らばらせてあると目立つので、後で迷路の印にでも使おうと持ってきてもらっていたのだが、ここで使うことにした。
弱い力加減で放たれた石は、扉の間の中ほどを超えたところで止まる。
竜頭人の青銅像は動かない。
強さを加減しつつ2個目、3個目の石が床を滑って行って、どんどん扉の前に近づいていく。
サムソンの手元の丸石がなくなりそうになり、扉とその番人の前が白石だらけになったところで、扉の間全体が微かにヴォンと鳴った。身廊に二列に並んだ列柱の表面の幾何学文様が薄青くぼんやりと光る。魔力光だ。この強度なら魔導師以外には見えていないだろう。
床面にも同種の光が格子状に浮かび上がる。なるほど。よく見ると遺跡全体を形作る暗灰色の石に黒い石がはめ込まれている。魔力光を放っているのはその石だ。
竜頭の青銅像がふるりとブレるように揺らいで質感が変化する。
その体表は、黒く硬い艶やかな鱗に覆われた生き物のそれとなった。
竜頭人の額が裂けるように開いて、魔力を湛えた深紅の石が現れた。
二体の竜頭人は尾をしならせて、長い首を左右に振った。うちの一体が扉の脇を離れて、扉から少し離れたところの壁の装飾に、手にした長い棒を突き刺す。と、その装飾部分が長方形に外れた。竜頭人は棒の先にその四角い板をつけたまま振り向き、それで床の掃除を始めた。
「床が妙に綺麗だと思ったら……お前か」
「お屋敷にアレがいるとお掃除が楽ですね」
「圧倒的な魔導の無駄使い」
ひそひそ囁きかわす皆には気づかずに、扉の間の番人は、点々と並んだ白い石を片付けるために、こちらに歩いてきた。生き物にしては動きがややぎこちなく、床の格子に沿って不自然に歩いているところを見ると、あらかじめ定められたパターンの動きに従っているゴーレムのようなものなのだろう。
竜頭人が予定の場所に来たところで、私は合図を出した。
「今よ!」
広間の中央の空中が虹色に煌めき、重い蹄の音と共に月魄に乗った黒騎士が、竜頭人を飛び越えるように現れた。
黒騎士を見上げた竜頭人の上に、ラリーが投げた黒布が投網のように広がった。
竜頭人を覆うように落ちた黒布の上から、リラの鎖が一気に巻き付いて、相手を拘束する。
一体目の竜頭人を飛び越えた黒騎士は、扉の前から動かない二体目に向かって槍を構え、一直線に馬を駆けさせた。構えた槍に黒騎士の肩に乗った鳳雷鳥の雛から付与された雷撃が宿る。
一撃。
黒騎士の雷槍が竜頭人の額の宝石をあやまたず砕いた。
拘束された方の一体は、サムソンが馬乗りになって、手際よく工具で石を取り出した。
「上々よ」
私は、広間全体の励起した魔力を静めながら、柱の間をまっすぐに歩いて扉の前に行くと、本来、竜頭人に供給されるはずだった魔力を扉に流した。
扉の表面の精緻な文様が、床から上に向かって螺鈿細工のように輝く。
「開け、冥府の門。開域!」
巨大な黒い扉がゆっくりと開いた。




