ダークな遺跡のライトな探索
それは、緑の中に忽然と現れた石窟遺跡だった。
まるで森の一角を切り取ってその四角い穴に暗灰色の岩の宮殿をすっぽり埋め込んだかのような奇怪な光景に、バロールの者達は息をのんだ。
「すごい……墓だっていうから、なんかこう丸く土でも盛ってちょっと石が積んであるのかと思ったら、滅茶苦茶大きくて立派じゃないですか。これがお墓なんですか?」
「これは墓というよりは宮殿か寺院だな。長い間、人の出入りはなさそうだが」
「すごい絶壁ね。何もこんなに切り立った崖で四方を囲まれたところに造らなくても良いのに」
「石を運ぶの大変だったでしょうね」
「運んでないのよ」
どういうことかとこちらを見たラリーやサムソン達に、私は眼下の遺跡を指さした。
「あれはここの岩盤を上から順番に彫って造ったらしいわよ」
緑にうずもれるように、しかし、厳然と周囲から隔絶して存在している石造建築の壁には、石積みの継ぎ目がない。
「どうかしてますね」
リラの辛辣な一言が、その場の全員の感想を端的に表していた。
§§§
四方が断崖と言っても、全く人の出入りを想定されていないわけではない。私達はすっかり崩れてしまっていた参道を見つけ、何とか遺跡の正面に降りることができた。入りやすい地点を作ることで、侵入経路を絞るという意味では、良い設計だし、設計通りに誘導されたと言える。
「見上げると、さらに迫力がありますね」
「彫りそこなったら取り返しがつかないのに、この壁面全部を彫刻で飾ろうと言ったやつは鬼だし、全部彫った奴らは腕と根性がありすぎるな」
「ここに魔導王様が眠っておられるのですか?」
王都生まれのリラは、北辺のバロール民やよその国から来たサムソンと違って、"魔導王の墓所"の名が今更のように気になってきたらしい。たしかにここは、奇しくもサムソンが評したように、寺院のような宗教的壮麗さがある。魔導王という存在は、宗教の影響力が低い我が王国において、ある種の信仰対象だともいえるからあながち間違いでもないだろう。伝説的な偉業が多すぎる偉人というのは、畏敬の念をもって遇されやすいし、伝説に尾ひれもつく。
「魔導王は不滅というのは、この中に魔導王が横たわっているっていう意味ではないわよ、リラ」
不滅で、死んでも生まれ変わり、超越した魔導の力で王国を守護する……などと、民心を掌握するために、盛大に威光を宣伝しすぎた結果、宗教化してしまったのだからマヌケな話だ。そういう根拠のない盲目的な崇拝を排して、理論と検証で構築された魔導を主軸に建国されたはずなのに、すっかり形骸化している。これでは追われた古い神々も嘆くだろう。
魔導王の名が神格化した結果、成り手の選考は毎回困難を極めた。当たり前だ。歴史的天才の尾ひれ付きの虚像に釣り合う者が、そうポコポコ生まれてたまるか。それでも中興の祖になれるだけの王はいたのだが、そうでもない代の箔付けに初代の生まれ変わり説を持ち出したり、それも騙れないほどの凡夫を偽物認定して王座から追ったりしたために、もはや虚像を使う側の方が虚像に囚われている有様だ。愚かしいにもほどがある。
あげく国のトップが長期間空位という事態を招いて、内輪もめで国が弱体化したことが、現状を招いている。
「まぁ、起きてきて国を率いてくださっていたら、戦に負けたりはしていなかったでしょうけどね」
「こんなところから出てきた王様が率いて、魔導王国の兵はすぐに従うのかが問題な気はするぞ」
「バロールなら誰も気にしなさそうですね」
あっけらかんと言い切ったラリーと、その後ろでありがたそうに肯いている黒騎士を見て、サムソンとリラは「確かにその通りだが、それでいいのか、バロール」と内心で思っていそうな複雑な顔をした。
「どちらにせよ、今の王族は誰も、この魔導王の墓所の存在すら意識していなかったから、王墓が封鎖されて以来ここに立ち入るのは私達が最初のはずよ」
黒騎士が心配そうに私を見下ろす。なんとなく彼が一番心細そうにしている気がするので、腕の装甲を軽く叩いて大丈夫だと安心させてあげる。
「ということは、中の状態が文献で残っている通りだということだから、調べた知識が有効だということなの」
「ヴィクトリア様は、答えを暗記してパズルを最速で解くのは昔から得意でいらっしゃいましたが、今回もそれですか」
「中は迷路みたいだけど、心配いらないわ」
「それは楽ですね」
サムソンは「確かにその通りだが、それでいいのか」と今度は口に出して呟いた。
§§§
石塔と石柱の間を進む。日差しは同じなのにひんやりとしてきた空気の匂いに森の中の生命の息吹はない。この先は、死者の祭壇だ。
ラリーとリラに明かりを持たせ、遺跡の中に入る。どこかに水の気配を感じる静寂を湛えた暗い大空間を、薄暗いランタンと、金属筒で細く絞られた白い明かりが照らす。
太い石柱の並ぶ大身廊の一番奥には、さらに奥に向かう通路があった。レースのような透かし彫りの白い石の飾り壁とアーチが何重にも続く通路は下り勾配で、明らかに地下に下っていく。その先は照らす明かりも届かず、闇に沈んでいる。白い飾り彫りに明かりが反射するために、その先がかえって暗く見える仕掛けだ。暗い通路に入ってからしばらく目を閉じて、目を闇に慣らしてから進むという方法もあるのだが……。
「実はこの先の迷路のような通路は通らなくてもよいの。脇の使用人用の隠し出入口から上がって、上の建物の中二階を通ってから階段を下りるのが、"扉の間"に行く近道なのだけれど、風情はないわね」
どうする? と聞いたら、全員が「近道で」と即答した。うちの使用人は皆、様式美の情緒を解さない。
§§§
天井が低く、壁の表面もノミの跡が残る裏通路を一列になって進む。通路の幅は狭いが、ときおり、すれ違い用なのか壁龕もあるし、一定間隔で明り取りの穴が開けられているので、単調だが閉塞感はさほどない。薄暗いものの足元はなんとか見えるのもありがたい。
「でっぱりあります。その先、一歩半で排水溝」
先を行くラリーが細かく注意してくれるので、嫌な作りの意地悪仕掛けも避けられる。
このあたりの施工は、侵入者への罠にしてはみみっちいので、設計の敗北なのかもしれない。
裏通路にもいくつもの枝道があるが、これは侵入者を迷わせるためというよりも、使用人が必要な部屋に向かうための実用だろう。私は調べてきた文献に残っていた地下通路の平面図と、今、自分が辿ってきた通路の距離と方向を、頭の中で照らし合わせながら進んだ。
「そこを左に入って、5ヒロ程進んだ先に階段があると思うのだけれど」
先頭のラリーが枝道を覗いて、壁龕があるだけだと応える。
「でも。これまでの壁龕と擦り傷の入り方が違うみたいです。調べてみます」
壁から半円状にくぼんだ壁龕の床に敷かれている白い丸石をのけると平らな黒い石が現れた。
「これ、石板ですね。他の場所のように一体成型じゃないです。端に筋目が入っている」
「蓋だとしても、どうやって開けていたんだ?」
四角い小さな穴はあるが、指を入れて持ち上げるという重さではない。
光筒で穴の奥を照らしていたラリーは、穴の奥は入口よりも広くなっているので何か適切な道具があれば引っかけることができたのだろうと言った。
「壁の上端に青銅の輪があります。あそこにロープか鎖をかけて吊り上げたのでしょう」
「こういう感じ?」
リラの手から黒い鎖が伸びて、壁の輪にかかって降りてきた。
「待て、この金具を先に二つ穴に入れてから、間にこれをこうして噛ませてやれば即席だが吊り金具になる」
サムソンが背負っていた道具箱から出した何かで器用に細工してくれた吊り金具に黒い鎖を通して斜めに引き上げると、石蓋の手前が持ち上がった。
と、その瞬間。
バキンと嫌な音がして、歳月で劣化していた青銅の輪が、石蓋の重さを支えきれずに落ちた。
「大丈夫?」
カタリ。
リラの鎖が不自然な軌道を描いたまま何とか石蓋を支える。同時に咄嗟にそれを掴んで支えた黒騎士は、慎重に石蓋を取り外して脇に置いた。
壁龕の床には黒々とした穴が開いていた。
「階段ね」
「どちらかというと井戸に近い気がするぞ」
私達はわずかな足場が刻まれた真っ暗な縦穴を慎重に降りて行った。




