お買い物は楽し
王都の石畳の通りを、駄賃乗りの二輪馬車はタタンタタンと軽快に走った。
王都の街並みは相変わらず灰色の陰鬱な石造りの建物が基本だったが、王城区や貴族街から外れているこの辺りになると、二階の張り出した木造の三階建てや、地方風の漆喰塗りの建屋なども混在して、庶民的な様相を呈している。
「思ったより人通りがありますね」
隣に座るリラが通りを行く人に鋭い視線を走らせながらつぶやく。
コスタリオールの港の朝市ほど賑わっているわけではないが、通りは危惧したほど閑散としているわけでもない。戦後で半ば帝国の統治下にあるとはいえ、一般市民の生活はそれなりに平常通りなのだろう。
この先は道が細いので、と御者が馬車を止めた。
馬車後部の従者用のステップに乗っていたラリーが、さっと先に降りて、足台をセットしてくれる。昨日、ヴァンがやっていたのを見ただけで、今朝はもう言われなくてもこれができるのは偉い。
私は身軽に馬車から降りた。スカートはいつものドレスほどさばくのが大変でないし、柔らかい鹿革の短靴は足にあっている。ヴァンが用意してくれた品のいいブルーグレーのフード付きケープも、丈は長いが生地が良いのか裾さばきが楽で、気を遣わずに動いてもドレープが気分よく流れる。薄手だからこの季節にはちょうどいい。
私はフードの下から通りを眺めた。
馬車道から一本奥に入った通りは、なかなか洒落た小路だった。小ぶりな石とレンガで敷かれた小道の両側には、派手すぎはしないが各々工夫を凝らした装飾の扉が並び、彩色された色絵の看板が下がっている。
ラリーは物珍しそうにしているが、無駄口をきかず落ち着いた様子を崩さずに視線だけを左右に配っているので、事情を知らないものが見たら、油断なく気を配っている良い護衛に見えるだろう。
リラはリラで私の脇にぴったりついていて、こちらはあからさまに、近寄りそうな相手を視線で威嚇している。……お忍びだから目立たないでね、と注意しなければならないのが、王都育ちのリラの方になるとは思わなかった。
「あったわ。黒鳥文具店」
「わざわざ王都まで来て、いの一番に行きたいところが紙筆具商組合の店とは……」
「だって、王宮の書記局で職人を呼ぶわけにはいかないじゃない」
リラにはため息をつかれたが、私はワクワクしながら、”黒鳥”の看板の下の緑色の扉を開けた。
カラン……。
ドアの内側に付いた真鍮のベルが小さく鳴る。店内に一歩入ると羊皮紙とインクの良い香りがした。
入り口を入ってすぐの棚には、安い羽根ペンや数売りの紙の束が置かれている。中にはあらかじめ帳簿用に綴じられた冊子や、安価な貸し写本らしきものもある。正面のカウンターの上には見本の羊皮紙やインク壷が置かれていて、その向こうの飾り棚には、文鎮やペーパーナイフ……封蝋や印章用品まで並んでいる。そのさらに奥にあるのは写本室だろうか。写字台と製本作業台が見える。
素晴らしい。家で見本を見てオーダーするのや、学院で備品を出してもらうのとは違う。この専門性の高い用具が密に充填された空間の圧倒的な魅力がたまらない。
「恋文の代書はやっていないよ」
店の奥から出てきた老店主は、開口一番、不愛想にそう言った。最高だ。様式美が過ぎる。
「紙筆の用具を一式揃えに参りましたの。卵で調整したブルーブラックの没食子インクはありまして?」
「お座りください」
私は店主に見本を見せてもらいながら、この後、学院に行ってからの調べもので使うための筆記具と紙を選んだ。
「羽根ペンのペン先を削るのに、こちらの小刀はいかがですか。よく切れますぞ」
こうして畳むとこんなに小さくなって、チェーンを付ければベルトに下げておいていつでも使える……などと薦められると、つい携帯用の文房具一式まで金の飾り鎖付きで買ってしまいそうになる。
いけない。あまり散財している場合ではない。
「沢山お書きになるのでしたら、専用のペン軸はいかがですかな。紫檀、黒檀、獣牙に鼈甲。お好みに合わせてお造りすることもできます」
「見せてちょうだい」
店主が奥の棚から出してきたペン軸の見本は見事なものだった。さすがヴァンの紹介はハズレがない。
「こちら、少々変わった物でも用意していただけるかしら」
「お伺いいたしましょう」
店主が声をかけると店の二階から降りてきた職人は、私の注文を快く受けてくれた。
「では、黒檀と銀でお造りしましょう。飾り石は入れますか? 今、店にある石から選んでいただくならこちらになりますが」
「そうね。翡翠かエメラルドで……もう少し色味が濃いものがいいわね」
「お嬢様の眼のような色合いの石は、こういう店では扱いがありませんよ」
「では石は後から届けさせるわ。ちょうどいい大きさはいかほどか書いて、うちの侍女に渡してちょうだい」
良い買い物をしたとホクホクしながら店を出た私に、リラとラリーは口をそろえて言った。
「買い物の仕方が平民の娘じゃないです。お嬢様」
私は「ごめん。気を付けるわ」と素直に謝った。
§§§
その後、薬屋でも品ぞろえの豊富さにいささか羽目を外して衝動買いしてしまった私は、お詫びにリラの進言に従って、普通にスカーフと飾り帯と鞄を買った。
「自分用の鞄を買ったのなんて初めてよ」
「すぐにポケットをパンパンにするんですから。今回は何か一つお持ちになった方が良いです」
「そうね。この服は体のラインに沿いすぎているから、隠しポケットに物がそんなに入らなくて困っていたのよ」
ケープの前を少し開いて、沿海州風の素敵な青いドレスに目を落としていたとき、ふいに横手から軽薄な口笛が聴こえた。
「お、なんだなんだ。いい感じの女がいるじゃないか。来いよ。遊んでやるぜ」
ゲスなことをゲスな口調でゲスに口走りながら近づいてきた若い男は、神聖帝国の紋章の入った白いマントと法衣を身に着けた"勇者"だった。




