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戦場から夫の鎧が帰ってきました  作者: 雲丹屋
第3章 魔導王の墓所

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いい塩梅でお任せします

「塩……ですか」


 大きな樽に詰められた大量の海塩に、ヴァント・ホーヘンスは唸った。


「国の専売のご禁制品。でも今、王国はそんな管理できていないんでしょ?」


 北の辺境バロールに王国の塩商人はしばらく来ていなかったし、海洋交易都市コスタリオールでは塩がだぶついていた。王都の海の玄関口であるテッサの港の寂れっぷりを見て確信したが、王国の交易は回っていない。敗戦処理で乗り込んできた神聖帝国側は富裕層の解体と資産の没収には熱心でも、利権や政治の維持には目が向いていないに違いない。中央集権の宗教国家は民政に疎いところがある。


「それでも民の食卓に塩は必要。需要は確実にあるのではなくて?」

「しかし、王国貴族による商取引には現在、神聖帝国側から制限がかけられています」

「禁止だけして、必需品の流通をないがしろにするとは、権力を誇示するのが支配階級だと思っている成り上がりもの思想よね。困ったものだわ」


 私はヴァンに持たせていた自分の鞄の中から、書類挟みを取り出した。


「上がそういうことをしていると、現地の占領軍が勝手をするのよね。はい、これ」

「神聖帝国の軍票……ハキマーの軍営で発行されているものですな」

「一目でわかるのは流石ね。こっちは勇者の裏書付きよ」

「勇者イラーナ。見かけない名の勇者ですね。王都で幅を利かせているロクデナシではないようだ」

「でも勇者が一枚かんでるって匂わせれば、売りさばきやすくはなるでしょう?」


 裏仕事に長けた私の世話役は、神聖帝国の軍票の束と、塩樽と、私を順番に見て、嫌そうに眉を寄せた。


「お嬢様は昔から筋のいいお方でしたが、少し見ないうちに磨きがかかりましたな」

「バロールではあなたがいないから一人で頑張ったのよ」


 頼れてうれしいわ、と笑顔で返してやると、我が忠臣は無表情のまま、ふうと一つ息をついた。


「万事お任せください」

「嬉しいわ。ついでに裏書なしの軍票と帝国軍の公式文書用紙も束で付けるから、早めにまとまった額で通商貨を用意して。うちは資金が全然ないのよ」


 コスタリオールでは塩が値崩れしていて、倉庫代が出ないから海に捨てようかと言っているところを買い付けたが、その支払い期日までには資金がいる。

 今や王国貨幣は信用がガタ落ちして鋳溶かした方がましな有様だし、帝国の軍票は海洋交易都市国家群では紙切れだ。


「使えるお金にして。塩は見本としてまずは今回の荷馬車の10樽。売れるめどが立てばこの倉庫いっぱいまで仕入れてあげる」 


 明かりの灯った杖を手に、倉庫内をぐるりと照らす。

 休憩中だった馬車馬が、驚いて気が立ったのか軽く首を振って蹄を苛立たし気に鳴らしたので、近くに行ってなだめてやる。黒騎士の愛馬である月魄(つきしろ)の方も、私が装甲越しに鼻面をなでてねぎらうと、満足そうに鼻を鳴らした。

 あの虹色の揺らぎを通り抜けられるものには制限があり、生身の人は無理で、普通の馬も立て続けに揺らぎを越すのは忌避するという話は、まだヴァンにはする必要はないだろう。

 黒騎士と月魄(つきしろ)だけは(黒騎士が認識できるところであれば)無制限に行き来できるようだが、気性が荒くて気位の高いこの"月様"が荷馬車を引いてくれるわけもなく、馬車馬の(くつわ)月魄(つきしろ)に乗った黒騎士が引くという方法しか取れなかった。


 私は荷馬車の方を見た。黒騎士は呆れた膂力で重い塩樽を荷馬車から降ろしている。

 彼が領主であるならば、やらせていい仕事ではないし、何なら王国の普通の騎士もそんなことはやらないのだが、バロール民はそのあたりの感覚が違う。辺境は全員汗を流して働かないと生きていけないのだ。さすがに、自分が荷車を引いて持って行こうかと黒騎士が提案してきたのは却下したが、それぐらい感覚が違う。


 頼もしい限りだが、王都でのことはヴァンに采配を任せた方がうまく回るだろう。


「こちらにはしばらく滞在します。滞在中の費用は塩の売り上げから出していいわ」


「それから」と、私はヴァンに重要なことを付け足した。


「少し調べたいことがあるのよ。学院の知識の塔に出入りできるように手配してちょうだい」

「承知しました」


 今回、王都に来た目的はそれだ。

 侍女のリラに、以前かかわった呪物の影響が思わぬ形で現れてしまった。解呪のために、魔導の文献を参照したい。それに、鎧のみの姿になってしまった我が夫の身体を取り戻す方法の手がかりも見つけたい。


「お願いね。頼むばかりであなたに報酬は渡せていないけれど……そうね。今回の塩の儲けから必要な報酬は取ってちょうだい」

「それは……」

「裁量次第という話よ。加減はできる人だと思っているから受け取って。こういうご時世でもあるし必要でしょ」

「私はお嬢様にはすでに御恩を過分にいただいておりますので」

「いやあね。あなたには名前の一文字ぐらいしかあげてないわよ」


 ヴァント・ホーヘンスは深々と頭を下げて私に敬意を表した。律儀な男だ。


「それで、私はいつから学院に行ける?」

「明日には」


 仕事が早いのも最高!



 §§§



「というわけで、今回はお忍びよ」


 運河からほど近い、通りから一つ奥に入った宿の部屋は、ヴァンからは今夜だけの仮の宿で狭いと言われたが、なかなか居心地の良さそうないい部屋だった。二間と寝室に従者控えぐらいしかないが、四人が一晩泊るだけなら十分な広さだ。


 ヴァンが私達のために用意してくれた服、装飾品一式を見せると、この中で一番、王都や貴族の生活を知らないラリーは感嘆の声を上げた。


「さすがは公爵家。こんなことのためにさらっとこんなにいい服が出てくるんですね」

「バカおっしゃい! これのどこがいい服なの。ヴィクトリア様、まさかこんな格の低い古着をお召しになるおつもりですか?」


 リラが血相を変えて文句を言ってくるが、ひどい言いがかりだ。

 私に用意されたドレスは海洋交易都市風だった。北の海のような深く暗い青に、白と翠があしらわれていて、なかなか良いセンスだと思う。


「沿海州の商人の娘という(てい)を装うの。真新しい本式のドレスなんて着ていたら変でしょう」

「それはそうですが⋯⋯ヴィクトリア様が平民の服など⋯⋯」

「リラさん、平民といっても、これたぶんかなり良い家の想定ですよ。装身具が高そうです。コスタリオールで見かけた大っきいお屋敷の大商人って感じなのかなぁ。こっちの従者用のお仕着せもなんか凝った飾りボタンが付いてますし」

「沿海州の都市国家群は王政じゃないから、大商人が貴族階級みたいなもんだからな。はっきり言ってバロール領主よりよほど裕福だぞ」

「サムソン、はっきり言い過ぎよ」

「たしかにバロールにお輿入れになられてから、ヴィクトリア様に新しいドレスをお仕立てできたことがない⋯⋯くっ、これだから甲斐性なしの貧乏地方貴族は」

「リラ」

「これはこれとして、この機会に公爵家に何着か用意してもらいましょう。ホーヘンスに頼めば嫌とは言いません。あいつはヴィクトリア様に甘い」

「リラ、さもしいことを言わないの。金の無心をするほど貧しいと思われたくはないわ。みっともない」

「貧乏は貧乏なりに生きていけますからね」

「バロールってこんな奴ばっかりかよ」


 サムソンに言い返す言葉がないのがつらい。彼は腕のいい甲冑師(アーマラー)で各地を回っているだけあって経験豊富な常識人だ。


「そういえば、サムソンさんの服がないですね」

「サムソンは界隈では有名だから変装はなしよ。この後は別行動をしてもらうわ。連絡方法は後で打ち合わせましょう」

「承知した」

「王都で鎧の補修材料や道具を買い足してちょうだい。はい、資金」


 包みの重さにサムソンは目を丸くした。


「どこから出てきたんです?」

「当座の入り用なもののためにってヴァンがくれたのよ。はい、残りはリラに渡しておくわ」

「ヴィクトリア様⋯⋯金の無心はさもしいっておっしゃってましたよね?」

「頼んでないけど、くれたから」

「くっ、甘い。相変わらずヴィクトリア様に甘すぎるわ、ヴァント・ホーヘンス。なんですか、この額は」

「騙る身分に見合った消費はできるようにですって」

「やっぱり豪商の娘役なんですね。僕、そんなお金持ちの使用人役できるかなあ」

「お前は領主の家の者だという自覚はないのか」

「⋯⋯小麦のパンは初めてだってはしゃがないでくれたら、それでいいわ」

はい、奥様(ヤーフラー)。あ、これも使用禁止ですね」


 ラリーのこういう勘の良さは、見込んだとおりで助かる。


「滞在中は奥様ではなく、お嬢様にしてちょうだい。仮の名前はオリヴィア・バルディ。親に内緒で出てきている放蕩娘なので母親の姓を名乗っているということで。覚えた?」

「はい。オリヴィアお嬢様」

「よろしい」


 リラとサムソンは呆れ顔だ。まぁ、この二人なら、うまく合わせてくれるだろう。

 ただしリラの機嫌をもう少し取っておいた方がいいかもしれない。


「明日の昼過ぎからは調べものに行く予定だけれど、それまでは特に予定がないから、みんなでお買い物に行きましょう。リラ、久しぶりの喪服以外での外出だから、いつもより可愛らしくしてくれる?」

「! はい、お嬢様!!」

「髪は沿海州風に編んで横に流してみるなんてどうかしら」

「お任せください。可愛らしいお嬢様を、このリラが全力で輝かせて見せます。王都のぼんくらどもを十人が十人振り向かせてやりますとも」

「えーっと、お忍びだからね? 忘れないで。沿海州の商人の娘の方が王都の貴族より絡まれにくいからヴァンはこの身分を用意してくれたのだからね」

「わかっています。趣味丸出しの服を渡してきたホーヘンスの想定を上回る仕上がりにして差し上げます」

「ぅうん……では、お願いね」


 そういうことになった。

ヴァント・ホーヘンスの服のセンスはかなり良い。身分や出身に関する服飾知識も豊富。

なお、ヴィクトリアの服を選ぶときは、個人的なこわわりと趣味と思想がさく裂するw

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