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戦場から夫の鎧が帰ってきました  作者: 雲丹屋
第3章 魔導王の墓所

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霧に沈む港、月光に浮かぶ王都

 青灰色の濃い朝霧が、港湾の何もかもを黒く滲んだ影絵にしている。


 私を乗せた小舟(ボート)は、帆を畳んで投錨した貨物船の脇を抜け、大型帆船用の港から(はしけ)用の運河に入った。

 戦前はもっと賑やかだったであろう倉庫街は、他の船も荷揚げの男達の姿もなく、不景気に静まり返っている。王国の敗戦はここにも濃い影を落としていて、先は見えない。オールが立てるドブン、ドブンという重苦しい水音も、ただ霧に吸われていく。


 霧の向こうにぼんやりと人影が見えてきた。


「お待ちしておりました」


 桟橋に立っていた灰色の男は、小舟から降りた私を黒塗りの馬車に案内した。


「王都までご案内いたします。お嬢様」

実家(うち)に顔を出す気はないわよ」

「心得ております」


 なるほど。用意された馬車はよく見ると家紋の付いていない、ほどほどの格だ。彼の(にび)色の眼は、相変わらずたしかなようだ。昔から、彼に任せておけば"お忍び"のあれこれは万全だった。

 私は満足して、機嫌よく少し座面のすり減った馬車に乗り込んだ。


「出して」


 馬車は港町テッサから、魔導王国の王都へと走り出した。



 §§§



「なんだかえらく段取りのいいおじさんが出迎えてくれましたね。あれどういう方ですか?」


 宿の部屋に旅行鞄を運び込んだラリーは、屈託なく尋ねた。

 見た目は王都の上流階級生まれと言って通じそうな金髪の好青年だが、身も蓋もない物言いはいかにも辺境(バロール)者だ。


「公爵家の使用人にしては身なりが市井って感じでしたけど……サムソンさん、ご存知ですか?」

「さあな」


 赤毛の大柄な同行者は、軽く肩をすくめただけで部屋の間取りを確認しに行ってしまった。

 ラリーは一行の中で一番事情通そうな侍女に期待に満ちた視線を向けた。

 彼らの女主人の古参の侍女であるリラは、荷物を確認しながら面倒そうに答えた。


「ヴァント・ホーヘンス。公爵家の裏方。一時期はヴィクトリア様専属の雑用係みたいになってたわ」

「あ、小使いさんですか」

「それ本人に言ったら、半殺しにされるか大笑いされるかのどちらかよ。ちなみに私はあの男がクスリとでも笑ったところは見たことがないわ」

「うへ、物騒だなぁ。それじゃ、二択じゃなくて確定予測じゃないですか。真っ黒だ」


 バロールの田舎風の魔よけの身振りをする青年に、リラは呆れた。

 今回は少数精鋭のお忍びで、という女主人の意向でメンバーが厳選されたはずだが、守備隊所属のこの青年はあまりに能天気だ。護衛役にしては若過ぎで強面でもないし、腕利きっぽい剣呑さもない。甲冑師のサムソンの方が体格は良く、腕っぷしは強そうに見えるほどだ。整った顔立ちで人懐っこい彼は、どちらかというと小姓という感じだった。


「あなた軽いわね。ヴィクトリア様のお目にかなったんだから、さぞや優秀なんだろうと思ったのに……」

「え? いやいや、僕は優秀ですよ。なんたって村の出世頭です」


 リラはおそらくは自分より若いであろうラリーのハキハキした明るい爽やかさに、ため息をついた。


「あの男は"灰色の幽霊"って二つ名がある類の男だから、あまり気楽に近づいちゃだめよ」

「なるほど。地味な感じの人でしたもんね。あまり騒々しくするとたしかに嫌われそうです。了解しました。礼儀正しくふるまって好感を持っていただいて、見習えるところをそっと学んでおきますね。ヴィクトリア様が頼りにしていたというなら、きっと有能な方でしょうから」

「あなたなかなか見どころあるわね」

「ありがとうございます」 


 結局このメンバーでも常識人は俺だけかと、戻ってきたサムソンは肩を落とした。


「それで、リラ。ヴィクトリア様は俺達を置いて、どちらにいらっしゃったんだ?」

「物件の下見だそうよ」

「物件?」

「幽霊さんと二人で、大丈夫なんでしょうか」

「そこは信頼できると思うけれど、"幽霊さん"呼びはやめなさい」

「はい! たしかに、僕が置いていかれたということは護衛は要らないということですもんね」

「あなたがただ単に荷物運びぐらいにしか思われていない可能性はあるけど」

「ええっ、そんなぁ」


 まぁ、いざとなったら奥様には武力面で最強の護衛がいるからな、と三人は無駄な心配をするのをやめた。



§§§



 がらんとしたレンガ造りの倉庫は、明り取りの高窓から差し込む青白い月明りで薄明るかった。


「まぁまぁ、いい感じの広さね」

「荷馬車がそのまま入る大きさというご要望でしたのでこちらをご用意いたしました」


 ヴァント・ホーヘンス……私の昔からの世話役のヴァンは、倉庫の扉を閉めると、手にしていたランタンを白漆喰の壁の金具に掛けた。

 オレンジ色の灯火が彼と私がいる周囲を照らし、倉庫全体は闇に沈む。防火や防犯のためだろう。レンガ倉庫には高窓以外に窓はない。

 私は闇の奥に歩を進めながら魔術で明かりを生み出した。最近開発した術式だが、ローコストで油も蝋燭もなしに光源が自在に確保できるというのは便利である。

 魔導の白い明かりが、街使い向きの護身用婦人杖の先に灯る。

 倉庫内には何もなく、床は石張りで頑丈そうだ。これならば重い荷を積んだ荷馬車がそのまま入っても問題ないだろう。


木板台(パレット)はあちらにご用意してあります。ご入用であれば人を呼んで敷かせますが」


 ヴァンの指す方を見ると倉庫の端に設けられたロフトの下に荷物用の台座が重ねておかれている。

 私は、荷を買い付けた時の港町の倉庫を思い出した。樽は直置きされていたように思う。


「不要よ。このままでいいわ。すぐ荷馬車を入れます」

「では、明朝から作業できるように手配します」

「いいえ。今すぐ。これから始めるわ」


 ヴァンは、常に冷静沈着な(にび)色の目を軽く一度瞬かせた。彼の最大限の驚きの表現だ。


「荷馬車はどこから? テッサの港で下船なさったのはお嬢様とお連れの使用人三名のみで、倉庫に収めるような荷はなかったはずですが」


 私はこの古なじみの有能な男をひさびさに驚かせるのがちょっと楽しくて、思わず口角が微かに上がってしまった。


「テッサじゃなくて、出港前にコスタリオールの港で買ったのをそのまま運ばせるのよ」

「コスタリオールというとルス湖が海につながるところの海洋交易都市ではないですか。そこから陸路ですか?」


 論理的で効率の良い仕事が好きなヴァンは、不条理すぎる話が理解できないらしく眉をひそめた。


「いいえ。どちらかというと"直送"ね」


 私はドレスの胸元にしまっていた騎士の人形を取り出して、声をかけた。


「あなた。()()()()


 薄暗い倉庫の中央に陽炎のような虹色の揺らぎが現れた。


「お嬢様、お下がりください」

「大丈夫よ」


 私をかばう形で前に出て身構えたヴァンを、私は留めて下がらせた。

 軍馬の重い蹄の音がして、虹色の揺らぎの中から漆黒の騎士が現れた。


 鷲の翼の意匠が特徴的な黒い全身鎧(フルプレートアーマー)。騎士が乗る軍馬も真っ黒な馬鎧を着けている。馬上から周囲を睥睨した無言の騎士の威圧感に、その場の緊張が高まった。


「待たせたわね。この人が言っていたヴァント・ホーヘンスよ。王都での諸々は彼が手配してくれるわ。この倉庫も彼が用意してくれたの。ここで大丈夫そう?」


 黒騎士は一つカタリと肯くと、馬首を巡らせて虹色の揺らぎの中に戻っていった。


「な……何者ですかあれは」


 信じがたいものを見たという反応のヴァンを見て、私は新鮮な感動を覚えた。

 バロールの民の間で過ごしていると、この超常現象に対する一般的反応というものを忘れてしまう。


「何者かと確実なことは言えないのだけれどね」


 私はヴァント・ホーヘンスの方に振り向いてニッコリ笑った。


「彼は黒騎士。バロールの守護者よ」


 私の背後で先ほどより大きな虹色の揺らぎが発生し、そこから黒騎士に引き連れられた御者のいない荷馬車が現れた。

第3章王都編、開幕です。

新キャラ旧キャラ取り混ぜて、古い魔導の都でにぎやかにお送りしてまいります。


ブクマなどしてちまちま気長に読んでいただけるとありがたいです。

また、感想、リアクションなどいただけますと大変、執筆の励みになります!

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
新章再開お待ちしておりました。 バロールではもう、みんな旦那様の怪異ぷりも当たり前と驚く人はほぼいませんが知らない人からしたら驚きですよね。 久しぶりの新鮮な驚きに奥様もちょっぴりニヤリですね。 さて…
ですよね、黒騎士様が普通に受け入れられているのが、ちょっとおかしいですよね。常識的な反応をありがとうございました。ついでに、お嬢様が「あなた」と呼びかけているんですよ、その黒い鎧に……どう思われます?…
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