【6.指輪の噂①】
ブラッドレイが妻に店の最高額の指輪を買ったという話は、一瞬で王宮の貴族たちの噂話になった。
「へえ、あの独身主義のブラッドレイが結婚したというのも驚きだが、妻にそんな高額の指輪を贈るなんてね」
「それで指輪はいくらだったのかね」
「なんて値段だ! どんな曰く付きの宝石がのっているんだ、その指輪は」
「1人の女に一途なあいつなんか見たくなかったよ」
「それで妻のどこが好きなんだ?」
「あいつもとうとう妻の尻に敷かれるのか」
「あいつもしょせん普通の男だったな。よき家庭人になれよ」
好き勝手言う友人たちに、ブラッドレイは大変うんざりしていた。
よき家庭人だと? とんでもない。俺はモテるんだ。
妻に一つ指輪を買ってやったくらいで、なんでそんなことを言われなければならない?
屈辱だ。俺は女遊びをやめない。
ドリーローズは田舎娘だ。商人の色恋営業だって見抜けないダサい女だ。
なんで俺がそんな女に一途にならなければならんのだ!
冗談じゃない。指輪一つくらいなんだ!
そ、そりゃ、あの商人とドリーローズが付き合うというのは気が進まなかったのは確かだが……。
でもそれは、あれだ、色恋営業なんかにハマって、トレボロー伯爵家の財産を減らされては困るからな、そうだ、そういうことだ!
ブラッドレイは大声で否定したくなった。
「くだらないこと言わないでくれ。妻にぞっこんだって? ありえないね。だけど、まぁ妻だって女の一人は変わりないわけだから、プレゼントの一つでもしてやろうと思ったわけだ。俺は寛大なんだよ。指輪をもらえりゃ、どんな女も泣くほど喜ぶんだから」
ブラッドレイは肩肘張ってそう言いふらした。
それを聞いて、ブラッドレイの友人・知人は感心した。それでこそブラッドレイだと思った。
やはり我らのブラッドレイは違う!
結婚したからといって、一人の女に収まっているような男ではないのだ。あっぱれ。男は本来こうあるべきだ。これこそ王宮イチのモテ男だというものだ。
結婚したら普通あんなことは言っていられないため、結婚した今となってもまだそんなことを言い続けられるブラッドレイを みんなして賞賛したのだった。
しかし、空気の読めない男もいるもので、一人の友人がふとブラッドレイに聞いた。
「それであなたの奥さんはその指輪をしているんですか? 得意気に?」
ブラッドレイは、うっと言葉を詰まらせた。
実のところ、ドリーローズが指輪をしているところは、ただの一度も見たことがなかった。
――それはブラッドレイ自身も気になっていたことだった。
高価な指輪を夫から贈られたのなら、やはり妻たるもの、公の場にはつけていくものではなかろうか。
特にこれだけ王宮で話題になっているのだから。ドリーローズの左薬指も注目されているというもので……。
しかし、ドリーローズはいっこうに指輪をつけようとしない。
ブラッドレイの女遊びの前歴のせいで、指輪の件がこんなに噂になっているのに、当の指輪はまだ誰の目にも触れていないのだ。なんとなくブラッドレイは王宮で気まずい思いをしていた。
かといって、「手切れ金な」などと言って澄ました顔で指輪を贈ったブラッドレイだったから、わざわざドリーローズに指輪を身につけるように促すのもかっこ悪い気がして言えなかった。
しかし、こんなにも知らんぷりして指輪を付けようとしないのは、やきもきする。
そもそも、俺が女に指輪だのネックレスだのを贈って、身に着けなかった女がいるか?
ブラッドレイはだんだん腹が立ってきた。
それで、ついにドリーローズにさりげなく気持ちを聞いてみたことがある。
「なぜ、せっかくの指輪をつけないのかね?」
すると、ドリーローズは「あはは」と笑い、
「そんな、私に似合わないようなものをわざわざ公の場につけていくようなことはしませんわ」
と飄々と言ってのけた。
「しかし、俺がその指輪を買ったということは、社交界で多少噂になっているんだ。つけてくれないと俺の立場というものがね」
ブラッドレイとしては、なかなか屈辱的なところまで口にしたのである。
しかし、ドリーローズはまともに取り合おうとしなかった。
「まぁ! だってあれは、詐欺師の色恋営業から私を守るための小細工のようなものでしょう。あなたも『手切れ金だ』と言ったではありませんか。私に似合うとかではなく、値段で決めた指輪です。だから私は言ったのですよ、あの商人をお断りするのにそんな高価なものは必要ないと。私、指輪しなくちゃいけませんか? しないと、あなた、きまり悪いですか? ほら、高い物買って噂になって、あなた自身が自分の首を絞めることになってます」
そんなドリーローズの様子を見て、ブラッドレイはドリーローズに指輪をつけさせるのは簡単なことではないと悟った。
そしてそのまま今に至るわけである。
空気を読まない友人の質問は、ブラッドレイの心に深く刺さった。
一番身近な女の心一つ、ブラッドレイはうまくコントロールできていないのだ。
それが身につまされてつらくなる。
まるで片想いだ……。
片想い!?
自分ですぐに否定する。
片想いだなんてとんでもない!
そうだ、指輪なんか適当に値段で決めたんだ。あいつに似合うとかそもそも考えてない。俺は心を込めて指輪を贈ったわけじゃないぞ。そんな指輪を妻が着けなかったからって俺が悲しむようなことか?
無視無視!
ブラッドレイは空いばりして答えた。
「妻がそんな指輪をあちこちでしようものなら、俺が、まるで特定の女一人に縛られているようなものではないか。そんなのみっともないからごめんだね。だから、妻にも指輪をつけるなと言い含めてあるよ。俺は他の女と同じように妻にも指輪を贈っただけ。もともとそんな高価な指輪をみせびらかすような女でもないんだ。地味な田舎娘なんだからね、家同士の契約結婚。妻は高価な指輪を贈られて泣いて拝んでるよ、身に着けるなんていう発想はない、そういう女なんだ」
ブラッドレイはだいぶ早口でまくしたてたと思う。
途中から訳の分からない理屈になっているのに自分で気づいていない。しかもドリーローズの描写にいたっては大ウソだった。
しかし、そんなブラッドレイの言葉を聞いて、周りの友人・知人はみんな、さらに感心しきった目でブラッドレイを見るのであった。
こんなご時世であっても、亭主関白を宣言し、女遊びをやめないとまで言っているブラッドレイ。
新妻も、実家の両親も、義実家の両親も、よく許しているなあ……。客観的に見たらクズ夫でしかないのに。
まあ、昔からモテる男だったからね。
きっと新妻がぞっこんで、それでもいいから結婚してくれと泣きついたんだろうなあ。娘のたっての願いで、義実家も強く言えないんだろう。
惚れられる男は違うね。
ブラッドレイはさぞ魅力的な男なのに違いない。




