【3.恋人は夫のお墨付きを】
イケメンドッグトレーナが邸に出入りするようになったので、しばらくはブラッドレイは何となく緊張していた。
口では「おまえを愛することはない」「双方外に恋人を作っても問題なし」と言っておきながら、やはり白昼堂々と妻がイケメンといちゃいちゃする様子など見てたまるか、といった気持ちがあった。
そもそもなんだよ、早々に恋人を作るだなんて!
もう少しこの家に慣れてからとか、俺と親しくなってからとか、順番ってもんがあるだろう!
犬が来たから即行でイケメンドッグトレーナー彼氏を作りました~とか、節操ってもんがないだろうが!
ブラッドレイはイライラしていた。
恋人は約束した以上仕方がないとしても、ここは俺の家だ、うちでイチャイチャなど許さんぞ!
しかし、ドリーローズの方は、堂々と「恋人候補」と宣言していたわりには、そのイケメンドッグトレーナーとイチャイチャする様子は見られなかった、
それどころか、犬の調教の業務上の内容さえほとんど会話する様子は見られなかった。
しばらくドキドキしながら、監視するように妻の行動に目を光らせていたブラッドレイは「?」と思い始めた。
なぜイチャイチャしない?
何だったのだ、あの恋人宣言は?
とはいえ、邸の人間の手前、確かにそんな人目につくところでイチャイチャはしないか、とブラッドレイは思った。
女主人と従業員である。きっとどこかで隠れて愛を育んでいるのだろう。
そこまで考えると、逆に隠れてというのが気にかかって、では「いつ?」「どこで?」などと考えが浮かんでしまう。
いったいどこで……忌々しい……。
そう思ってブラッドレイは、「あれ?」と思う。
忌々しいってなんだ?
俺は何を考えているんだ! 契約妻なんてどうでもいいだろ!
そ、そうだ、あれだ、あの……家の主人として誰かがいちゃつくのは嫌だということだ、うん。
ブラッドレイは、自分から自由恋愛を提案した手前、無関心を装っていたが、例のドッグトレーナーを見かけるたびに「うちの妻とさっきまでキスでもしてきたのか」とか思ってしまう現状に、何だかイライラしてきた。
だから、ついに問い質すことにした。
「ドリーローズ。あのドッグトレーナーのことだがね」
「あら、ブラッドレイ様。どうかなさって? 何か不手際でも?」
「いや不手際とかではないが。あれは、その、おまえの恋人ってことでよかったのかね?」
「え? あら、やだ。前の冗談を引き摺っているのね? ブラッドレイ様、ドッグトレーナーを恋人候補にするなんて冗談ですわよ。それくらい楽しい気持ちで人を雇用したいなってことですの」
ドリーローズがころころと笑って答えるので、ブラッドレイはほっとした。
「あ、ああ、そうなのか……」
しかし、ほっとした気持ちを押し殺すように、ブラッドレイは少し詰るような言い方で、
「しかし、おまえが恋をしようと宣言していたから」
と言った。
「ああ、それはそうです。でもそれはドッグトレーナーとは無関係ですわ。大事な義妹から預かった犬ですよ。仮にも結婚のお祝いの犬です。まさか恋人がトレーナーしているなんて、義妹が知ってごらんなさい。さすがに常識外れもいいところですわ」
「いや、そもそも人妻が恋をする宣言をしているところが変なのだが!」
ドリーローズがさも常識ぶって言うので、ブラッドレイはそれはおかしいだろとすぐさま強い声で否定した。
「それはブラッドレイ様もでしょ。ブラッドレイ様が先に提案なさったのだわ」
「あ、ああ。まあな。とにかく、ドッグトレーナーの件は勘違いだった、それは悪かったね。しかし、イケメンを雇うものだから勘違いだってするだろう」
「そうね、それはお得だったわ! 毎日、目の保養!」
ドリーローズはふふっと嬉しそうに笑った。
ブラッドレイはムッとしながら、
「ああいうイケメンが好きなのか?」
と聞いた。
ドッグトレーナーはくしゃくしゃの茶髪の巻き毛で、肩幅のがっしりした逞しい体つき、太い眉の精悍精悍な男だったからだ。
さらさら黒髪、背は高いがすらりとした体型のブラッドレイとはタイプがまるで違うのだ。
「あら、イケメンなら基本みんなから愛されるもんなんじゃないかしら? 特に彼の場合はね、あの見た目でね、さらにチワワを獰猛に訓練しようという使命感を持っているところよ。何人も応募してきたイケメンドッグトレーナーを面接したけど、ほとんどのドッグトレーナーはね、チワワを見せただけで私をキチガイみたいな目で見るの」
ドリーローズがうんざりしたように言うので、ブラッドレイは「それはそうだろう」と心の中で思った。嫌われたくないから口には出さない。
ん? 嫌われたくないって何だ?
ドリーローズは続ける。
「でも彼だけは違ったわ。彼は、『何はともあれ、それが仕事ならやり遂げて見せます』って言ったのよ! 即採用だったわ!」
「それは……逆に無責任という見方もあるんじゃないか。できなかったときには自分のイケメンっぷりで許してもらおう、とか考えているかもしれんだろう」
ブラッドレイは疑い深い目で意地悪そうに言った。
するとドリーローズはハッとして、尊敬のまなざしでブラッドレイを見た。
「はっ! ブラッドレイ様! 私、そこまでは考えが及びませんでしたわ! イケメンで許してもらおうなんて考えていたとは。私も少しはイケメンを疑うところを覚えなくてはね」
ドリーローズが意外と素直に言うので、ブラッドレイは少しだけ気分がよくなった。
そうだろうそうだろうと胸を張りながら、
「そうだね。おまえは世間知らずなのだから、イケメンに騙されるかもしれない。ん、コホン、もし恋人候補が現れたんなら、まず俺に相談しなさい。俺が見極めてやろう!」
と自分に都合の良い提案をした。
本当は恋人候補なんかが現われたら全部突っぱねてやる……ん? いやいや、突っぱねる必要はないけどな。恋人は許可してしまった――いや、普通に許可したのだし……。
ただまあ、うちの財産に群がろうとするやつは絶対に、何があろうと排除しないといけないからな。どんな些細な違和感も見逃さないぞ……!
ブラッドレイは何やら自分一人でぶつぶつ呟いていたが、ドリーローズは頼りにするまなざしで微笑んだ。
「ええっ! では、ぜひそうさせていただきますわ! 恋に百戦錬磨のブラッドレイ様のお眼鏡にかなえば、安心の恋人ってことですわね」




