【2.妹からの贈り物】
翌日。
ブラッドレイの妹がブラッドレイの王都の邸を訪ねて来た。ブラッドレイの妹マーゴットは、両親とともに領地の方に住んでいるのだ。
「結婚おめでとうお兄様。昨日の結婚式は素晴らしかったわね。参列はさせてもらったけど、お祝いがまだだったでしょう」
「おや、妹よ。わざわざお祝いなどいらぬと言ったのに」
「そうもいかないでしょう。ドリーローズ様は義理の姉になるのですから」
マーゴットは親しみを込めた笑顔をドリーローズに向けた。
ドリーローズは優しく微笑み返す。
「ご心配なく、マーゴット様。義理の姉だなんて思ってもらう必要はございませんわ。私は家同士の結びつきのための契約妻ですから! 家族ごっこは一応いたしますけど、あなたと親友になるつもりはありませんわ」
ドリーローズの辛辣な言葉にマーゴットが固まった。
「えええっ!? お兄様、この人何なの、頭おかしいの? すっごいケンカ売られたんだけど!」
「あ、いや……」
ブラッドレイはもごもごしている。
ドリーローズの方は『ケンカ売られた』と言われても少しも動じることはなかった。
「マーゴット様。ブラッドレイ様が先に私にそう提案なさったのですよ」
「え? お兄様が提案? 契約とか何とか? 結婚したのにそんなこと言い合ってるんですか? アホなんじゃないの?」
マーゴットが信じられないと言った顔をするとブラッドレイがムッとした。
「アホとは何だ! 契約とか言うと言い方悪く聞こえるが、つまり俺たちはお互いの自由を尊重し合うってことだ! おまえにとやかく言われる筋合いはない」
「ははあ。まあ、いいけど。勝手になさいませ。呆れた。確かにお祝いする気が失せたわ」
マーゴットは首を竦めた。
ドリーローズが笑顔のままで同意する。
「でしょう?」
「でしょうって、笑顔で言う? ドリーローズ様。まあいいわ。お祝いにね、犬を持ってきたの。子どもができるまで二人で可愛がってもらおうとね。でもよけいなお世話だったかしら」
マーゴットはため息をつきながら、ぶっきらぼうに言った。
するとドリーローズは目を輝かせた。
「よけいなお世話だなんて、とんでもない! ありがとうございます、マーゴット様。ありがた喜んでく頂戴いたしますわ。番犬に育てることにいたします」
「は? 番犬? 私は可愛がってもらうつもりだって今言ったわよね?」
「ええ。でも、二人で可愛がるのは難しいかもしれませんので。番犬くらいに収まってくれたらと思いますの。旦那様が勝手に私の寝室に入って来ないようにね。猛犬に育て上げますよ!」
『旦那様が勝手に私の寝室に入って来ないように』と言われてブラッドレイは不愉快になった。
なぜそんなことを言われなければならないのだ!
外に恋人を作ってもいいっていう話にはなっているが、夫婦だぞ?
そりゃ、同意なく入ったりはしないが、だがそんな言い方はあるか?
そう言いながら、ブラッドレイは、なぜ契約妻でしかないこの女に対してこんなに不愉快になるのか不思議に思っていた。
だがすぐに答えを見つける。王宮でプレイボーイと名をはせた自分が家でこんな扱いを受けることに我慢がならないのだ、きっと。
マーゴットは、兄がそんなふうに妻にムッとしていることに気づかず、ただ犬のことで呆れていた。
「猛犬にって、このチワワを? もう何も言わないわ。勝手になさいませ。お兄様もこのアホな嫁とめないの?」
「いや、ええと……」
ブラッドレイは言葉を濁した。
昨日ガツンと言われてから、ドリーローズに何か言えば倍になって返ってくると警戒し、あまり強く言う気になれないでいるのだ。
「まったくお兄様ったら、妻に何も言わないの。ああそう、お似合いの二人ね! 贈り物を届けに来てこんな気持ちにさせられるとは。ばかばかしい。勝手にして」
そういってマーゴットは帰る素振りを見せた。
「あらマーゴット様、そんなことおっしゃらずに。次にお会いするときまでに、こちらの犬を見た事もないほど立派に育て上げておきますわ!」
ドリーローズが慌てて言うと、マーゴットはバカにするような目でちらりとドリーローズを見てから、
「それ以上は言わない方がいいわよ、ドリーローズ様。あなたの仰っていることは、ただのアホな発言ですからね」
と言って、そしてプリプリ怒って帰っていってしまった。
「ブラッドレイ様。お祝いをくださるなんて、いい妹さんですのね」
とドリーローズが言うと、ブラッドレイは気味が悪いように妻を見て、
「ドリーローズ、何を言っているんだい? いい妹と思うなら、せめて彼女の前ではいい嫁を演じればよかったのではないか? わざわざ贈り物をしてくれた妹をあきれ返らせることはなかっただろうに」
と訴えるように言った。
「まあ、嘘なんかつけませんわ。さっきも言いましたが、私は家族ごっこをするつもりはありませんの。嫁を演じる? そんなつまらない茶番、誰が得をするんですか。私を愛さないとはっきり仰ったのはあなたよ」
「それはそうだが……。この犬はどうするんだね。仮にも『お祝い』だぞ?」
ブラッドレイが咎めるように言うと、ドリーローズは鋭い目をブラッドレイに向けた。
「私の寝室の番犬にしますと言ったでしょう? こんなチワワが、獰猛になってごらんなさい。妹さんも私たち夫婦の覚悟を分かってくれるはずよ」
「……」
ブラッドレイは、ぞくっとした。この女狂ってる、と思った。
しかし、ドリーローズから目を離せない。
二人はしばらく何も言わずに見つめ合っていた。
やがてドリーローズがふっと笑った。
「さて。そうと決まれば、さっそく犬の調教師を探さなくてはね。私の恋人候補になるかもしれないんだもの、イケメンがいいわ、面接はじっくりしなくちゃね。おっと、こういうのは直感の方がいいのかしら?」
ブラッドレイはハッとした。
そうだ、ドリーローズは恋人を探すと言っていた。
犬の調教師まで恋人候補になるのか?
ブラッドレイはまた急にイラっとした。
そして、それを鎮めるように慌ててぶんぶんと首を横に振る。
妻らしいことを何もする気がないこんな女が、何をしようと関係ないはずなのに!
ドリーローズは、ブラッドレイが何を考えているかなど何も興味がないように、飄々とした顔で部屋を出て行った。
こうしてトレボロー伯爵家には、大真面目でチワワの肉体改造を試みるイケメンのドッグトレーナーが雇われることになったのだった。




