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(旧) 天才は異世界の救世主[厄災]となる  作者: ポルゼ
第二章 宗教と竜の瞋恚
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魔王軍の事情

「クソが!」


 少し時間は戻り、世莉架達がアビタル教の大教会に侵入して脱出した時からおよそ半日が経った頃。アビタル教の大教会の地下にて、けたたましい声が響き渡っていた。

 怒り狂っているリンクアのルーナに殴られたところは既に治療が終わっており、現在は改造人間が保存されている部屋にいる。ただ、改造人間を保存するための容器は壊されているため、容器が修復されるまではクタルガの結界で囲んでおくことになっている。


「リンクア、少し落ち着きなさい。彼女達は必ずまたやって来ます。その時のための対策を立てておきましょう」

「だからなんだよ。私は今すぐあいつらを殺したくてしょうがない。そもそもこの国一つ滅ぼすのなんて簡単だろうが! お前のクソみたいな研究のために文句言わないでいたけどよ、あんなの必要なぇだろ!」


 クタルガが荒れ狂うリンクアをなんとか落ち着かせようとするが、怒りは相当なもののようで今にも手当たり次第に攻撃でも始めそうな雰囲気である。

 自身の許容を超えた怒りによって能力が上昇するリンクアは、敵と戦っている時であれば心強いが、そうでない時はただただ厄介な存在である。


「貴方では私の研究の価値が分からないことくらい理解しています。なので研究に関して貴方がどう思っていようが別に良いのです。ただ、今は冷静になって下さい。その怒りは次に敵が現れてから好きなだけ発散して下さい」

「あぁ……ムカつく、ムカつく。あのクソ女ども、絶対にぶち殺してやる……!」

「確か、敵の一人の体の一部に認識阻害魔法をかけたんですよね? それだけでも敵はこちらを厄介だと思っているし、多少なりとも戦力が削れていると言えます。そしてその厄介な認識阻害魔法を解くために必ず貴方を倒そうとしてきますから、すぐに会えます」

「すぐっていつだよ。私の怒りを抑えるためにその辺のクソ人間どもをぶち殺したっていいんだぞ」

「はぁ、抑えて下さいよ……」


 クタルガはため息をついて頭を抱える。


(本当に頭が痛い。ただでさえ改造人間の件で大変なのに、リンクアのお守りもしなくてはならない。これだから感情で動く者が多い魔王軍第四幹部隊の連中は好きになれない。何故我々魔王軍第三幹部隊だけで動かせてくれないのだ。派閥のこともあるのだろうが、無理に仲良くするような組織ではないだろうに……)


 六つ部隊が存在する魔王軍幹部だが、幹部クラスの強さになるとどうしても我が強くなってしまう傾向にある。というより、自らの我を通せるほどの実力が認められたから幹部になれるのだ。

 魔王軍幹部隊の中でも、感情的な者の多い幹部隊がリンクアの所属する第四幹部隊である。フェンシェント国の王都アークツルスで世莉架が戦った裏社会の組織にいたニミルは魔王軍第四幹部隊である。最初に世莉架が戦った魔王軍幹部のガルグは好戦的であったが、ニミルやリンクアほどではない。どちらかと言えばクタルガ側である。


(ガルグを探すという名目もあってここに来たが、恐らくガルグはもう死んでいる。フェンシェント国のルインに攻めたガルグの消息不明。普通にルインを攻め落とせたのであればとっくの前に帰って来ている。負けて逃げることになったのだとしても、流石にもう帰ってこれるくらいには回復したはず。だが、まだ全くガルグに関しての情報はなく、帰ってこない。答えは最初から出ていたようなものだが……)


 ガルグと同じ魔王軍第三幹部隊のクタルガは、同じ所属のガルグに少なからず情がある。クタルガは研究者気質だが、それでも感情が死んでいる訳ではないし、同じ所属になった以上は内部の亀裂を生まないように上手く立ち回るタイプだ。そのために同じ所属の幹部に積極的とはいかずとも話をしたりして交流をしたのだ。それによって情が湧くのは何らおかしいことではない。


(まさかあのガルグが……勇者が動いたという情報はない。ただ、勇者でなくとも勇者の力に匹敵するほどの力を持つ冒険者がいるということは知っている。恐らく、そのレベルの冒険者が複数人いたのだろう。これはつまり、幹部クラスであっても勇者クラスの敵には負ける可能性があるということ。思ったよりも人間やその他の種族の領地を攻めるのは甘くないということだ。まぁ、想定内ではあるが)


 クタルガは荒ぶるリンクアから距離を取り、壁際に置かれた椅子に座った。


(最初はアビタル教との協力は比較的短期間のつもりだった。しかし、より確実に人間やその他の種族を攻めるのであれば、こういった社会の裏側から時間をかけて侵略していくのが良いのだろう。私としては、侵略は他の者に任せて研究に没頭したいのだが)


 世莉架達が攻めて来て改造人間の容器を壊して面倒なことになった事実に関しては、クタルガも少なからず負の感情を抱いている。しかし、それ以上にクタルガが感じているものは違った。


(あの者達……特に、赤黒い髪のコートを着ていた女性。彼女は魔王軍のことを知ろうとしていた。とはいえただ魔王軍の情報を得たかっただけというのが真意だろう。しかし、案外普通に話せるものだな。アビタル教信者の人間とも色々と話したが、彼らは頭が固く、他の種族を知ろうとしない。一方的な負の感情をぶつけるだけで、とても知能はそれなりに高いと言われる人間とは思えない者達だ)


 現在のリンクアとは正反対の落ち着きを見せるクタルガ。そんなクタルガの様子にリンクアが突っかかる。


「おい、何でお前はそんなに落ち着いてられるんだ。改造人間は面倒臭いことになって、しかも敵に逃げられたんだぞ。魔王軍幹部が二人とアビタル教の信者が沢山いたのにだ。ムカつかないのか?」


 魔王軍幹部はガルグやニミルもそうだったが、基本的に他種族を見下している。他種族は弱々しく、魔法の扱いも下手で魔族に蹂躙されるのが当たり前と思っているような連中である。そんな魔王軍幹部が敵からの攻撃を喰らい、その上逃げられるなどプライドが許さないのだろう。


「まぁ、何も思わない訳ではないですよ。ただ、この状況で怒っていても何も変わらないし、ストレスがかかるだけです。なので私は彼女達がまた攻めて来た時の対応を考えています」

「けっ……なんでこんな奴が魔王軍の幹部やれてんだよ。研究専門の部門にでも行けばいいものを」

「それは私自身が思っていますよ。研究だけできればそれでいいのですから」

「第三幹部隊はお前みたいのが多いから好きになれないんだ。しかも、ガルグの野郎は多分やられちまってんだろ? ただでさえクソみたいな幹部隊なのに、戦闘も弱いとか救えねぇな」


 その時、リンクアの第三幹部隊に対しての侮辱を聞き、クタルガの雰囲気が変わった。


「……口が過ぎますよ。性格や行動理念が異なるのは仕方のないことですが、同じ幹部です。もう少し信頼や敬意があってもいいのでは?」

「お前らみたいのを信頼なんかできるかよ」

「私からすれば貴方のような魔族こそ信頼できない。感情で動き、周囲のことを考えない。まるで下等生物だ」

「……あぁ?」


 今度はリンクアの雰囲気がより禍々しいものになった。しかし、クタルガの発する圧が負けているかというと、全くそうではない。


「自分をもう少し客観視することをお勧めします。いつまでもそんな幼子のような振る舞いをされても困りますからね」

「なるほどな。つまり、私に半殺しにされたいってことでいいか?」

「ほう。出来ますかねぇ? 自分の方が強い、有利だと信じて疑わない者は案外足元を掬われます。これは歴史が証明している」

「言うねぇ」


 二人は睨み合う。それも、常人がこの場にいたら過呼吸になって倒れてしまうであろうほどの重苦しい空気と凄まじい殺気の混じり合いである。魔王軍幹部の力は、人間の平均的な兵士が百人、二百人程度束になっても全く敵わない。世界の中でも遥か上位の力を持つことはなんの疑いようもない。そんな力を持つ者達が互いの能力を遺憾無く発揮してぶつかったら当然周囲にも被害が及ぶだろう。

 互いに煽り会い、侮辱をするというのが愚かな行為だと分かっていて行ったのがクタルガである。だからこそ、そういう行為が嫌いなクタルガはすぐに自分自身に対して負の感情を持った。


(いけない。少し感情的になってしまった。これではこいつと同じだ)


 理知的なクタルガはすぐに感情を抑え込む。賢い者は感情のコントロールが容易に出来なくてはならない。また、人によって感情のコントロールの仕方は異なる。感情的になったらこう考える、一度深呼吸をするなど、感情の抑え方は多岐にわたる。感情を抑えなければこのまま睨み合い、煽り合って恐らく戦闘に発展してしまう。そして、現状ではクタルガは落ち着いたが、リンクアは未だに殺気を放って睨んでいる。どうにかしてリンクアを落ち着かせ、いい加減これからの行動について考えなくてはならない。


「はぁ、もういいです。私達がここでぶつかり、互いに疲労する方が良くない。ひとまず、矛を収めましょう」

「何私も悪いことにしてんだよ。お前が弱っちいことばっか言ってるのが悪いんだろうが」

「全く、本当に子供ですね……」

「お前こそ、変に大人ぶってんなよ。戦闘では勝てないから頭脳で勝とうとしてるのか?」

「もうそれでいいです。だから貴方はいつもの場所に籠っていて下さい」

「あそこは敵のせいでグチャグチャになってんだよ。馬鹿かお前」


 なかなか終わらない二人の口論。いや、これは最早口論などではなく、相手に対してヘイトをぶつけるだけの低レベルな喧嘩である。それが分かっていてもなかなか終わらせようとしないリンクアは、クタルガにイライラをぶつけようとしているのだろう。つまりはクタルガをストレス発散に使っているのである。しかし、残念ながらクタルガの反撃によって更にストレスがかかっているのだが。

 そんなやり取りの中、二人の間にある人物が入ってきた。


「何を騒いでいるのだ」


 左右にアビタル教信者の中でも地位の高い者を控えさせている者が現れた。


「貴方は……」


 その者は仮面を付けており、醸し出す雰囲気は普通ではない。何か、特殊な存在感を感じさせるのだ。


「あぁ、あんたか。今更来るとは余裕だな。随分面倒臭いことになってるぞ」


 クタルガとリンクアの喧嘩に介入してきたため、流石のリンクアも少し冷めたようで口調は変わっていないが冷静になっている。それを見てクタルガは内心でやっと静かになったとため息をついていた。


「話は聞いている。敵を逃がしたそうだな」

「まぁ、あの状況で逃げられるということはそんじょそこらの敵ではないということですね」

「ふむ。お前達の力を持ってしても捕まえられないということは敵の実力は本物だろう」

「クタルガが腑抜けだから逃がしたんだ」

「まだ言いますか」


 冷静になったはずのリンクアがまたクタルガを煽る。二人の仲の悪さは相当酷いのだ。


「逃がしてしまった事実は変わらない。次の行動について考えよう」

「おお、ようやく話を進められそうですね。貴方がまともで良かったです」

「けっ」


 その仮面の人物は魔王軍幹部であるクタルガとリンクアと対等に話している。いや、見方によっては少し上の立場から話しているようにも見える。そしてこの仮面を被っている人物は、世莉架達がバレコールに入ってから少しして街中で見かけた人物と同じである。つまり──。


「教皇様」


 左右に控えていた者の一人が声をかけた。教皇様、と。そう、この仮面を付けたクタルガとリンクアと話をしている人物こそ、アビタル教の教皇である。簡単に言うとアビタル教の中で最も地位の高い人物ということだ。


「なんだ」

「この後、いくつか用事が入っております。あまりここに長居はできません」

「それくらい分かっている。少し話すだけだ」

「かしこまりました」


 左右の信者達は明らかに教皇に対して頭が上がらないのがよく分かるやり取りだった。教皇の周囲にはイエスマンしかいない、もしくはイエスマンだけを控えさせているのか。または洗脳やマインドコントロールによるものか。教皇のカリスマ性によるものか。何にせよ、平凡な人間にはできないことだろう。


「途中で逃げたとはいえ、必ず敵はまた侵入して来ると考えていいでしょう。彼女達には明確とはいえないものの、アビタル教をどうにかするという意思はしっかり感じましたし、国の上層部とも繋がっていると考えるべきです」


 クタルガがまずは意見を述べる。世莉架がしっかりとクタルガや地下内のことを観察していたように、クタルガも世莉架達を観察していた。読み取れる部分はしっかり読み取っているのだ。


「そうだな。とりあえず、大教会に人を多めに配置する。地下に入る部分にも実力ある者を複数人配置しておこう。敵が仕掛けて来たらすぐに信者達に連絡ができるようにもしておかないとな」

「そうですね。私達が地上に出るのはあまり好ましくないですし、私達はここにいます。改造人間もなんとかしておきたいですしね」

「はぁ。さっさと部屋片付けなきゃな。クソ面倒くせぇ」

「ここはお前達に任せる。私は外で仕事をしながら国に対してアプローチを図ってみよう。国が本格的にアビタル教を潰そうとしている可能性が高いのは前から分かっていたが、影響力が大きくなったアビタル教が無くなったら無くなったらで国としても困るはずだ」


 影響力の大きい組織や団体、個人の扱いは国の上層部からすると少々厄介になることがある。影響力が大きいということは、それだけ知名度や人気があり、民衆からの支持を得ていると言えるのだ。民衆からの支持を得ている相手に対し、その相手が不利益になるような行動を国の上層部がしてしまうと民衆からの反感を買うのは必至であろう。民衆から見放されたり支持をされなくなってしまった場合、肝心の国の上層部が本来持つ影響力を失ってしまいかねない。それは大げさではなく、国の崩壊に繋がる可能性も否定できない。

 アビタル教はシグガンマ国にとって影響力はかなり大きい。王都バレコールの街中に大教会を作ることができている時点でアビタル教の持つ力がどれほど大きいのか分かるだろう。

 そして影響力が大きくなっているアビタル教の教皇ともなれば、国の上層部の人間との繋がりはあって当然と言える。


「国が本格的に動くとなると、敵が次に来るときは国の騎士団や別の部隊を利用する可能性もありますね。前回来たのは敵情視察と言ったところでしょうか」

「しかし、そこまでしたら最早戦争だ。国民に我々と国との関係が発覚するだろうし、国からしたら結果的に不利益を被ることになる可能性が高い。だからこそ、騎士団やその他の部隊を使い始めたらいよいよ本気という訳だ」

「難しい話は良く分かんねぇから、後はお前達で話しててくれ。作戦とかも全部任せる」


 リンクアは考えるのが面倒臭くなってしまったのか、荒れてしまっている部屋へ向かっていった。


「全く、戦闘力があっても性格に難があると扱いが非常に難しい」

「お前も苦労しているな。だが、リンクアの戦力が必要になるのも事実だ」

「それは勿論分かっていますが、どうにも好きになれないのですよ」

「確かに、お前達が仲良くしている所は想像できんな」


 教皇とクタルガは、案外気の合う二人なのかもしれない。どちらも理知的で感情で動くことはせず、合理的に物事を考える。リンクアとは気が合わなくても、現状のアビタル教の中ではリンクアの戦闘力を活かすことができるのはクタルガと教皇だろう。


「それでは、私はそろそろ外へ戻る。ここは頼んだぞ」

「了解しました」


 その後、少し二人は話をしてから教皇は地下を出て行った。

 広い空間に一人となったクタルガは破壊された容器を眺める。


「全く、面倒なことになりましたね。しかし……こういう刺激もたまには悪くない」


 知的好奇心が強く、研究者気質であるということは刺激を求めているということでもある。いくら戦闘に積極的ではないといっても、魔王軍幹部を翻弄した世莉架達に何も思わない訳はないのだ。

 

(あまり他種族を舐めすぎるのは良くない。彼女達は間違いなく強い。どのように攻めて来るのかは分からないが、我々を分断して戦おうとすることだろう。魔王軍は誰も彼もが他種族に遅れを取るなどとは微塵も思っていない。だからこそ、足を掬われる。魔王軍幹部クラスでは負ける相手もいるということを、しっかり伝えておく必要があるな)


 クタルガは破壊された容器に触れ、それから改造人間の調整に取り掛かった。

 そんな中、教皇は大教会の外に出ようとしていた。


「お前達」

「はい」


 教皇は、周囲の信者達が頭を下げて挨拶して来る中で、左右の信者達に声をかける。


「これからはいつも以上に周囲に気を配れ。少しでも異常や敵意を感じたら知らせるんだ。また、他の信者達への連絡もしっかりこなせ」

「かしこまりました」


 アビタル教が狙われ、最終的に自分へ攻撃を仕掛けて来ることが分かっている教皇だが、その姿は堂々としている。それは、アビタル教が負ける訳が無いという思いからか、この状況を打開する明確な方法があるからか、信者達や街の人々に不信感を与えないためか、何にせよ、堂々たる姿は見る人を不思議と魅了した。仮面を被り、素性を明かさない所も魅力の一つかもしれない。

 そんなアビタル教のトップである教皇の姿を確認し、動こうとしている者達がいた。


「大教会を出るな」

「そうだね。さぁ、私達の仕事が本格的に始まるわね」


 大教会の近くに潜んでいたアリーチェとルーナは、教皇の姿を確認していよいよ行動を開始した。


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