対アビタル教包囲網
「詳しい話は後でするから、とりあえず付いてきて」
「うん」
メリアスとハーリアに行方を阻まれた世莉架だったが、裏で何やら動いていた事がついにバレてしまったため観念し、二人にも協力してもらうことにした。というより、二人は何を言われても無理矢理協力しようとするだろう。
「城ってどこから入るの? 真正面からは入れないでしょ?」
ハーリアが当然の疑問を口にする。世莉架達が真夜中に目立たないように動いていることからも、表には出せないようなものが関わっていることは容易に推測できる。それならば堂々と真正面から城に入れる訳がないのだ。
「大丈夫、ちゃんと入れる場所があるから」
そうして世莉架達はルーナ達がいると思われる城へ侵入した。
「これ見つかったらやばいよね?」
「静かに。部屋に入るまでは喋らないように」
「……」
ハーリアは世莉架に指摘されて口を抑えて頷く。世莉架は闇に乗じてすいすいと進んで行くが、音が全くしない。どんなに音が鳴らないように移動しようとしても難しいし、仮にできても動きがとても遅くなるのが普通だ。しかし、後ろから世莉架の動きを見ていると音を出さずにどんどん進んで行き、その技術がどれだけ洗練されているのかがよく分かる。また、その流暢に動く姿は美しさすら感じさせる。
(改めて、セリカは只者じゃないってことが分かるな。どれくらいの底があるんだろう……)
世莉架は自分に関しての詳しい話をハーリアやアリーチェにもしていない。というより、するつもりもする意味も全くないというのが世莉架の現状の考えである。ハーリアもアリーチェも、世莉架が能力が普通ではなく、色々と過去にあったのだろうということくらいは流石に察している。ただ、世莉架が自ら話さないのであれば、それは聞かれたくないということである。
(いつか、セリカが自分から話してくれるくらいの信頼関係を築ければいいけど)
その時、ハーリアはふと、隣を走るメリアスを見た。
(そういえば、メリアスはセリカとどういう関係なんだろう? 初めて会った時から二人は一緒にいたけれど……メリアスに聞けば少しはセリカのことを教えてくれるかな? いや、本人の許可がなきゃ話さないよね)
そんなことをハーリアが考えている間に、ルーナ達のいる部屋に辿り着いた。
世莉架はすぐには入らず、扉に近づいて中の音を聞く。それは紛れもなくルーナ達の話し声であった。世莉架が扉をノックすると、中での話し声がピタッと止まった。恐らく世莉架であることは分かっているが、一応警戒しているのだろう。
少しして、ガチャっという音がして扉が少しだけ開けられた。
「セリ……あ、お前達!」
ルーナは世莉架の後ろにハーリアとメリアスの姿を認め、すぐに部屋の中へ入れる。
そこには、テーブルを囲む椅子に座るドーバ、アリーチェ、クミーラの姿があった。クミーラとアリーチェは特に疲労が強いようで、眠たそうにしている。
「全員、揃ったわね」
「セリカ、メリアス達も協力させるために連れてきたのか?」
「そんなつもりは無かったけど、バレちゃったからね。仕方なくよ」
「なるほど。でも、人手はもう少し欲しかったところだし、むしろ好都合だな」
「そうかもね」
世莉架達は椅子に座り、作戦会議を改めて行うことになった。
「セリカ、それはなんだ?」
ルーナが世莉架の持つ箱を指差した。
「あ、それずっと気になってたんだよね」
ハーリアも興味を示す。ちなみに、能力をかなり使って疲れてうとうとしていたアリーチェは一度寝かせてあげようという話になり、ソファで横になって眠っている。
「何か重要な情報が入っている可能性が高いと思って持ってきたわ」
「そんなのあったか?」
「あったわよ。逃げている間でも手に入る情報はあるものよ。こういうのは出来る限り見逃さないようにしないとミッションの成功率が下がるわ」
「簡単そうに言ってるけど難易度高いぞそれ。まぁ、とりあえず箱の中を見てみよう」
「そうね」
世莉架は箱をテーブルに置く。ルーナ達は興味津々だ。
「これ、罠だったりしない?」
メリアスが世莉架の後ろに隠れながら言う。大事な情報が入っているのであれば何か仕掛けがあるかもしれない。
「可能性はあるけれど、罠というよりかは開けさせない仕掛けはあるかもね」
「開けさせない仕組み?」
「そう。単純に頑丈とか、鍵が特殊とかね」
箱には鍵穴は存在する。しかし、当然開けるための鍵は持っていない。
「結界魔法が張られている可能性は?」
そこでルーナは結界魔法が張られている可能性を指摘する。
「いいえ、結界魔法は張られていないわね。ということは、この箱の中のものに魔王軍幹部は関わっていないということになる。もしも関わっているなら結界魔法や認識阻害魔法を絶対にかけているでしょうからね」
「魔王軍幹部!?」
メリアスとハーリアは魔王軍幹部という言葉に驚く。魔王軍幹部がいたらなったら当然の反応だろう。
「それに関しては後で話すわ。とりあえず今はこの箱を開けましょう」
すると世莉架は箱の鍵穴に指を向け、そこに水の魔法を撃つ。この方法で鍵穴を破壊して先へ進むということがあったが、同じ方法で破壊しようと試みたのだ。
「……なるほど」
しかし、世莉架の水の魔法でもその鍵穴を破壊して無理矢理開けることはできなかった。かなり頑丈に作られていることは確かだ。
「それでダメか……なら、私が開けよう」
ルーナはそう言うと、箱の持って力を入れようとした。
「待ってルーナ。貴方はドラゴンなのよ。力を入れすぎると中に入っているものも一緒に潰してしまう可能性があるわ」
「分かっている。だから少しずつ力を込めていく」
「そう。ならお願いするわ」
「任せろ」
そしてルーナは少しずつ力を込めていく。しかし、なかなか箱は変形しない。
「む……これは本当に頑丈だな」
そこから更に力を込める。するとようやく音を立てて変形し始めた。
「ふう。人間の姿になっているとはいえ、こんなに頑丈とはな。しかし、開いたぞ」
非常に頑丈なその箱も、ドラゴンの膂力には流石に勝てなかったらしい。しかし、これほど頑丈だったら実力者でないと無理矢理こじ開けるのは難しいだろう。
「私が取り出すわ」
テーブルの上に置かれた変形している箱の中を世莉架が覗く。そこには書類があり、手に持って内容を確認した。
「これは……アビタル教と関わっている組織や人物名が書かれた書類ね」
「やはり、重要なものが入っていたな」
「えぇ。あえて物置のような雑多な物が置いてある場所に隠した方が見つけにくい。それに、そもそもそんな所にあるとはあまり思わないでしょうしね」
世莉架達は手分けしてその書類を確認していった。どこにどんな情報が書いてあるか分からない。中には、見なかったことにした方がいい情報や、世莉架達に有利になる情報が紛れ込んでいる可能性は十二分に考えられるのだ。
すると、世莉架がそこで一つ気になる情報を見つけた。そこにはとある商人の名前が書かれていた。
(イミウ……これはハーリアの……)
商人イミウ。それは、ハーリアの両親に関わっていた裏の人間の一人である。そう、世莉架が殺したハーリアの両親に薄暗い仕事を依頼したり斡旋したりしていた人物である。
ハーリアの両親を殺したのは紛れもなく世莉架だが、その原因となったのは裏社会の人間達だ。書類を見る限りでは、裏社会においてはなかなかの権力を持つ人物であることが分かる。人身売買、臓器売買、違法な薬の売買など、どっぷりと黒い世界に浸かっているようだ。
(これだけ裏社会に関わっていたら警戒心やもしもの時の対応もしっかりしているでしょうね。恐らく、手練れの護衛を何人もつけていて、自分を匿ってくれる権力者の貴族や商人もいるでしょう。捕まえるのは面倒そうね)
世莉架はこの情報をハーリアに言うかどうか少し悩んだ。ハーリアにとって、もしも復讐をするのであれば世莉架に対してだ。例え、自分の両親が裏社会の人間達に翻弄されて手を出してはいけないことを行なっていたとしても、その手でハーリアの両親を殺したのは世莉架である。しかし、裏社会の人間を、それも両親の死のきっかけを作った一人であるイミウをハーリアは許さないだろう。
敵と戦うときに邪魔になるものの一つに感情がある。勿論、適度な興奮や怒り等は自身の力になってくれることがある。だが、昂り過ぎた感情は冷静さを失わせ、体に力が入り過ぎてむしろ戦うのが下手になってしまう。それだけでなく、仲間に迷惑をかけることもある。ただ、圧倒的な力を持つ強者であれば別であるが。
世莉架は今のハーリアにこの情報を話して果たして冷静に対応できるのかということを懸念していた。
(ハーリアはしっかりと成長している。まだまだ知り合ってから日は浅いけど、それでも両親が死んでから逞しくなっているように感じる。仮にこれで冷静さを失っても、私がコントロールすればいい話ね)
思考の結果、世莉架はハーリアにその情報を伝えることにした。
「ハーリア」
「何?」
「この人物はね……」
世莉架はハーリアにイミウについて書かれている書類を見せ、耳元に口を寄せてイミウについて話した。
「そっか……今もこの街にいるのかな?」
「どうかしらね。この書類に書かれている日付や紙の新しさを見るとかなり新しい。今もこの街に潜伏している可能性はあるわね」
「そうだね」
「……」
世莉架は話を聞いたハーリアを見て少し驚いていた。
(思ったよりも驚かないわね。見た感じはとても冷静で、強い感情を無理矢理抑えている訳ではない様子。これは、私が見誤っていたということね)
ハーリアはイミウの事を聞いて何も感じなかった訳ではない。それでも、ハーリアが感情的にならなかったのは吹っ切れている部分があるからだ。ハーリアは世莉架について行き、自分の目で色々なものを見てこれからどうするか考えると強く決心している。最初は弱気なところがあったが、実は心の強い少女なのだ。
「それじゃあ、この書類の内容を含めてこれからどうするのか考えましょうか」
世莉架達は、これからどうアビタル教を攻略するかをじっくりと話し合って考えることにした。
**
アビタル教の大教会の地下に潜入してから一日半が経った。時間的には昼時であり、街には多くの人が行き交っている。
そんな中、世莉架達はついに行動を開始した。一日半かけて色々と作戦を考えてその準備をしつつ、体調を万全にした状態で臨むことにしたのだ。これからはハーリアとメリアスにも協力してもらうため、やれることが増えており、それぞれに達成すべきミッションが決められている。
世莉架、アリーチェ、ルーナ、ドーバはこれからアビタル教と対峙する。現状、必ずしも大教会内に倒すべき敵がいるとは限らない。魔王軍幹部であるクタルガやリンクアは外に出ることはないと考えられるため、恐らく大教会の地下にいることだろう。ただ、アビタル教信者の中でも力を持つ者達は普通に外で活動していることが考えられる。そうなると、今回の戦いは外で大胆に戦うことになる可能性もあるのだ。
今回、昼時に作戦を決行するのはアークツルスの時と似たような理由である。当然のことではあるが、後ろめたい何かを抱える組織は表立って悪目立ちしたくないのだ。昼時であれば人の目が至る所にあり、もしも街中で戦闘を始めようものなら民衆のアビタル教への印象の悪化は避けられないだろう。
ただただアビタル教を力づくで倒せば万事解決とはならないのが面倒なところである。アビタル教は急速に勢力を拡大し、広く認知されつつある。そんな勢いのあるアビタル教の信者達が突然殺されたり捕まえられたりしたら民衆は何事かと大いに困惑するだろう。また、そうなることによって民衆にとってアビタル教が被害者という認識になると考えられ、加害者探しやアビタル教への復興支援などを行うようになる可能性が高い。その時、クミーラをアビタル教の新たな指導者になるよう立ち回ればひとまず解決と言っていいだろう。
勿論、このやり方だと加害者を誰にするのかという問題や、国からアビタル教に関してのきちんとした声明を出すといったサポートがないと民衆は納得しないだろう。
だが、今世莉架が一番懸念しているのはそこではない。
(さて、教皇はどこにいるのかしらね……)
そう、最も懸念しているのは教皇の存在であった。一日半前に大教会の地下へ入った時、教皇が現れなかった。教皇が出るまでもないと判断されたと考えるのが普通だが、世莉架はアビタル教の教皇のことがどうも気にかかっていた。
世莉架はクミーラと共に街中を歩いている。クミーラはアビタル教信者の格好のまま歩いているため、他のアビタル教信者が見たらすぐに分かるだろう。クミーラは裏切り者として認知されているはずなので、どこからか接触を図ろうとしてくると考えられる。
(昨日、教皇は街中に現れなかった。前に街中をぞろぞろと信者達を引き連れて歩いていたけれど、毎日街中を歩く訳ではない。ただ、アビタル教信者と魔王軍幹部が倒されたとなれば、流石に姿を見せるでしょう。まぁ、尻尾巻いて逃げる可能性もあるけれど)
周囲に最大限の警戒をしながら二人は街中を歩いていき、クミーラを囮としながら敵を制圧していくのだ。
一方、アリーチェはルーナと一緒に街中を歩いていた。向かう先はひとまず大教会。やはり、一番アビタル教信者が多くいるのは大教会であり、教皇がそこにいるかもしれない。しかし、教皇は大教会にもあまり姿を現さないようなため、いる可能性は低い。しかし、アビタル教の中でも確かな実力のある者達はいる可能性が高い。
「人の目がある場所で暴れるのはダメなんだよな?」
ルーナが隣を歩くアリーチェに再度確認するように聞く。
「うん。それだと私達がアビタル教の敵であるという確固たる証拠になっちゃうからね。アビタル教が崩壊したというニュースが後日流れて民衆がそれを知るという形にしなきゃ」
「そうだな。にしても、上手くいくかねぇ」
「相手が一筋縄ではいかないことはもう分かっているしね。あの時いなかった戦力も結構いるだろうし、そもそも教皇がまだ謎だらけ。そこが一番の不確定要素だね」
「まぁ、気を抜いたらヤバイってことは確かだな」
一見まったりと街中を散策しているだけに見える二人だが、周囲への警戒や注意力、そして隙の無さは常人離れしている。同じような強者が見れば二人も強者であることが看破されるだろう。
そして、二人はアビタル教の大教会に着いた。周囲には多くのアビタル教信者がおり、出入り口を行き交っている。
アリーチェとルーナは建物の陰から観察している。特にルーナはアビタル教信者にとって最も嫌うべき種族の一つであるドラゴンだ。また、何故かアビタル教信者達にはドラゴンであることが看破されるため、隠れて動くことを余儀なくされる。
「じゃあまずは様子を見よう」
「あぁ。場合によっては長期戦になるかもな」
そうしてアリーチェとルーナは大教会近くにて息を潜めるのだった。
「はぁ、さっさとぶっ潰して帰りてぇ」
面倒臭そうに言いながら街中を歩くのはドーバだ。ドーバは一人で行動している。行き先はここシグガンマ国の王都バレコールを出入りするための門である。王都の外から中へ、中から外へ向かうアビタル教信者達の中に教皇や実力者がいる可能性が考えられるからである。また、他にも書類に書いてあった裏の商人や組織の者が現れる可能性もある。そういった者達を捕らえて様々な情報を得ることができるかもしれないのだ。
ドーバはようやく門に着き、建物の陰から見張った。
「ったく。さっさと教皇でも裏社会の奴でもいいから現れて欲しいもんだな」
そう言いながらも警戒は一切怠らず、注意深く門付近を観察するのだった。
また、ハーリアはドーバと同じく一人で街中に出ている。行き先は特に決まっている訳ではない。というより、明確に居場所が分からない相手を探しているのだ。
(裏の人間は仮面の付け外しが上手い。表では周囲の人間から善人として認知されていたりする。だからこそそういう商売が上手くいくんだろうけど……とにかく、情報収集の意味も込めてイミウを探しつつ行動しないと)
ハーリアは両親を翻弄した者の一人であるイミウを探しているのだ。だが、広い王都バレコールで一人の人間を探すのは難しく、そもそも既にバレコールを後にしている可能性も十分に考えられる。だが、ハーリアの目的はイミウを探すだけではない。それと同時にアビタル教信者達の居場所の確認、動向を見張るというのも目的に含まれる。そのため、ハーリアはアビタル教の教会があるルートを通って移動する。
(イミウを探すのは難易度が非常に高いのは分かっている。顔がまず分からないし、街にいる商人全員に名前を聞くのも現実的じゃない。だから、イミウは最悪見つからなくても仕方ない。大丈夫、私には心強い仲間がいるんだから)
ハーリアは心を強く保ち、周囲を注意深く観察しながら街中を歩いていく。
そして、場所は変わって城の内部。
「みんな、無事でいてね」
メリアスは一人、ルーナとドーバに用意された部屋にいた。しかし、メリアスは部屋の中でただ待機しているだけではない。きちんとメリアスにもやらなくてはならないミッションがあるのだ。
「よし……そろそろ私もやる事やらなきゃ」
そうメリアスが呟いた時、部屋がコンコンとノックされる。なるべく音を出さずにメリアスは扉に近づき、耳を澄ます。
「私です」
すると小さな声で男性の声が聞こえた。それを確認してからメリアスはゆっくりと扉を開ける。
そこには剣を帯刀し、薄めの防具を付けた騎士が立っていた。目が細くて髪は黒髪でボサっとしている。歳は二十代前半といったところだ。
「うん、とりあえず入って」
メリアスはその人物を待っていたのだ。メリアスはこれまで、戦闘や事の解決において直接的に役立ったことはない。戦闘能力がないのでそれは仕方のないことではあるのだが、メリアスはそれを多少気にしていた。しかし、今回は違う。メリアスにはしっかりとした役目があり、メリアスが失敗すると世莉架達が後々大変になってしまう。
戦闘と情報収集に赴く世莉架達の無事を祈りつつ、メリアスは自分がやるべきことを全うするため、行動を開始する。




