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(旧) 天才は異世界の救世主[厄災]となる  作者: ポルゼ
第二章 宗教と竜の瞋恚
41/59

社会を変える者

長い間投稿が止まってしまい、申し訳ありませんでした。作品の気になる箇所の修正等を進めながら、少しずつ書いていきます。

「魔王軍第三幹部隊……」


 クタルガは堂々と自己紹介してきた。だが、その眼光は鋭く光っている。

 世莉架はそこでやはりなと思っていた。それは、クタルガが魔族だったことに関してでは無い。魔王軍第三幹部隊に属しているということについてだ。ガルグは恐らく魔王軍の中では行方不明扱いなのだろう。そのため、魔王軍内部ではその話が広がっているであろうから、他の魔王軍幹部達も当然そう聞いているはずだ。となると、どこに行ったのか捜索しなくてはならない。行方不明になったのが魔王軍の下っ端であればそこまで問題視されず、同じ下っ端か中堅くらいの地位に就く魔王軍の兵士が少数で捜索を開始し、適当に切り上げるところだろう。しかし、実際に行方不明とされているのは魔王軍の幹部の一人だ。適当に済ませていい案件では無い。仮に敵に寝返っていた場合、魔王軍の下っ端や中堅ではただ返り討ちに遭って終わりだ。そうなると、同じ魔王軍幹部で、更に他の幹部隊よりも交流が深いであろう同じ第三幹部隊の者に行かせた方が説得ややる気が違う。

 しかし、ガルグの捜索がクタルガの本当の目的ではないことを世莉架は見抜いていた。


「そんな堂々と正体を明かしてしまっていいの?」

「ご心配、有難うごさいます。普通に考えれば悪手でしょうが、この状況では悪手にはなりません。何故なら、貴方達はこのアビタル教の真実を外へ出す気は無いからです」

 

 この時点で世莉架はクタルガが何を言いたいのかをすぐに理解した。


「どういうことだ」


 ルーナは睨みつけてクタルガに尋ねる。


「そんな睨まないで下さいよ」

「睨むに決まっているだろう。お前は魔王軍幹部で、このアビタル教に裏で関わっている。それだけで敵だからな」

「それはそれは……今だけは、有益な話し合いをしましょうよ。それに、そこのお美しいお嬢さんは理解しているようですよ」


 そう言ってクタルガは世莉架を見る。それに釣られてルーナ達も世莉架を見る。


「まず、私達はシグガンマ国の王から正式に依頼を受けたわけでは無い。この国を守る兵士でもない。それは私達の格好や人数を見れば一目瞭然でしょう。そうなると、裏で秘密裏に処理せよ、と言ったような公表できない命令、もしくは独断による行動ということになる。そして、そういう場合の真実は闇に葬ったほうが色々と都合が良いのよ。最近急速に勢いをつけているアビタル教が裏では死者の体を使って改造人間を作り、過激な危険思想を持って何かをしようとしていたなんて世間に公表されたら国の評価すらも落とすことになる。それどころか、国が先導していたんじゃないか、なんて噂が流れるかもね。これらのことから、私達は秘密裏に動いて処理しなくてはいけないのよ」

「つまり、奴の存在も公表はされない、と」

「えぇ。魔王軍幹部が関わっていたなんて事実が外に出てしまったら、下手すると周辺の国家から戦争を仕掛けられるんじゃないかしら。シグガンマ国は実は裏で魔族と手を組んでいて、大陸南部に潜む打倒すべき危険な敵である、という風にね」

「確かに……魔王軍幹部というだけでも世に与える影響力は凄まじいからな。ルイン攻防戦がその良い例だ」

「分かってもらいましたか?」


 クタルガがやれやれといった様子で言う。


「このクソ野郎……こういう奴が俺は大嫌いなんだよ」


 その態度が気に食わなかったドーバは殺意を剥き出しにしてクタルガを睨む。それを受けたクタルガは嘲笑するような視線をドーバに送る。この二人は特に相性が悪いようだ。


「そうですか。私も貴方のような、いかにも頭が弱くて冷静さの欠片も無い直情型の人間が大嫌いなんですよ」

「……ぶっ殺してやる。そもそも俺は人間なんて脆弱な生き物じゃねぇ」

「ほう? では、その姿は本当の姿では無いと?」


 感情的になってしまったドーバはつい自分が人間では無いと言ってしまった。それを聞いてクタルガは目を細める。アビタル教の理念は人間至上主義である。そんな所に人外が入ってきたら即座に処理対象に入ることだろう。クタルガは別のようだが。

 その時、世莉架達の後ろにいたクミーラがハッとして自分の腕を確認し、その後に服のポケットを探り始めた。


「無い……意識を失っている間に取られたのか?」


 そして小さく呟く。その言葉を世莉架の人間離れした聴力はしっかりと捉えていた。


(ドーバが人間では無いと言ってからのクミーラの反応……やはり、あの時あれを盗んでおいて(・・・・・・・・・)よかったわね)


 ドーバは自分が人外であることを言ってしまうのは良くないとすぐに分かったのか、言い返さずに少々狼狽えている様子だ。それを見てルーナはため息をつく。ルーナはドーバにはこの場で何も発言をして欲しくないと思っていたため、先に釘を刺しておくべきだったと後悔していた。


「沈黙は肯定と捉えますよ。ですが、安心してください。こんな所で貴方達が人間ではないことが分かっても、特に状況は変わりません。それに私も人間ではないですから」

「それで、話し合いって言っていたけれど、何を話したいの?」


 世莉架はそろそろ話を進めようと、話の先を促す。


「あぁ、失礼しました。話し合いというのは……そうですね、まずは互いの目的を確認しませんか? 案外、戦う必要が無いかもしれませんよ」

「世迷言を。貴様のような得体の知れない奴にそんなことを……」

「ルーナ、待って」


 ルーナは馬鹿にされていると思ったのか、憤ってその提案を突っぱようとしたが、世莉架がそれを遮る。


「セリカ、お前まさか、こんな怪しい提案に乗るというのか!?」

「ルーナ、貴方も少し落ち着きなさい。話し合いは重要な情報収集よ。それに、相手は魔王軍幹部。何も考えず突っ込んだって危険なだけ」

「それはそうだが……魔族はこの大陸の、いや、この世界の敵だぞ」

「そうね。じゃあ聞くけどルーナ、貴方は魔族のことをどれくらい知っているの?」


 何の意図があるのか分からないのか、ルーナは怪訝そうな顔をする。


「……大陸の支配、最終的には世界征服をしようと目論んでいる。少なくとも、私達のような大陸南部に生きる者達を

蹂躙する意思はあるだろう」

「それは、誰から聞いたの?」

「誰か……いや、それは、実際に攻めてきた訳だし……」


 思わぬ質問に口淀んでしまうルーナ。その様子を見て世莉架が続きを喋ろうとするが、そこで実はずっと黙って周囲を観察し、考え込んでいたアリーチェが遮った。


「私達はいつの間にか敵対している魔族のことを知らなすぎる」

「!」


 その言葉に、なんとなくルーナは納得してしまった。

 そう、魔族は謎だらけなのだ。ルイン攻防戦があったように、侵略をしようとしていることは間違いない。敵意も同様だ。いや、魔族からすれば多種族など低レベルで取るに足らない相手という認識かもしれない。

 どちらにせよ、侵略をする理由、魔族の種類、魔王軍の構成、派閥、能力、魔族それぞれの思想、信念、目的……どれも謎なのだ。勝手に魔族はただただ世界征服をしようとしている、などと思い混んでいる者がほとんだが、本当にそうだろうか。とはいえ、そう思ってしまうのは仕方のないことではある。だからこそ、まずは知ることからだ。何も知らないのに憤り、憎み、戦い、血を流すことのなんと虚しいことか。


「そう、アリーチェの言う通りよ。私達は先に見据える魔族という種族をあまりに知らなすぎる」


 世莉架はそう言いながらもメリアスの言っていたことを思い出していた。


(メリアスはこの世界を管理する神だから、魔王が世界を壊すのを止めて欲しいと言っていた。それは確かでしょう。疑う余地も無い。けど……そのために必要な情報があまりに少ない。魔族の……いや、この世界の歴史、その背景は知っておいた方が良い)


 このダージスという世界に来て、少しだけ世莉架に変化が訪れていた。元々世莉架は、魔族についてはただ立ち回りやすくするため、ただ倒しやすくするための戦略としてという意味だけで情報収集を行っていた。勿論、そういう意味での情報収集というのは変わっていない。

 世莉架がこの世界に来てばかりの頃は、なるべく目立たないように魔族を倒していき、その道中で魔族以外の問題が解決できるのであれば解決する。そして早々にこの役目を終えたいと、そう考えていた。その過程で、どこの誰がどう死のうと、どう生きようとそこに興味も情も無かった。しかし、世莉架はハーリアとの出会いを始めとして、アルファとエルファ、アリーチェにルーナとドーバなど、色んな人の話や過去や世界についての話を聞いた。それによって、地球にいた頃は氷のように凍てついていた世莉架の心にほんの少しずつではあるが、変化が見られるようになったと言えるくらいにはなった。それは決して感情が豊かになり、他者の命を大事にするようになるという意味ではないだろう。ただ魔族を討ち滅ぼすのではなく、この世界にはどんな歴史があって、どんな人物がいたのかなど、世莉架の純粋な知的好奇心というものが刺激されることが多くなっているのだ。この小さな小さな変化が、いつか世莉架という一人の人間の考え方や生き方を変える時が来るのかもしれない。また、こういう小さな変化が起きた理由として特に影響が大きいのは、パーティメンバーである三人の存在だろう。彼女らの暖かさは、世莉架には凄く眩しいのだが、同時に安らぎと不安を与えるものであった。

 この小さな変化にメリアスが気付いたらきっと喜ぶことだろう。


「やはり、私の思った通り。貴方は大変聡いお方なようだ」

「それはどうも。それで、互いの目的の確認と言ったけれど、まずは貴方から話してくれるのよね?」


 クタルガは眼鏡をクイッと上げて、ニヤリとする。


「私から提案したことですし、当然ですね」


 そう言うとクタルガは周囲を見渡し、改造人間を見る。その顔つきから見ても、真面目に話すつもりなようだ。


「私はね、研究者気質なんですよ。正直、戦いなんてしたくありません。いや、戦いなどする必要が無いのです」

「なら何故魔王軍に?」


 世莉架はすぐに質問をする。


「魔王軍には研究用の部屋や研究資金といったものがよく揃っているのです。それで私は最新の技術力や心地よい研究環境という誘惑に負け、魔王軍に入ることにしました。まぁ、魔王軍には血気盛んな阿呆どもが多くてですね、そこだけが不満なのですが。それこそ、同じ幹部で同じ部隊所属のガルグも大変戦闘が好きな魔族でした」

「最新の技術力……魔族には貴方のような研究者が沢山いるの?」

「数自体はそこまで多いわけではありません。しかし、魔族でありながら戦いよりも研究に没頭できるような奴は大抵変人ですが、その頭脳はとても優れているのです」

「なるほど……」


 魔族と聞くと、戦うことにしか興味がなく、戦闘のために生きるといったような種族だと思いがちだが、どうやらそうではない変わり者の魔族も少数ではあるがいるようだ。

 そして何より、元々戦闘能力の高い魔族が研究をして確かな技術力を手に入れていて、更に戦闘以外でもしっかり頭の回る者もいるという事実は、少なからず世莉架達に衝撃を与えた。

 

「ちなみに、魔王軍の技術力はどれくらい高いの? このシグガンマ国の技術力と比較したらどう?」


 世莉架の問いに、クタルガは顎に手を当てて少し考え込み、答えた。


「そうですね……魔法の技術力においては魔王軍の方が確実にレベルが高いです。そもそも魔法の扱いには魔族の方が長けてますから当然ですがね」

「そう。では、科学技術力に関してはどうかしら?」


 本当に世莉架が聞きたかったのは魔法の技術ではなく、科学技術の方だった。クタルガは、魔法の技術力においては、という言い方をした。これは他にも進められている何らかの技術があるということを示している。

 科学技術がどれだけ進んでいるかなど別に重要なことではないと思うかもしれないが、実は無視しない方がいいことである。

 このダージスという世界には、魔法がある。そのため、科学技術よりも魔法の発展が優先されることが多い。事実、科学技術力という言葉を聞いて、アリーチェ達は一体何を聞いているんだという表情になっている。科学技術の発展がどれだけ世界を変える力があるのかを知らないのだ。また、その価値もあまり分かっていない。とはいえ、それ自体は無理のない話だ。科学というものは技術が確立され、そこから商品化されて世に出されたり、戦争で使われたりすることでようやくその価値が分かるようになってくるものだ。

 更に、科学技術が進んでいけばいくほど先進的な考えが生み出されたり、社会が豊かになっていく。勿論、科学の発展によって起きてしまう弊害もある。だが、魔王軍の科学力の発展によっては、戦争において魔法と科学を組み合わせてより強大な敵になる可能性がある。また、いずれは戦うことよりも商売が優先されるようになり、より便利で先進的な暮らしを魔族達が先に始めることになるかもしれない。そしてそういった生活をしているかどうかは科学力である程度分かるのだ。


「科学ですか……実は最近になって力を入れて研究し始めているのが科学なのですよ。魔王様曰く、いずれは魔法が科学に負ける日が来るかもしれない。だからこそ、我々がその力を人間達よりも先に手に入れるべきだ。そして何より、科学の発展は社会を豊かにする、とね」

「……!」


 世莉架は衝撃を受けた。世界に危機をもたらす魔王と聞いて、勝手に暴君のようなイメージを抱いていたが、魔王は科学の重要さを分かっているようだ。そして、戦うことに有利になるというような理由だけでなく、社会のためであるという。


(なるほど。魔族達は私の思っていたよりも遥かに先進的な暮らしをしている。いや、しようとしている。社会がしっかりと形成されているのね。もしかしたら通貨や法律など、国や社会が成り立つために必要なものが既にきちんと作られているかもしれない。他にも情報を聞き出したいわね)


 魔王率いる魔王軍並びに魔族達は理性や知性を持ち、貪欲に知識を求める者がいる。魔族達が人間のようにしっかりとした社会の構築を始めたのは、魔王の手腕によるものだ。魔王が生まれてきていなかったら、魔族達はもっと原始的な暮らしを今でもしていたのかもしれない。


「魔王は随分と賢そうね」

「えぇ。あの方は戦って強いのは当然ですが、何より頭が良い。だからこそ、急速に魔族達の文化や文明レベルは上昇したのです」

「魔族達、というのは貴方のような人型の魔族の話かしら? 魔獣も同じような生活をしているの?」

「それはどれくらい高位の魔獣かによりますね。知能が低く、獰猛で低位の魔獣が同じような生活をできるはずはありませんが、魔獣でも頭が良く、理性的で強い者はいますからね」


 魔族といっても、沢山種類がある。基本的にクタルガのように人型な魔族は理性的で頭が良く、戦闘においての強さも持ち合わせている。それ以外に言われる魔族は、高位か低位かで能力や頭脳が大きく変わるのだ。


「ということは魔族にも人間社会のような、面倒な地位や身分がありそうね」

「そうですね。結局、社会が進展するとそれに伴って賢さや強さなどの能力によって比較され、ランク付けされるのです。まるで人間社会のようで嫌だ、と唱える魔族もいますが、この社会を一度経験してしまうとなかなか癖になる。自分の努力次第で地位や身分を上げることが可能で、色々と比較され、称えられたり貶されたりする」

「今の人間社会でそのレベルに達しているのはフェンシェント国のような一部の先進国だけよ。いえ、フェンシェント国においてもまだ生まれながらの身分や地位がある程度のしがらみとなっている。能力のある者が評価される実力主義なんて、既存の身分の高い貴族からしたら恐ろしいシステムでしょうからね」


 フェンシェント国はマリコムが王となれば、古い体制を撤廃したり、平民の出であっても能力のある者はきちんと評価され、それ相応の待遇を受けられる国になるかもしれない。だが、そんな国にするための道のりは険しいだろう。


「えぇ。我々魔族と人間やその他の種族との大きな違い。それは魔王という圧倒的な存在がいるかどうかです」

「絶対的な存在には逆らう者などいない。いたところで一瞬で消されて終わりね」

「その通りです。絶対的な支配に対し、自由を奪われているなどと考えている輩がいますが、その支配によって技術が進歩し、社会がより良いものになっている現状に不満を抱くのは思い上がりか無知だからでしょう」

「どんな国でも、社会に不満を抱く者が一人もいないなんてあり得ないから仕方ないことね」


 魔王が倒されなければ、魔族は様々な分野で著しい速度の成長を遂げるだろう。そうなってしまったら大陸南部に生きる者達に勝ち目はない。

 時間は思ったよりも無いのかもしれない。果たして世莉架が魔王の元に辿り着くまでどれほど時間がかかるのだろうか。


「さて、ついつい話が楽しくて目的を話すのを忘れていました」

「そうだったわね」

「私の目的は研究材料の確保や研究のための実験、それらによって既存の価値観を変えること。と、格好つけて言ってみたはいいものの、要するに自己満足のためです」

「なるほど」


 世莉架はすぐに理解する。しかし、ずっと二人の会話を聞いていたアリーチェ達はあまり分かっていなさそうだ。


「どういうことだ?」


 ルーナが世莉架に質問する。


「彼は根っからの研究者。魔王軍でも研究はできるけれど、大陸南部に行かなければ取れない素材や、大陸南部にしか生息していない生物を必要とする研究の場合は現地に赴かなければならない。部下に取りに行ってもらうというのも手だけど、冒険者や兵士と戦闘になったら殺されて帰ってこない可能性がある。となれば、自分で行くという手に出るでしょう。それこそ研究にしか興味の無い科学者は自分で危険な場所に素材を取りに行くなんてよくある話だしね」

「えぇ。貴方は研究者という生き物をよく分かっているようだ」

「そして実験。研究に実験は不可欠。ただ、魔王軍で危険な実験を行い、それが失敗でもすれば被害が出る可能性がある。だったらせっかく研究材料のために人間の国に来たのだし、そのまま人間の国で実験を行えばいい。仮に実験が失敗しても死ぬのは人間であり、魔族に被害は無い。そして、この悍ましい改造人間の研究が成功すれば、魔族が命がけで戦わなくても、死体さえ入手できれば戦うことしか能の無い兵士をいくらでも作り上げることができる」

「兵器転用するってことね」


 ルーナが質問したが、アリーチェが早々に理解して答えを告げた。

 生身の魔族が戦わずに、既に死んでいる改造人間が戦うのであれば、魔族側の死傷者をほぼ出さずに人間やその他の種族を攻撃できるだろう。世莉架達のような強者であれば特に苦戦はしないだろうが、一般人では何もできず殺される可能性が高い。それに、いずれは世莉架達ですら倒すのに苦労する改造人間が作られてしまうかもしれない。


「この技術が確立されれば、魔族の命がけで戦闘に赴くという価値観は大分変わるでしょうね」

「それを目指しています。ですが、まだまだ実験段階でして、改良を重ねないとダメですね」

「更にはアビタル教を言いくるめて、改造人間の技術確立のために利用している……ということね」

「大正解です」


 このやり取りを聞いていたクミーラは頭を抱えている。完全に魔族に利用されているだけだと目の前で世莉架が告げてしまった。


「クソ、これじゃあアビタル教は何もかも……」


 絶望しかけているクミーラを尻目に、世莉架は続けて質問する。


「それじゃあ大正解のご褒美として、まだ質問してもいいかしら」


 クタルガの話すターンが終わりそうになっている気配を感じた世莉架は尋ねる。


「ではこれで私が話すターンは最後にしましょう。それで質問とは?」

「魔王は、世界をどうしようとしているの?」


 魔王は悪であり、魔王によって世界は滅ぼされる。世莉架はメリアスの言っていることを疑っている訳では無い。ただ、クタルガの話を聞いている限り、何も考えずに悪だと決めつけて魔族を破滅させに行くのは違うのでは無いかと感じ始めていた。

 これまで世莉架が出会って来たこの世界の人間の中には、死ぬべき、裁かれるべきだと思う者が沢山いた。魔族は悪かもしれないが、だからといって人間やその他の種族が悪では無いとは限らない。

 世莉架には悪くない者を殺す趣味は無い。


「……魔王様の真意は私にも分かりかねます。魔王様の真意を分かっているのは、魔王様を理解し、厚い信頼関係にある魔王様の右腕の三人だけでしょう」

「……!」


 魔王の右腕。世莉架が最初に倒した魔王軍幹部のガルグから少しだが魔王軍の構成を聞いていた。曰く、幹部の上には二つの階級があると。魔王軍の右腕の三人というのは、幹部より二つ上の階級に属する者達のことだろう。


「魔王の右腕が三人なんて情報与えていいの?」

「おっと、口が滑ってしまいましたね。ですが、魔王の右腕が三人であるという情報が漏れても特に問題はありませんよ」

「……」


 この時、世莉架はガルグの言葉を思い出していた。


『我等魔族とは大きな差がある』

『魔王軍の下から上まで全て見ていったとき、嫌でも分かる。あぁ、この魔王軍は理不尽そのものだと』

 

 ガルグは世莉架にそんな情報を渡していいのかと尋ねられたことがあった。その時、ガルグは別に問題ないという自信の元で答えたが、クタルガも同じようなことを言った。つまり、情報が漏れたところで人間やその他の種族達に勝ち目はないと信じているのだろう。

 世莉架がこれまで戦ってきた魔王軍幹部はまだまだ少ないが、強大な力を持っていた。世莉架やアルファ達だったからこそ倒すことができたが、そこらの冒険者や兵士では束になっても勝てないだろう。


「魔王の右腕とまで呼ばれているその三人は、貴方のような魔王軍幹部とはレベルが違うのでしょう?」

「はい。正直、比較すると自分が惨めになります。彼らの持つ力は、同じ魔族であり、魔王軍幹部でもある私が自然と平伏してしまうほどです。他の魔族からは畏怖、憧れ、信仰の対象になっています」

「それほどの力を持っているのならば、すぐにでも魔王の右腕の三人が戦いに来ればいいでしょう。何なら、魔王が直接手を下せばいい」

「いえ、魔王様は魔族のトップですから、そんな簡単に魔族の国を動いてはいけません。また、右腕の三人もそう簡単に動ける立場にないのです。更に、三人とも変人ですからね」


 魔王と魔王の右腕の三人がすぐにでも大陸南部に侵略を始めることは無さそうだ。しかし、変人揃いというところから、突然気が変わって戦いに来ることはあるかもしれない。


「さて、私の方はそろそろいいですか? 次は貴方達の話を聞きたい」

「そうね」

「それでは早速……」


 クタルガが質問を投げかけようとした時だった。突然クタルガの言葉が途切れ、少し上を向き、ため息をついたのだ。


「全く、良い所だったのに」


 やれやれといった様子で残念そうにするクタルガを見て、アリーチェはハッとして世莉架を見る。


「セリカ、もしかして……」

「えぇ。上から敵が来てるわね」


 実は世莉架はとっくの前に気づいていた。しかし、今重要だったのは情報だったため、クタルガと話を進めていたのだ。


「セリカ、もうこいつを倒そう! このままだと後ろから挟まれる!」


 ルーナはそう言って戦闘態勢に入る。ドーバも同じように戦闘態勢に入る。


「ダメよ。一旦逃げるわ」

「はぁ!?」


 ルーナとドーバは何故という表情になる。


「ここで彼を倒すのは少々もったいないわ。彼との会話は有益なものになる」

「おい、馬鹿なのかお前! 会話が弾もうが、俺達は殺し合うしかねぇ!」


 ドーバが明らかに怒りながら怒鳴りつける。


「それにこんな状況で彼を簡単に殺せると思っているのならそれは思い上がりよ。目の前には魔王軍幹部と大量の改造人間、後ろから敵の増援。その増援の中には強大な力を持つ者もいるでしょう。これだけ不利な状況を私達だけで突破するのは現実的ではないわ」

「そ、それは……」

「いや、いけるだろ!」

「私はセリカに賛成よ」


 ドーバはまだ分かっていないようだが、ルーナは分かったようだ。アリーチェは元から世莉架に賛成している。実際は、世莉架一人でもこの状況を切り抜けられるだろう。だが、今ここで暴れる必要はない。むしろ、世莉架にとってはマイナスの結果に働く可能性が高い。そのため一度地上に戻り、どこかで改めて作戦会議をするべきだと世莉架は考えた。


「はぁ、本当に申し訳ないです。私としても、もっと会話を楽しみたかったのですが……」

「……!」


 先程まで戦意などまるで出していなかったクタルガだが、突如として戦意を見せた。

 流石は魔王軍幹部。戦いに興味がなくても、その強さと迫力はそれ相応のものだ。凄まじい圧をかけてくる。


「本当に心苦しい。そこのお嬢さんとの会話はとても楽しかった」

「なら、見逃してくれる?」

 

 世莉架は一応聞いてみた。


「それは難しいです。こうなる前に会話が終わっていたら見逃してあげたのですが……残念です」

「全員、逃げる準備はいい? クミーラ、貴方は当然逃げる余力はないわよね?」


 ずっと絶望しかけていたクミーラに世莉架が声をかける。


「あ、あぁ……」


 クミーラが力無く言う。


「ルーナ、クミーラを背負って頂戴」

「なっ、私がか!?」

「えぇ。ドーバはどうせ断るし、アリーチェにはちょっと難しそうだもの」

「セリカが運べばいいだろう!」

「無理よ。私が彼を相手するんだから」

「!」


 世莉架の前にはクタルガがいる。そのクタルガは明らかに世莉架を見据えている。


「クソ、分かったよ!」

「うわっ!」


 ルーナは軽々とクミーラを担ぎ上げた。


「さぁ、悲しい戦闘の始りです」


 クタルガそう言った瞬間、世莉架達の後ろにある扉から敵が襲いかかってきた。

 世莉架達の脱出ミッションが始まる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 何か魔王は転移者や転生者っぽい! そして魔王は悪というのはメリアスさんからの情報、メリアスさんの人格は絶対信頼しても良いと言えるですが、彼女の情報認識能力なら疑っても良いかもしれない…
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