闇はどこにでも潜む
「行ってみましょう」
アリーチェの能力によって大教会内の例の部屋を突破し、部屋の中に認識阻害系の魔法がかけられていたためにそれもまたアリーチェの能力で突破することができ、地下へ続く階段を発見した。
ここから先はより慎重に進まなければならない。恐らく地下に改造人間がいると思われ、他にも部屋に結界の魔法をかけていた術師、部屋の中に認識阻害系の魔法をかけていた術師、最悪の場合、教皇すらも潜んでいるかもしれない。
まだまだ情報が少ない。何をしようとしているのか、裏で行っていることなどはないのか、戦力はどれほどか。確かめなければならないことが沢山ある。
一行は言葉を発さずに世莉架を先頭にして静かに階段を降りて行く。神経を研ぎ澄まし、予想外の出来事が起きてもすぐに対処できるように構えている。
やがて階段を降りきった。そこには扉が一つあった。
(扉が一つ。ここ以外に道がないのなら、進むしかないわね)
世莉架はチラッと後ろを振り返る。アリーチェ達の顔つきは、しっかり戦闘を意識しているものだった。それを見て世莉架は前を向き、結界魔法ではなく普通に鍵がかかっているその扉をピッキングしてゆっくりと開ける。
「……」
そこには少し開けた空間があり、扉が前と左右に一つずつあった。蝋燭の火が怪しく光っており、薄暗い。また、今し方開けた扉は頑丈な木でできているようであったが、その先の三つの扉はどれも分厚い鉄扉のようである。
「どうする?」
アリーチェが世莉架の横に立って尋ねる。
「当然どこの扉がどこに繋がっているのかなんて分かる訳ない。だから一つずつ探して行くしかないわ。できれば情報だけ持ち帰って一旦今日は退きたいんだけどね」
「今アビタル教を打倒してしまえば良いのではないか?」
ルーナは世莉架の一旦退く、という言葉に反応する。
「アビタル教の核は教皇でしょう? 教皇が今ここにいる可能性は無くはないけど、多分いないわよ。他にも重要人物が多数いると思うんだけど、彼らを全員打倒することで本当にアビタル教を変えることができる。だからまずは情報からよ。打倒するのはその次」
「確かにその通りだ。しかし、向こうから攻撃を仕掛けてきた場合は?」
「その時は遠慮なく始末しましょう。始末して、見つからないように隠せばすぐに騒ぎになることはないわ」
「了解」
アリーチェとルーナは了承して頷く。しかし、それを聞いていたドーバは気に入らないようだ。
「けっ。情報情報って、俺達の実力があれば全く問題なしにさっさと潰せるだろうが」
「油断は禁物よ。情報が少なく、何が出てくるか分からない状態で楽観的になるのは愚行と言えるわ」
「は? てめぇ、あんまり舐めた口聞くなよ」
「舐めた口なんて聞いていないわ。ただ正しい状況判断をしていないようだから教えてあげただけ」
「……お前から潰してやろうか?」
「やめろ」
世莉架とドーバのやり取りを見ていてルーナがすぐに間に入る。
「こんなところで口喧嘩なんてしてどうする」
「口喧嘩ではないわよ。ただ意思疎通を図っているだけ」
「てめぇ! 人間ごときが何様のつもりだ!」
「おい! やめろと言っているだろう。ドーバ、セリカの言う通りこの状況で油断はするな。思わぬところで足を掬われるぞ。セリカも、わざわざ挑発するようなことを言うな」
ルーナはドーバと世莉架を睨んで言う。ドーバは舌打ちして外方を向き、世莉架はなんともないような表情で先を見据えている。
「はぁ……なんて相性の悪い奴らなんだ」
ルーナはため息をついて悪態をつきながら、ドーバの背中を叩く。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃない。お前は本当に気持ちを割り切るのが苦手だな。良い加減それくらいできるようになれ」
「黙れ。俺の母親にでもなったつもりか?」
「まぁ、実際お前の両親にお前のことをよろしくと頼まれているからな。親代りみたいなものだ」
「……ムカつくぜ」
ルーナは今度は世莉架の側に行く。
「セリカ、どうしたんだ。お前、普段はそんな風に挑発するような真似はしないような奴だろう?」
「だから挑発のつもりはなかったの。ただ、理解できなかっただけ」
「……まぁ、あんまり気にしないでくれ」
「善処するわ」
これからアビタル教の最深部へ迫ろうとする時に険悪なムードになってしまった一行は、なんとなく気まずい状況中、先へ進もうとする。
「それで話は戻るけど、どこから行く?」
アリーチェが扉を一つずつ見ていって言う。
「ここで悩んでいても仕方がないし、左から一つずつ見ていきましょうか」
一行は左側にあった扉から先へ進むことにした。明らかに頑丈な扉だ。魔法で無理矢理突破することは可能であろうが、あくまで隠密行動中である。できることなら静かに突破したい。
「セリカ、お前なら開けられるんじゃないか?」
「これは……鍵が二つ必要となるようね。鍵穴は……なるほど、今の私の手持ちでは少々難しそうね」
「何? だったらどうするんだ? 危険を承知で無理矢理突破するか?」
「いいえ。静かに魔法を使えば突破は可能よ」
そう言うと世莉架は一つめの鍵穴に手を当てる。そして、水の魔法を行使する。
扉を丁度貫通する程度の威力の、人差し指程度の直径の水魔法を放った。それは鍵穴を上手い具合に破壊する。破壊できたことを確認し、世莉架はもう一つの鍵穴にも同じように水魔法を放つ。
「これで開くはずよ」
世莉架が扉を押すとゆっくりと扉が開いた。今までと同じように世莉架を先頭にして一行はその扉の先に進む。一定間隔で蝋燭が立っており、相変わらず中は薄暗い。
少し歩いていると突き当たり辿り着く。そこからは左側に道が続いており、そこを進んで行く。
「……!」
皆、言葉は発さず、できる限り足音を抑えながら歩いていると、世莉架はある存在に気づいた。
自身の後ろを歩くアリーチェ達に手をかざして歩くのを止める。
「どうしたの?」
アリーチェが小さな声で世莉架に聞く。
「罠があるわ」
「え? どこに?」
そこには何もないようには見えたが、世莉架は罠の存在に気付いていた。
罠は元々見つからないように、気付かれないように作成して潜ませるものだが、目や耳をしっかり働かせ、罠を意識しながら進めば多少は罠の存在を見抜けたりする。だが、世莉架達の眼前には何もないように見える。ただただ奥へ奥へと進む薄暗い道があるだけだ。
「右側の壁」
「壁? ……何もないように見えるけど」
「ほんの少し、違和感がある。それも、三つ、一定間隔で」
世莉架には、右側の壁に小さな穴のような模様が三つ、一定間隔で並んでいるのが分かったのだ。壁にはひびが入っていたり、そのひびによってなのかどうかは不明だが、模様のようなものが沢山あったのだ。その中に普通ならば気付かない程度の薄さで、小さな穴のような模様が三つ、一定間隔で並んでいたのだ。たまたまできた模様であるという可能性は大いに考えることができる。むしろ、そんなことを気にする者は少ないだろう。しかし、数多の死線を越え、数多の罠を見てきた世莉架には直感的にそれが罠であると思えたのだ。
「ここにいて、私が行くわ」
その罠がどういうタイミングで、何をきっかけにして発動するのかまでは分からない。発動させずに進めればいいが、そう上手くはいかないかもしれない。そこで、世莉架が自ら進んで罠を掻い潜ることにした。
穴の模様の一つ目に差し掛かったあたりで、世莉架は全速力で一定間隔で並ぶ穴の三つ目まで駆け抜けた。
そしてその直後、穴の模様から何かが三つ飛び、左側の壁に突き刺さった。
「これは……毒矢?」
アリーチェは驚きながらも壁に突き刺さった矢に近づき、観察した。矢の先の部分には何らかの液体が塗られているようで、恐らく毒であると考えられた。
世莉架はやっぱりか、といった様子でふぅと息を吐く。だが、息を吐いてからすぐに世莉架はその場を飛び退いた。
「いくつも重ねて罠が張られているようね」
世莉架の立っていた壁の真横から剣が円の形を描くように首目掛けて飛んできたのだ。しかし、世莉架が飛び退いた先で、またも罠の気配を感じた。
今度は天井が音を立てて開き、そこから大きな斧が落ちてきた。スッとその斧を避けた世莉架だが、そこから連続で天井が開き、同じように斧が次々と落ちてきた。それらを全て避けたところで、ようやく罠が止まった。
「……面倒なことを。よっぽどこの先にある何かを隠したいようね」
罠を避け続けたことによってアリーチェ達と少し離れてしまった世莉架がそう呟く。先を見ると、頑丈そうには見えない普通の扉があった。
「セリカ、大丈夫?」
アリーチェ達が世莉架の元へ行く。
「大丈夫よ。それより、この扉の先に何かがあるわよ」
そう言って世莉架は鍵がかかっている扉を容易く解錠し、扉を開けた。そこには、世莉架が三つの扉のうちのどこかにあるだろうと思っていた光景が広がっていた。
「こ、これって……」
隣でアリーチェが戸惑った様子で言う。ルーナとドーバも同じように、驚きを隠せない様子だった。
唯一予想していた世莉架だけは特に動揺せず、それらを冷静に見つめていた。
「改造人間……」
そこには百体程度はいるであろう、多くの改造人間が一見水にしか見えない謎の液体が満たしてある容器に入れられてずらっと並んでいたのだ。
世莉架は冷静に辺りを見渡す。一つ一つの改造人間が入れられている容器の前にはよく分からない何かを操作できるような機械が置いてある。恐らく改造人間を排出したり、中の液体の操作などをするものだろう。そして、左を向いたとき、そこには縄で縛られたアビタル教の信者が数人転がっていた。世莉架はそこであることに気づく。そこで転がっている数人のアビタル教の信者は、昨日大教会に入った時に見回りをしていた者達だったのだ。
(やはり、捕まっていたわね。これから殺されて改造人間にされるところかしら。アビタル教内で地位の低い者を見回りさせて、何もなければそれで良し。もしも敵が来たら改造人間が現れる。そして改造人間の存在を知り、自分の信じる宗教が命の冒涜をしていることをその者達は知ってしまう。ならば、殺して改造人間にすればいい。とても冷酷で滅茶苦茶に感じるけれど、実際彼らにはとっては非常に良い手となっている)
すると世莉架は何も言わずに地面に転がっている者達の元へ行く。アリーチェ達もそれによってその者達の存在に気づいた。
「うっ……」
その者達は少し意識が朦朧としているようだった。
「どうも。気はしっかりしてる?」
世莉架は声をかける。
「あ、あぁ……」
声を掛けた男はまだきちんと状況を把握できていないようだ。
「そ、そもそも君は誰だ?」
「アビタル教を嫌っている人間の一人だと思ってくれて良いわ」
「……なるほど、そうか」
世莉架の返答で大体理解できたらしいその男は、目を擦って改めて世莉架を見る。
「貴方達は改造人間の存在を認めてしまったがために、こんな目に遭っている。どう? この状態でもまだ、アビタル教を信じているの?」
そう言い放った時の世莉架の目はとても冷たかった。それを見たその者達は驚きの表情を見せる。だが、やはり迷いは生じているのだろう。すぐに何とも言えないような表情に変わった。
「俺達は、何を信じれば良いのかもう、分からない……」
「宗教は救済。心の拠り所、自分の居場所。本当に神がいるかどうかなど何の問題にもならない。結局は自分が安心し、寄りかかることのできる場所を提供するもの、それが宗教よ。さぁ、貴方は改造人間なんて作って命を冒涜するアビタル教をどう思うの?」
改めてそう尋ねると、その者達は黙ってしまう。混乱し、恐怖し、不安になり、どうすれば良いのか分からないのだろう。
「……確かに、この改造人間とやらに関しては賛成はできない。だが、アビタル教の理念である、人間以外の種族、主に上位種族と呼ばれる竜族などを忌み嫌う感情はまだ残っている。アビタル教が良くないことをやっているのならば、それを変えるために努力したい。だが、アビタル教は絶対に必要になる。これから、世界を変える宗教なのだから」
その目は、洗脳されているようだが、自我はきちんと残っていてしっかり自分の考えを持っているという、独特の色をしていた。そしてその答えに、世莉架は感心していた。
「なるほど。アビタル教の理念に関しては賛成しても、良くないことをきちんと良くないことと認識できるのね。貴方は見込みがありそうだわ。名前を聞いても?」
そこで世莉架は先程から話していたその男に名前を尋ねた。
「……クミーラ。クミーラ・ホリアだ」
「クミーラね。私は世莉架。貴方は助けるわ」
「ど、どういうことだ?」
「このアビタル教は生まれ変わるのよ。そして、生まれ変わった後に貴方はアビタル教のトップになる」
「何!?」
世莉架はアビタル教の元凶である者達を打ち倒した後、このクミーラにアビタル教の教皇となってもらおうと考えたのだ。世莉架はクミーラなら考えを改め、まともな宗教に変えてくれると考えた。今はまだアビタル教の人間至上主義を崇拝しているようだが、少なからずそこに揺らぎがあることを世莉架は見抜いていた。もっと深い部分までアビタル教のことを知り、アビタル教内で地位の高い者達の本性を知れば彼はきっと変わることが、目を覚ますことができると確信したのだ。
「きっと私達がここに来なくても、いつか誰かにアビタル教は崩壊させられたでしょうね。その時期が少し早まっただけよ」
「……有り得ない。そんな、信じられるか。そもそも、君のようなただの女性に一体何ができると言うんだ? 君には連れがいるようだけど、とてもアビタル教の闇に勝てるとは思えない」
「それが普通の感想でしょうね。けど、人を見た目で判断しない方が良いわよ。それこそ、貴方はいずれアビタル教を引っ張っていくことになるんだから、人の才能や人格はある程度見抜けるようにならなきゃ」
「……」
世莉架のあまりに揺らぎの無い、勝利を確信している強い目を見てクミーラは黙り込んでしまった。世莉架は短剣を抜き、クミーラを縛る縄を切る。
「大分意識がはっきりしてきたようね。立てる?」
「あ、あぁ……おい、彼らも解放してくれよ」
クミーラの後ろには未だに意識が少し朦朧としている者達がいた。世莉架は頷き、全員を解放してやる。だが、中々立てずにフラフラしている。
「それで、これからどうすると言うんだ?」
「まずは、この厄介になりそうな改造人間を全て破壊するわ」
「……それには賛成だ」
クミーラは視線を逸らしながら呟く。彼の中で葛藤が起こり始めている。そうして世莉架が改造人間達を破壊しようと一旦アリーチェ達の元へ戻ろうとした時だった。
「!」
世莉架とクミーラの周りに、魔力が練られ、魔法で周囲を囲まれていくのが分かった。瞬時に世莉架はクミーラを抱え、その範囲外に出る。
「セリカ!」
アリーチェが叫ぶ。その時には全員がそいつの存在を認識していた。
「ここにある物を壊されるのは、大変困りますね」
改造人間が入った容器が並ぶその奥の方から、かつて世莉架が対峙した魔王軍幹部のガルグと同じように、地球で着られるようなスーツを着た謎の人物が立っていた。眼鏡をかけ、黒い少し長めの髪の男。いかにもインテリといったような顔つきで、無表情であるが圧迫感を感じる。
世莉架はアリーチェ達の元へ戻り、クミーラを世莉架達の後ろに隠した。
「誰かしら」
「私は普通のアビタル教信者ですよ」
「へぇ。さっき結界を貼るような魔法を使ったわね。つまり、普通では無いわね」
「世界は広いのですよ。そういうことは良くあることでしょう」
「はぁ。単刀直入に聞くわ。貴方、魔族ね? それも魔王軍幹部クラスの」
「!?」
世莉架の魔王軍幹部クラス、という言葉を聞いたアリーチェ達は驚愕の表情を浮かべる。
その男も同じように少し驚いた表情を見せるが、すぐに顔つきが戻る。そして目つきが少々鋭くなる。
「何故、そう思うのですか?」
「なんとなく、人間の気配がしない。見た目は人間だけど、何か違う空気感を纏っている」
「……ほぅ。これはこれは面白い人だ。一つ、質問いいですか?」
世莉架に興味深そうな視線を送るその男が質問をしてきた。
「何かしら」
「貴方は……いや、貴方達の中に、ガルグ・ウェルという名前を知っている方はいますか?」
「……!」
その時、世莉架は表情を変えなかった。驚きはしたが、ここで動揺を見せて自分に探りを入れられるのは困るのだ。
ガルグ・ウェル。それはルイン攻防戦にて、アルファとエルファと戦い、負けて逃げようとした時に世莉架と対峙し、初めて世莉架が葬った魔王軍第三幹部隊に属する魔族である。そんなガルグの名前が出た。ガルグは既に死んでいるが、その事実は世莉架が闇に葬ったため、誰にも知られていない。アルファ達でさえ、ガルグを逃してしまったと悔いていた。当然魔王軍にもガルグが既に死んでいることなど知られていないのだ。
「……」
全員が沈黙している。アリーチェはルイン攻防戦の時にはまだ世莉架と出会っていない。ルーナやドーバもルイン攻防戦が始まる前に出会っただけだ。クミーラは当然知らない。この場でガルグの名前を知っているのは世莉架だけだ。故に、沈黙が訪れる。
「なるほど。誰も知らないようですね。貴方は知っていてもおかしくは無いと思ったのですが」
その男は世莉架を見て言う。
「何故?」
「人間と魔族は違う。それは当たり前のことですが、案外その違いに気づける者は少ない。今の私は自分の中の魔族の部分をなるべく外に出さないようにしている。それでも見抜けたということは、よっぽど観察眼や洞察力、直感が優れているのか、もしくは実際に魔族と戦ったりして関わったことがあるということです」
「なるほどね」
世莉架は冷静に返すが、アリーチェ達は驚いていた。その男は自分の中の魔族の部分と言った。つまり、自分は魔族ですと言ったのだ。
「まさか、本当に……?」
アリーチェが思わず呟く。クミーラは体が震えている。まさか自分が入信している宗教に魔族が関わっているなど、考えたこともなかったのだろう。ルーナとドーバは驚きこそあれど、既に臨戦体制に入っている。
「はい。では、名乗りましょう。私は魔王軍第三幹部隊の一人、クタルガ・ハイフと申します。以後、お見知り置きを」
そういってクタルガは綺麗にお辞儀をしたのだった。




