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(旧) 天才は異世界の救世主[厄災]となる  作者: ポルゼ
第二章 宗教と竜の瞋恚
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脱出ミッション

 世莉架達は戦闘するという意識より、逃げることに意識を向ける。世莉架はクタルガと対峙し、アリーチェ達は後ろから襲いかかってくる敵と対峙している。

 敵の増援はほとんどがアビタル教の人間達だ。何らかの手段で大教会にいなかったアビタル教の信者達へ連絡がいったのだろう。

 しかし、実はアビタル教の信者ではない者もいる。その者こそが厄介なのだ。


(この気配、やはりクタルガ以外にも魔王軍幹部がいる)


 世莉架はいち早くもう一人の魔王軍幹部の存在に気づいた。前と後ろから魔王軍幹部の挟み撃ちである。逃げることがより一層難しくなった。


「アリーチェ、私達を扉の向こうに転移させて!」


 相手がどのような能力を持っているのか分からない。少なくとも、この場所に来るために突破する必要があった結界や認識阻害の特殊な魔法を扱える者がいるだろう。であれば、アリーチェの空間操作魔法をその特殊な魔法で阻もうとしてくることだろう。だが、空間操作魔法を阻めなかったらそのまま脱出、阻まれたとしても相手の能力を分析する機会になる。


「分かった! みんな、私の近くに来て」


 アリーチェの空間操作魔法でこの場を脱するため、世莉架はクタルガを見据えながら後退し、クミーラを担いでいるルーナと、敵意を剥き出しにしているドーバはアリーチェに近づく。


「どういうこと……!?」


 そして空間操作魔法で扉の向こうへ転移しようとした時だった。

 先程まで目の先にあった扉が消えていたのだ。ルーナとドーバもおもわず目を見張る。

 しかし、この感覚には既視感があった。そう、結界を破って入った部屋の中には認識を阻害させて地下に入らせまいとする特殊な魔法がかけられていた。その感覚だ。


(やはり、認識阻害の特殊な魔法の使い手がいる。そして恐らく、その使い手こそがもう一人の魔王軍幹部ね)


 認識阻害と結界、どちらも純粋な戦闘力としては高くないが、使い方次第で非常に厄介な障害となり得る。

 また、世莉架は既に結界魔法の使い手も薄々気づいていた。


「貴方は私達を封じないの?」

「……! なるほど、貴方は分かっていたのですね」


 世莉架はクタルガに向かって言った。そしてクタルガの反応からも、結界魔法の使い手はクタルガであるということが分かる。世莉架はそのことに確信があったわけではない。だが、クタルガの魔力の質が、あの結界と同じようなものであることを感じ取っていたのだ。


「私の魔法を見せるか少し迷っていましたが……既に看破されていたのであれば、出し渋る必要はないですね」


 アリーチェが扉の消失によって空間操作ができなくなっている中、追い打ちを掛けるようにクタルガの結界魔法が世莉架達を襲う。

 その結界は世莉架達の目に見えるもので、向かってくるスピードはそれほど速くないが、世莉架達を囲み始めた。


「どうする!?」


 ルーナが叫ぶ。目の前には沢山のアビタル教信者達が、遠距離の魔法を放とうとしていた。


「結界魔法が張られようとしているのに遠距離魔法攻撃を仕掛けようとしている……外からの攻撃は中へ通るようになっている結界ね。外と中、両方から攻撃を通さない結界や、何らかの条件付きで攻撃が通る結界など、考えられるパターンはいくつもあるわね」

「れ、冷静なのは良いことだけど、本当にどうする!?」


 至極冷静に結界魔法を分析しようとする世莉架に、アリーチェが若干落ち着きながらも焦った様子でこれからの行動を尋ねる。


「とりあえず、この結界魔法から逃れましょう。アリーチェ、すぐに適当な所へ転移して」

「了解!」


 扉が消えてしまったため、とりあえずその場から見て左右のどちらかにアリーチェは空間転移させようとした。まだ結界魔法が完全に張られていなかったため、空間転移は成功した。


「うおっ!」


 世莉架達はクタルガから見て右側に転移した。ドーバが思わず驚きの声を出したが、空間転移は突然視界が変わるため、慣れていないと驚いてしまう。

 この時、アビタル教信者達は突然の世莉架達の移動に驚いていたが、クタルガは違った。


「ほう……なるほど、私の結界魔法を破ったのは白髪のエルフのお嬢さんでしたか」


 至って冷静に、クタルガは観察していた。


(恐らく、さっき放った結界魔法は大して効果の無いものだったのでしょう。彼からしたら、自分の魔法を破るような相手は危険。その相手を見極めるために、適当な結界魔法を張ってその魔法を使わせるということね。魔法である以上、魔力を消費するのは必然。結界一つ張るのにどれくらい魔力を消費するのかしら)


 だが、世莉架も至って冷静だった。心拍は全く乱れていない。この状況を打破するために冷静に頭を回す。


「みんな、恐らく魔王軍幹部はもう一人いるわ」

「え!?」


 突然の世莉架の告白にアリーチェ達は驚愕する。


「確証はないけれど、突然扉が消えたのはその魔王軍幹部のせいだと思う。この場所に来るためにアリーチェが認識阻害の魔法を解除したけれど、その認識阻害魔法を使われているんだと思う。だから、扉が無い様に見えるけど、実際にはある」

「な、なるほど……でも、目に見えてない所に移動するのは難しいかも」


 アリーチェの空間操作魔法による空間転移は、自分の認識と五感で感じ取る三次元の情報が正確に処理できてようやく発動できる。現状、アリーチェの認識としては見えないだけで実際には扉があるということが分かっている。しかし、五感で感じ取れる情報としては視覚が騙されてしまっている。

 人が五感で感じ取れる情報のうち、およそ八割は視覚情報である。つまり、視覚情報がなければ感じ取れる情報の大部分を失うことになるのだ。アリーチェの五感は常人を遥かに凌ぐ大変優れたものだが、視覚情報で扉がそこにあることを実感できないと、空間操作で転移するのは難しい。


「でしょうね。まずは認識阻害の魔法を使う魔王軍幹部をどうにかしないとね」

「一体どこにいるんだ?」


 ルーナは目だけ動かして周囲を探る。


「分からない。認識阻害を自分にもかけているのは間違いないでしょう。でもね、私達には結界魔法も認識阻害の魔法も破った子がいるでしょ?」


 世莉架がなるべく力を出さずにこの状況を脱するには、アリーチェの空間操作魔法を存分に使う他ない。


「私じゃないと無理?」

「無理ね。ルーナとドーバが力任せに暴れるというのも手だけど、そうすると最悪この空間を破壊するだけに留まらず、地上にまで被害がいくんじゃないかしら。魔王軍幹部との戦闘となれば本気でぶつかりに行く必要があるでしょうしね。それと、地上に直接穴を空けるのも危険よ。周囲は普通に街だから、周囲一帯が崩れてしまう可能性があるし、この地下の事実を民衆に隠すのが非常に難しくなる。これらの理由から、力任せに暴れる事や無理矢理脱出するのは最後の手段。理想はアリーチェの力で突破すること」

「そう……ここを抜けられたらより度胸がつきそう」

「安心しなさい。私達も最大限のサポートをするわ。それにね、貴方の空間操作魔法はこういう特殊属性の魔法の使い手にかなり有利だと思うわ。特殊属性キラーの特殊属性ってとこかしら」


 空間操作魔法は特殊属性でありながら、例の少ない特殊な能力には強いパターンが多い。空間を突然瞬間移動の様に動いたり、相手の体や魔法までも空間操作してしまえば、大抵の特殊属性では不利な戦いを強いられるだろう。勿論、特殊属性以外の通常魔法であっても空間操作魔法相手では大抵が不利な戦いになるが、通常魔法しか使えずとも洗練され、戦闘に関しての頭の回転が早いものにはすぐに対応されてしまうだろう。空間操作魔法は特殊属性の中でもより特異なものなのだ。


「なんかセリカに言われると自信付くなー……」

「おい、呑気に話している時間はねぇぞ」


 ずっと敵意を剥き出しにしているドーバが世莉架達に忠告する。実際その通りで、現在世莉架達とクタルガ達は互いに睨み合っていて、かなり緊迫した状態だ。誰か一人でも何らかの行動を取ろうとしたら総攻撃だろう。


「それもそうね。とにかく、私達がやるべきことは、クタルガをどうにか抑えながら認識阻害魔法の使い手を探し出して解除させること。まぁ、倒せそうならそのまま倒しちゃっていいかもね」


 世莉架が大事にしているのは情報である。クタルガとの会話で、クタルガから情報を出来る限り引き出すことが重要だと感じていた。そのため、ここですぐにクタルガを倒してしまうのは勿体無い。もう一人の魔王軍幹部がクタルガの様に会話をしてくれるタイプであれば情報を引き出す相手としてここで倒すことはしない。そのいうタイプでなければここで倒してしまっても特に問題はない。ただ、ルーナ達の暴走が特に気掛かりな世莉架ではあった。

 基本的に戦闘には頭の回転が重要になってくる。特に何も考えていなくとも圧倒的な力で敵を捩じ伏せることが出来る厄介な者もいるだろうが、基本的には頭の回転が速い敵の方が厄介だ。

 認識阻害魔法の使い手がクタルガの様なタイプなら頭を使って立ち回るために、倒すのは難しくなるだろう。そうでなければ倒しやすい可能性が高い。特に何も考えてなくとも相手を圧倒できる様な強者がいるとすれば、それは魔王軍幹部よりも上の階級の者達だろう。


「しかし、どうやって探し出す?」


 ルーナが当然の疑問をぶつける。


「アリーチェが例の部屋でやった様に、手当たり次第空間転移させるというのがシンプルな作戦ね。その間はアリーチェを守ることがミッションになる。これが一つ目の選択肢」

「確かにシンプルだが大変そうだ。この空間はかなり広い。隅々まで空間転移させようとしたら時間もかかる」


 ルーナの指摘はまさにその通りだった。


(それに、その魔王軍幹部がこの空間にいるかどうかがそもそも分からない。気配はするけど、認識阻害魔法を使われているから探知能力でも正確な居場所が割り出せない。もしかしたら、認識阻害した扉の向こう側にいるかもしれない。というか、能力的にはその方が絶対安全ね。そうなってしまうとアリーチェの空間操作魔法でどれだけ探しても絶対に見つからない)


 世莉架が頭の中でいくつかの可能性を導き出していた時、ドーバが我慢ならなくなった様に言った。


「もう面倒くせぇ! 認識が阻害されていても、俺達が入ってきた扉は間違いなくある。という事は、今は壁に見えている扉があった辺りを適当にぶっ壊せばいいだろうが!」

 

 ドーバの言っている事は一つの選択肢として正しいものと言える。掛けられているのは認識阻害の魔法であり、扉がこの世からなくなってしまった訳ではない。しかし、その行動にはリスクがあった。


「確かにそう考えられるわね。けど、ここは敵の総本山。来るまでにもいくつか罠があったけど、他にもないとは限らない。それに、この状況。恐らく魔王軍幹部が二人いる状況で、アビタル教信者達も沢山いるし、今も増援がこちらに向かって来ているでしょうね。そんな中、簡単に扉や壁を破壊できるかしら。それ以外にも、扉の向こう側から何か細工をしたり罠を仕掛けるのは優秀な者がいれば可能でしょう」

「そうは言ってもよ……」

「更に言うと、認識阻害魔法の使い手がこの空間ではなく、扉の向こう側にいるとしたら。いくら認識阻害魔法という直接相手に攻撃を与える類ではない魔法の使い手だとしても、他に攻撃魔法等の強力な魔法が使えないとは限らない。恐らく魔王軍幹部だからね、どんな隠し球を持っているか分からない。プラスアルファで、アビタル教信者の中にも相応の強者がいて、扉のすぐ向こう側で待ち構えているかもしれないしね」

「おいおい……じゃあどうすんだマジで。力任せに強行突破しかないんじゃないのか」


 ドーバはもう考えるのが面倒くさくなった様に言う。そんな時、アビタル教信者の中の数人が突如火の魔法を世莉架達に放った。

 それを世莉架が水の魔法で容易く打ち消す。火の魔法を放ってきたアビタル教の信者達はこれでもかという程に睨んできている。


「我らを怪しみ、ここまで探りを入れて来るとは……何という罰当たりな奴らだ」

「そして何より、ドラゴンが二体いる。生きて返してやる必要はない」

「アビタル教の為、世界の為に奴らを滅ぼす以外の選択肢は無い」


 アビタル教は上位種族を滅ぼうそうとしている。ドラゴンであるルーナとドーバはすぐにでも殺したいのだろう。


「奴ら、やはり何故か私達がドラゴンであることを見抜いてくるな」


 ルーナはずっと思っていたであろう疑問を口にした。シグガンマ国に来る道中でルーナ達に出会った時も、人型になって人間に紛れていたルーナ達をアビタル教の信者達は見抜いていた。またもや見抜かれた訳だから、不思議に思うのも無理はないだろう。しかし、これにはきちんと理由があり、世莉架はその理由には確信に近いものを持っていた。


「それだけじゃねぇ。ルーナが担いでるそいつはまだマシな様だが、あいつらは完全に染まっちまってる」


 クミーラは明らかに他の信者とは違う。悪い事はしっかり悪いと言えるタイプで、更に自分の力でなんとかより良い方向へ持っていこうとする意思もある。ドーバはそんなクミーラを多少は認めている様だ。

 

「セリカ、そろそろ二つ目の選択肢を提示してくれ。こうしている間にも増援が来ているかもしれないんだろう?」


 ルーナが話が逸れるのを止める。時間が経つほど世莉架達は不利になっていく状況な為、出来る限り早く動くべきだ。


「そうね。それじゃあアリーチェ、私達を一秒に一回程度の間隔でこの空間内を適当に転移させていってくれない?」

「うん、分かった」


 どういう事か理解できないルーナ達を尻目に、アリーチェはすぐさま承諾する。世莉架の思考を一つ一つ理解しようとするのは時間がかかる。それをアリーチェは何となくだが分かっているため、すぐに頷いたのだ。


「みんな、行くよ!」

「お、おい、それ以外に説明は無しか!?」

「私を見ていれば分かるわ」


 ルーナが焦った様子で尋ねるが、世莉架は詳しい説明をしない。

 そして、アリーチェは空間転移を行う。移動した先はクタルガの背後で、十メートル以上離れている。


「やはり、私の背後に回りますよね」


 しかし、クタルガはそれを予想していた様で、密かに魔力を練っていた。そのため、すぐに振り向いて結界魔法を放とうとする。


「何?」


 その瞬間、世莉架がシンプルな水の魔法を放つ。しかし、それはクタルガの上を通り過ぎていった。

 何故か自分を狙わなかったのだ。かつ、その方向ではアビタル教信者達には当たらないし、認識阻害されているあの分厚い扉を壊すのも難しいくらいの大して強くない魔法だ。

 世莉架の放った水の魔法から、転移してきた世莉架達に再び意識を向けようとするクタルガだが、そこからは既に世莉架達の姿が消えていた。世莉架達がクタルガの背後に転移してからまだ二秒も経っていない一瞬に近い出来事である。


「また……!」


 すると、今度は世莉架達は更にクタルガから離れた位置、かつ改造人間の入っている容器の影になる様な位置に移動し、またもやシンプルな水の魔法を容器の影から世莉架が放つ。それはクタルガのすぐ横を通り過ぎていき、アビタル教信者達に当たりそうになっていた。


(何か策があるのは間違いない。この空間は改造人間の実験のための場所。かなりの大きさになっているから、隠れようと思えば隠れられる。だが、彼女達はそんなことをするのだろうか。隠れて私達に不意打ちを狙うだとか、小さな穴をどこかに空けるだとか、そういうことを考えるだろうか? 何故、魔法を外す? 当てない理由は? やはり、扉を狙っているのか?)


 クタルガは頭を回す。急に動いたと思ったら、この広い空間を転移して利用しながら当たらない攻撃を仕掛けてくる。じっくり思考するタイプのクタルガは、この行動に関して考えずにはいられなかった。

 そう考えている間にも、世莉架達は転移し、魔法を放っていた。しかし、そこには火と氷の魔法が加えられていた。それらは四方八方へと飛んでいき、天井や壁に当たるが、やはり威力は低めのようだ。


(転移しても一秒程度ですぐさま転移している。やはり罠を仕掛けているのか? あの無駄撃ちに思える魔法には何か特殊な効果が付与されている?)


 そんな風に考えている間にも魔法が飛び交い、世莉架達はどんどん転移していく。


「ク、クソ! あんあ風に転移されたら狙いが定まらないし、変な方向へ撃っている魔法がどうにも気になって集中できない!」


 世莉架達を殺そうとするアビタル教信者達は、すぐにでも魔法を放つことの出来る状態にしているが、改造人間の容器が邪魔であり、かつ一瞬で転移を繰り返す世莉架達に攻撃できないでいる。

 クタルガ達は無闇に動けない中、世莉架達は転移と魔法を繰り返す。

 

「……?」


 そんな時、クタルガはとある違和感に気づく。それは匂いだ。クタルガがよく知っている匂いだった。


「これは……まさか!」


 ガシャン、と何かが大きく割れるような音がした。改造人間のための空間でそんな音がするとしたら答えは一つだろう。


「改造人間の入っている容器を全て破壊して放つつもりか!」


 クタルガが嗅いだ匂いは、改造人間を入れている容器の中を満たす溶液の匂いだったのだ。


「流石に気付かれたわね。まぁ、もう遅いけれど」


 世莉架達はアリーチェが転移させた先で、魔法を適当に放ちながら改造人間が入っていた容器に魔法や短剣で傷をつけていたのだ。それも、一度で完全に割れないくらいの絶妙な力加減で傷をつけていたため、すぐに割れてしまうことはなかった。適当に撃っていた魔法は、その行動が見破られないための撹乱だったのだ。また、全く変な方向へだけ魔法を撃つのではなく、たまにクタルガ達の近くに撃つことで嫌でも魔法を意識させた。最初はその行動が分かっていなかったルーナとドーバだったが、容器に傷を入れて撹乱するように魔法を撃つ世莉架を見て早々に理解し、同じような事を途中から行い始めた。それもまた、クタルガ達を困惑させた。そうしてクタルガは、世莉架達が改造人間の入っている容器に何かしていることに気づくのが遅れたのだ。

 更に、アリーチェはランダムで転移させているようだったが実は違う。世莉架が指で転移させる方向を指していたのだ。全ての改造人間をバレないように外へ出すためには、全ての容器にある程度近づくべきである。完全にランダムに転移していると、近付いていない容器が出てきていただろう。アリーチェはとりあえず世莉架の指の指示を見てその方向へ転移していたが、世莉架の意図を理解してからは、指示された方向かつまだ近付いていない容器がある場所へと転移していた。そして世莉架は百体ほどある改造人間の容器のどれに傷を付けたのかを全て記憶していた。また、あまり上手く傷が付けられていないルーナとドーバが行なった場所も全て記憶しており、フォローに回ったりしていた。このように、すぐに全員で協力して行なうことになったため、全て終わるまでの時間はかなり短かった。やがて、絶妙な深さの傷ができたために容器内からの圧力に容器が耐えられなくなり、容器が割れたのだ。


「貴方達は私達の行なっている事を止めるために来たのではないのですか? こんな大量に改造人間を放ってしまうとは……」


 安全に改造人間を倒したいのであれば、容器の中で動かない改造人間の弱点である核を、外から魔法などで撃ち抜けば良い。それで倒せてしまう。一度外に出してしまえば、非常に凶暴となる改造人間を世莉架達自ら外へ出すとは考えづらいのだ。

 次から次へと、改造人間達が外へ出てくる。容器内にいた頃は微動だにしていなかったようだが、外に出てからは不気味な音を立てながら動き始めた。

 改造人間は魔法が使える者を認識して襲いかかる。更に、世莉架の推測では魔法を使おうと魔力を溜めている場合はその者に優先的に襲い掛かる。改造人間がその場でより強い魔力を感じ取り、その魔力を持つ者に向かっていくと考えたのだ。

 そして、現在魔法を使おうとしている者は多い。クタルガはいつでも結界魔法を使えるようにしており、アビタル教信者達もいつでも魔法が放てるよう準備していた。そして、認識阻害魔法も同様に魔力を操る事で使用されている。

 世莉架達は軽めの弱い魔法を適当な方向へ撃っていた。魔力の残滓は当たった箇所に若干残ってはいるだろうが、クタルガ達の魔力の方が間違いなく強いだろう。そうなれば、改造人間達が襲い掛かる相手は自然と分かる。

 

「なんて面倒な……!」


 クタルガは一杯食わされたというような表情だ。アビタル教信者達は混乱してしまって、慌てている。


「貴方達、すぐに魔法を消しなさい!」


 クタルガはアビタル教信者達にそう言い、魔法の行使を止めさせる。すぐに魔法を消した事でアビタル教信者達に改造人間が向かうことは恐らくないだろう。

 改造人間達は起き上がり、一斉にクタルガへ向かい始めた。完全に狙われている。


「この程度、問題はありません」


 そう、クタルガはすぐに結界魔法が発動できるようにしていた。そのため、改造人間達を捕らえるために結界魔法を発動させる。

 その結界魔法は物理的に外へ出ることができないようにする結界だった。囲まれてしまった改造人間達は出られずに結界の壁を力強く叩いている。とはいえ、改造人間の数は非常に多い。ある程度の数を囲むことができたが、まだまだ取り零しがいる。


(そう、生粋の研究者である貴方は自分の大切な実験体をみすみす自分の手で倒すことはしない。いや、したくない。わざわざ自分で研究材料などを取りにシグガンマ国に来るほどだもの。絶対に実験を一からやり直さなくてはならない状況は作りたくないわよね)


 世莉架はクタルガの研究者気質を逆手に取り、結界魔法を改造人間達に使わせることにしたのだ。事実、クタルガは夢中で取り零した改造人間達も結界魔法で囲おうとしている。

 その隙に世莉架達は端っこの方から扉のあった方へ向かう。また、世莉架は改造人間を一体水魔法で拘束し、抱えて走っていた。

 扉があった場所の前にはアビタル教信者達がいる。だが、彼らは魔法を使えない。使ってしまえば、自分達の方へ改造人間が来てしまう可能性があるからだ。

 それでは世莉架達も魔法が使えないじゃないかと思うかもしれないが、問題は特に無いといえるだろう。


「おらぁ!」


 世莉架は当然のこと、アリーチェも格闘に長けている。ルーナと気持ち良さそうに声を出すドーバも、人型のために全体的に能力が低下しているが、ドラゴンとしての膂力はそれでも十分すぎるため、魔法が使えない普通の人間程度なら全く問題なく倒せる。


(改造人間はクタルガにだけ向かっている。つまり、クタルガの方に認識阻害魔法の使い手はいないと考えられそうね。既に亡くなっている者が認識阻害魔法の効果を受けない場合、認識阻害魔法の使い手が自身に魔法を掛けていても見破ることができる。こればかりは本当にただの推測だし、読みが間違っている可能性も高い。とはいえ可能性が高いのはやはり、扉側……)


「ぐえっ!」


 世莉架達はアビタル教信者達を殺さずに気絶させていく。彼らはほぼ間違いなく洗脳されてしまっている。本当は真っ当な人間だった者もいることだろう。後々敵として再び立ちはだかって来る可能性は高いが、それでも全てが終わった後に正式な裁判にかけ、司法の判断に委ねるのが良いと考えたのだ。

 クタルガはもうすぐ結界魔法で、世莉架の抱えている改造人間以外の改造人間を全て囲うことができそうだ。

 世莉架の作戦で作り出した絶好の機会だが、猶予は依然少ないままだ。

 

「この結果で次の行動を考えましょう」


 世莉架は水魔法で拘束しながら抱えていた改造人間を扉があった辺りの壁付近に置き、水魔法の拘束を解く。これで改造人間がどこに向かうかが大事になってくる。この改造人間が、他の改造人間と同じ様にクタルガへ向かって行った場合、ある程度の範囲内に認識阻害魔法の使い手がいない、もしくは改造人間相手にも認識阻害魔法が掛かるかのどちらかの可能性が高い。また、認識阻害魔法を掛けてから既に遠くへ逃げている可能性もある。

 次に、扉があった辺りを進もうとした場合と、クタルガでも扉でも無い方へ向かった場合、認識阻害魔法は改造人間には掛からないということがいえるだろう。改造人間の向かう先に絶対に認識阻害魔法の使い手がいるという訳ではないだろうが、一番可能性がある。

 時間は刻一刻と迫っている。クタルガが後どれだけ結界魔法が使えるのか、奥の手があるのかなど、まだまだ不安要素は多い。世莉架達は拘束を解かれて動き始めた改造人間を見る。


「本当にこれ次第だね……」


 アリーチェが少し緊張した面持ちで言う。改造人間はどちらへ向かうのか、その結果で選ぶべき選択肢は変わってくる。

 そうして、改造人間はある方向へ向かい始めたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] かなり高度の頭脳戦ですね! そしてセリカさんは賢いの上に、優しさが想像以上です。
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