竜族と人間の協力体制
「とりあえず座ってくれ。紅茶でも飲みながら話そう」
ルーナはそう言って席を立ち、紅茶を入れてテーブルに置く。
「ありがとう」
世莉架とアリーチェは宿を出てから飲まず食わずでいたため、その紅茶はとても美味しく感じ、嬉しいものだった。
優雅に紅茶を飲んでいる中、ドーバだけは席を立ち、窓際にある椅子に座ってそっぽを向いた。
それを見てルーナはため息をついたが、世莉架の方を向いて本題に入る。
「あの害悪宗教はどれくらい探れたんだ?」
「あら、何故私達があの宗教に探りを入れていると思うの?」
「ふ、あの害悪宗教に関係することでもなければわざわざ城に侵入してまで私達に会いには来ないだろう」
くすくすと二人は上品に笑う。
「やっぱりルーナ達はあの宗教に関わる人間達に追われているの?」
アリーチェが確認の意味も込めてルーナに尋ねる。
「あぁ、ヘマをしたんだ。見つからぬよう細心の注意を払っていたはずなんだがな」
「そっか。それじゃあこれからどうするの?」
「今、奴らは私達を探し出そうと躍起になっているだろう。だが、このまま隠れていれば自然と警戒心は下がり、ある程度落ち着くだろう。そしたら行動を開始する」
「あ、そういえばずっと気になってたんだけど、ルーナ達はなんでこの国に来たの? しかも城に来ているってことは権力者に会いに来たってことだよね?」
ルーナ達は何故シグガンマ国へやって来たのかを説明していない。竜族が人間の国に入るなど稀有なことなため、
簡単に済ませられるような用事ではない、というくらいはなんとなく察することはできるが。
「……お前達には話してもいいかもしれないな。ただ、他言無用で頼むぞ」
「勿論」
「ん? というかメリアスとハーリアはどうした?」
「あの子達は何も知らないわ。出来るだけ巻き込みたくないの」
「アリーチェは巻き込んでいるのにか?」
「私が巻き込んだんじゃない。アリーチェ自ら巻き込まれに来たのよ」
「そういうこと〜」
最初こそアリーチェに見つかってどうしたものかと内心思っていた世莉架だったが、今になってみればアリーチェの力に頼っていたり、色々と助かっていた。
「なるほどな。それでは私達が何故この国に来たのかを話そう」
「えぇ、お願い」
「竜族は、シグガンマ国と協力体制を敷くことにしたのだ」
「!」
竜族と人間の協力体制。竜族は基本的に他の種族と馴れ合うことはない。馴れ合わずともその戦闘力、知能があれば特に苦労することなく生活でき、大抵の敵は簡単に葬り去ることができる。
そんな竜族がよりにもよって人間と手を組むなど想像できなくて当然である。
「シグガンマ国の現国王は幼き日から竜族と密かに会っていたのだ」
「密かに会っていた……現国王の前は竜族との交流は無かったのね」
「そうだ。現国王から裏で密かに竜族と人間の交流が行われていた。だから私もドーバも現国王と面識がある。そして、何故今になって協力体制を敷いたのか、という話だが、現状の世界の動きを見れば分かるだろう?」
「魔王軍ね」
「その通りだ」
国内には沢山の問題がある。それは世界共通であるが、現在最も脅威と認識されているのは魔王軍である。
その魔王軍は最近活発になってきており、特に大陸の真ん中より南の領地に住まう人間やそれ以外の種族の国々が本格的に対策を始めるに至るきっかけとなったのは、世莉架が魔王軍幹部であるガルグを葬ったフェンシェント国でのルイン攻防戦であることは言うまでも無い。
「ルイン攻防戦が起きてから、魔王軍幹部を退けたという話が瞬く間に広がった。それと同時に、本格的に魔王軍が動き出したということを各国が理解した。竜族の中では他の種族との協力体制など敷かなくても大丈夫だという意見が多いのだが、我々竜族のリーダーは知見が広く、冷静で頭が良い。魔王軍が並大抵な強さではなく、最終的には全国家で協力していかなければならない程の相手であることを見抜いている」
「なるほどね。でも、何故シグガンマ国なの? 技術や戦力で見てもフェンシェント国と手を組む方が良いでしょう?」
「そうだな。だからそのうちフェンシェント国にもコンタクトを取りに行く予定だ。しかし、まずは現国王と交流のあるシグガンマ国に話をしに来たということだ」
「そういうことね」
ルーナとドーバがシグガンマ国に来た意味を理解し、話はこれからどう動くかという話にシフトしていく。
「それで、アビタル教はどうする?」
アリーチェが世莉架とルーナの顔を交互に見ながら尋ねる。
「そういえば、それについての答えを聞いていなかったな。アビタル教はどれくらい探れたんだ?」
「アビタル教の大教会に侵入したわ。それで分かったことがいくつか」
「何が分かったんだ?」
「まず、改造人間がいた」
「?」
「死んだ人間の体を改良して、恐らく魔力を持つ者に反応して襲ってくる。改造されているだけあって、俊敏で力も強い。駆け出しの冒険者なんかじゃ太刀打ちできないでしょうね」
「ほう。弱点はあるのか?」
「腹に埋められている核を破壊しない限り動き続ける。まともな宗教の信者が見たら命を冒涜するなと激昂するでしょうね」
恐ろしいのは、今後世莉架達がアビタル教を追い詰めていった時、躍起になって改造人間を外へ放つということだ。何体改造人間を所持しているのかは不明だが、そうなった場合、魔力のない人間が襲われないとしても、混乱を招くことは必死だろう。
「他には?」
「明らかに怪しい部屋を見つけたわ。けれど、何者かの能力がかけられていて入ることができなかった。ただ、アリーチェの能力によって突破できる可能性がある。明日には試すつもりよ」
「そうか」
「で、どうするの?」
「言っただろう。もう少し時間が経って落ち着いたら動く」
「だから、どう動くの?」
「……さて、どうするかな」
ルーナの中では少し迷いがあるようだった。フェンシェント国へ協力を仰ぎに行こうとしているのは本当であるだろうし、とはいえアビタル教を放っておくといずれ大きな障害となるだろう。
「現国王はアビタル教をどう思っているの? 竜族と協力体制を敷くということは、必然的に国もアビタル教を敵に回すことになる。でも、この国においてアビタル教は中々に影響力を持っているでしょう。そうなると上手くバレないように立ち回るか、いっそのこと潰してしまうかのどちらかの選択肢しかないと思うけど」
「その通りだ。まぁ、これも話していいかもしれないな」
ルーナは紅茶を一口含み、よく味わってからテーブルに置いた。
「実は、現国王からはアビタル教を潰して欲しいと言われている」
「現国王が?」
「あぁ。最近では奴らの影響力が大きくなっていることから、国のパワーバランスが崩壊するかもしれないという懸念があるそうだ。歴史を見ても、大抵力をつけて広まった宗教というのは国家と同じ位の権力や影響力を持ったりするものだ」
この時世莉架は、過去にキリスト教が大きな影響力を持ち始めて混乱したヨーロッパの国を思い出していた。
結局宗教というのは、地球においてもここダージスにおいても大きな力を持つということだ。宗教は人々をコントロールする手段になるし、否応にも影響力を持つのだ。
その宗教ができたばかりの頃はそんなことも無いだろうが、広まって信者が増え、有名になって力を得るとその宗教の中で地位の高い者達が好き勝手できてしまうものなのだ。
それぞれの宗教に規範や規則があるが、それらを完璧に守る人間などどれほどいるのだろうか。人の欲は、止めることができない。
「でも、大々的に潰すということでは無いんでしょう?」
「そうだ。一応あんな宗教でも信者はそれなりにいるし、最近はその信者の数もどんどん増えている。そんな宗教を民衆の目の前で遠慮なくぶっ潰す、というのは私的には大賛成なんだがな。そうもいかない」
「あくまで裏で排除する。それも、アビタル教の現教皇やそれに近い地位の人物だけを潰す。そうすることによって少なからず話題にはなるけれど、それらしい理由を国が発表すれば一先ず民衆は納得する。後は今のアビタル教の歪んだ思想をまともな思想にゆっくりと変えていくために、人格者を見出して用意する……っていうシナリオかしら?」
「ははは、流石だな。概ねその通りだ」
「馬鹿正直に国の発表を信じる者は少ないでしょうけどね」
「それでも、時間が経てばやがて風化するだろう」
あくまでそう進めばいい、というシナリオなため、どれほど上手くいくかは分からない。しかし、元々世莉架は裏で大事にならないようにアビタル教を潰そうとしていたため、目的は一緒である。
「それで、私達と協力するの?」
状況を考えればルーナは世莉架達と協力したいはずだ。ルーナは少しの間逡巡し、世莉架とアリーチェの目を交互に見て言った。
「まぁ、結局いつかは奴らを潰さなくてはならないしな。ここでグダグダやっていても仕方ない。よし、分かった。協力しよう」
「ありがとう。というか、厳密には私達が協力をさせてもらうって感じなんだけどね。それと、まだまだアビタル教の人間の動きは活発だけど大丈夫?」
「いいさ。奴らの動きが落ち着いていようが活発だろうが、結局やることは変わらないのだからな。むしろすぐにでも動くという口実ができて良かったよ。それとドーバ、いい加減こっちへ来い。私が勝手に話を進めてしまっているが、いいのか?」
ドーバは世莉架達が話をしている間、ずっと窓際の椅子に座っていた。
そんなドーバはため息をつき、立ち上がって世莉架達のいるテーブルへ向かう。
「反対だ」
そしてドンっと、大きな音がするほどの力でドーバがテーブルを叩く。それにアリーチェは驚いて一瞬縮こまった。
世莉架はそんなアリーチェの肩を抱いて言う。
「随分乱暴ね。反対の理由を聞かせてもらえるかしら」
「……」
ドーバは世莉架を睨みつける。シグガンマ国に至るまで行動を共にしていたが、その間ほとんどドーバは喋らなかった。また、宿の部屋も当然ドーバだけ別室だったため、コミュニケーションはほとんど取っていない。
更に、ドーバは世莉架と戦って負けたという悔しい記憶がずっと脳裏に焼き付いていた。そのこともあって、アリーチェやメリアス、ハーリアへの敵対心、関心といったものはそもそもないが、世莉架に対しては強い敵対心を抱いていた。
「ドーバ、状況を考えろ。セリカの実力はお前が一番よく分かっているはずだ。アリーチェも役に立つ。心情的に嫌だというのは痛いほど分かるが、今は大人の対応を頼む」
ルーナは黙っているドーバを諭すようにゆったりとした口調で言う。それによってドーバは剥き出しにしていた敵対心を少し弱めた。
やはりルーナがドーバの手綱を引いているようだ。
「……確かに面倒な状況になっている。だが、こいつらの協力を得なくても俺達で十分対処可能だと思うが?」
「それはどうだろうな。仮に私達だけで対処可能だと言うのならば、どうして私達は今城の中に隠れているんだ?」
「……」
「お前がそう言う奴なのは昔から知っている。だが、今回は我慢してくれないか。別にセリカやアリーチェと連携して助け合いながら仲良くしていこう、と言っているのではない。あくまで一時的に利害が一致したために協力することになった、と思ってくれ」
未だ納得がいかない顔をしているドーバ。しかし、渋々といった様子だが頷いた。
「分かったよ。ただ、一緒に行動はするが、俺は俺の好きなように戦うぞ。お前達がピンチになろうが知ったことか」
「あぁ、とりあえずそれでいい」
結果として、ルーナとドーバと協力することになった。これによって純粋な戦力の底上げがされ、できることも確実に増えた。アリーチェの能力で恐らく例の部屋に入ることができるだろうが、その先に何が待っているか分からないし、アビタル教に実力者がどれほどいるのかも分かっていない。そこに魔族も介入している場合を考えると、世莉架一人でも対処は可能かもしれないが、ルーナ達がいることで一人辺りの負担が大きく減り、確実性が増す。
ルーナ達が城にいることに賭け、侵入してみて良かったと世莉架は思っていた。
「それじゃあ、明日の深夜に私達の泊まっている宿の前で待っていてくれない?」
「はっ、俺達が待つのかよ。逆だろ」
「嫌なら私達が城の近くで待つわ」
「当たり前だろ」
「ドーバ、いい加減にしろ。仲良くする必要がないとしても、喧嘩腰でいる必要もない」
「そうかい。お前、本当に人間が好きになっちまったんだな。ここに来るまでも随分仲良く楽しそうにしていたしな」
「嫉妬か?」
「あ?」
二人は睨み合っている。今は人の姿になっているが、その正体は竜だ。睨み合っているだけで凄まじい圧を感じる。
「ねぇ、本当に大丈夫かな? ルーナはともかく……」
アリーチェが未だ肩を抱き続けている世莉架の耳元でそう呟く。
「ルーナがいるから、あまりに滅茶苦茶な行動はしないと思うわよ。多分だけど、ルーナは竜族の中でも信用されているんでしょう。そんなルーナが言うことを頑なに否定して身勝手なことをすれば、竜族の元へ帰った時にそれを報告されて面倒なことになったりしそうだもの。それこそ今回はあくまで人間との協力体制を敷くという話のようだから、問題を起こすなんてしてはいけないでしょう」
「確かにそうだね。でもやっぱり心配。ドーバと一緒に行動して大丈夫かな」
「大丈夫よ。危なくなったら私とルーナが止めるし、そもそも貴方の能力はルーナ達にも引けを取らないでしょうし」
険悪な雰囲気で話し合いは終わり、世莉架とアリーチェは次の日の深夜に城の近くのレストランの前で待つことになった。
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「ふぅ。今日はこれくらいかしらね」
世莉架達はまた冒険者としての依頼を何件か受けていた。昼間は冒険者として働き、夜はアビタル教を探る。そして今夜はルーナ達と共にアビタル教を探る。
世莉架は今夜には事態が大きく動く、と考えていた。大教会内の例の部屋にはアリーチェの能力で入れると思われ、そこから先の脅威にもルーナ達がいれば対処は可能であろう。
それから時間が経ち、深夜になった。メリアスとハーリアはぐっすり寝ている。
さっさと支度をし、世莉架とアリーチェは外に出て約束していた城の近くのレストランへ向かう。
そうして到着すると、既にルーナとドーバが待っていた。
「早いわね」
「お前達が遅いんだ。結局俺達が待つことになっただろうが」
「それはごめんなさいね」
「……チッ」
敵対心や不快感を露わにしているドーバとは対照的に、あくまで世莉架は友好的に接しようとしていた。
それはドーバが気に入っている、などということではなく、ドーバの好き勝手な行動が面倒なことを引き起こす可能性を考えてのことだった。ドーバも頭ではこんな所で問題を起こしてはならないと理解はしているだろうが、世莉架はドーバが些細なことでそれを忘れてしまうのではないかという懸念があったのだ。アリーチェに大丈夫と言いつつも、世莉架的にとっては現状で面倒毎を起こされるのが最も嫌なのだ。
「それでは大教会へ向かおう。ドーバはしっかり私が見ているから、そこまで心配せずとも大丈夫だ」
四人は大教会へ向かう。ドーバは一番後ろを歩き、少し離れていた。
「ルーナ、ドーバとはどういう関係なんだっけ?」
アリーチェがふと気になったことを聞く。
「前にも話した気がするが……」
「そうだっけ?」
「まぁいい。あいつとは……そうだな、幼馴染というやつだ。腐れ縁とも言うがな」
「そうなんだね。でも、ずっと面倒を見てるの?」
アリーチェは声を潜めて言う。
「あいつの両親からも頼まれているからな。確かにあいつは喧嘩っ早くて、協調性など知らないような奴だ。ただ、あいつにはあいつなりの考えとか、プライドがあるんだ。あまり一緒にいて心地良いとは思えない奴だが、あまり嫌わないでやってくれ」
「ルーナが言うなら、そうする。でも、本当にルーナはしっかりしているね」
「そうか? 私はただ忠実に言われたことをこなしているだけのつまらない奴さ」
ルーナは顔に少しの影を落としながら言った。
その答えに不満を持ったのか、アリーチェはムッとしている。
「そんなことないでしょ。というかそうだったら多分だけど私達はルーナと仲良くなっていないよ」
「そ、そうか?」
「そうだよ」
ルーナにも過去に、または現在進行形で何かがあるのだろう。
そんなルーナを横目に、世莉架達は進んで行く。そして大教会に着いた。
「待って」
世莉架が全員を止める。
前日までは大教会内で見回りをしている信者が数人いただけだったが、今夜は外に見張りが数人いる。
「とうとう外にまで出てきたわね」
「どうするんだ?」
「毎回出入りするのに使ってた窓があるんだけど、そこの周辺にも見張りがいるわね。見つからずに近づいて気絶させることくらい造作ないから、気絶させて中に持って行って隠しておきましょう」
「分かった。セリカがやってくれるのか?」
「えぇ」
世莉架は頷くと物陰から出てスッと歩き出した。
足音は聞こえない。世莉架の後ろ姿を見ているアリーチェ達は愕然とした。
「霞のようだ……」
ルーナが呟く。確かにアリーチェ達の目には世莉架の姿が確認できる。だが、不思議とその姿は揺れているような、消えかかっているような、そんな感想を抱かせるものだった。
見張りの目線を絶妙に避けながら、そして一切の気配を完璧に消し、いつも入っていた窓の近くにいる見張りにあっという間に急接近する。
見張りは気づいていない。そこで世莉架は凄まじい速度で人が気絶しやすい部分に衝撃を数回与え、一瞬で気絶させる。
「……本当に何者なんだ、セリカは」
思わず呟いたルーナの疑問には、アリーチェもドーバも同意せざるを得なかった。
世莉架は片手で気絶した見張りを抱え、もう片方の手で手招きをする。
「よし、行こう」
そうして物陰に隠れていたアリーチェ達は世莉架の元まで進み、ついにアビタル教の秘密を暴こうと侵入するのだった。




