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涼香達一行は旅路を重ね、ようやくのこと宝象国につき、話し合った末、涼香が一人で国王に拝謁することになった。
「では、お師匠様。あっし達は宿で待っていますから、十分お気をつけて」
「ええ。出来るだけ早く帰ってきます」
万が一にも八戒達が妖だと知られぬように、との考えだったが、いざ一人になると心細い。ふと今は側にいない青年を思い出し、涼香は溜め息を落とす。自分が普段どれだけ悟空に頼っているか、身に染みてわかったのだ。
あれほど怒りに燃えていた心も今は寂しさに揺れている。悟空は今頃どうしているだろう、と考えながら涼香は城へと向かった。
宝象国の城は優美だった。拝謁を許された涼香が白玉の階段の前まで進むと、国王が声をかけた。
「唐朝から来た三蔵と申す者よ。そなたの用件を聞こう」
「はい。実は私が妖魔に攫われたおり、百花姫にお会いして……」
と、手紙を取り出そうとした涼香は、国王の右側に立つ男に気が付いた。男は眉目秀麗で貴公子然としていたが、その身にまとう妖気はごまかせない。あの波月洞の妖魔だと悟り、涼香は青ざめて逃げようとした。
それを見た男、黄袍怪は国王に言った。
「そら、言った通りでしょう。我が妻たる百花姫を攫ったのは、あの僧を語る妖虎です」
「ううむ。衛兵、捕まえよ!」
武術の心得のない涼香はいくらもしないうちに捕まり、国王と黄袍怪の前に連れていかれた。
「陛下。この男こそが百花姫を攫った妖魔です。どうか、騙されないでください」
と涼香が訴えると、国王は悩むそぶりを見せた。しかし。
「義父上、妖の言うことに耳を貸してはいけません。どれ、私がこの者の正体を暴いてみせましょう」
黄袍怪はそう言うと杯の水を口に含んで涼香に吹き掛けた。
「なんと!」
すると、たちまちのうちに涼香は一匹の虎に変わってしまったのだった。
国王もこれで黄袍怪の言うことを信じ、涼香は檻に閉じ込められた。
黄袍怪はそんな涼香を見て嫌な笑いを浮かべると、誰にも聞こえないように独り言を呟く。
「貴様らのやる事などお見通しよ。先回りしておいて正解であった。あとはあの弟子達だな」
虎となった涼香は、弟子達の危機を感じつつも、ただ唸る事しか出来なかった。
*****
一方、宿で休んでいた三人は突然兵士によって襲われ、人間相手に本気を出すわけにもいかず、八戒以外の二人は取り押さえられてしまった。
「あわわ、どうしよう」
腹をすかし、厨房を覗き込んでいたおかげで難を逃れた八戒だが、たった一人になり、おおいにうろたえた。
「きっとお師匠様に何かあったんだ。ああ、でもあっし一人でなんて、どうしようもない……そうだ! 兄貴を呼びにいこう!」
脳裏にぱっと浮かんだのは、いつでも頼りになる一番弟子だった。そうと決まれば、と八戒は妖の脚力を発揮して三日三晩夜通し駆けぬき、順風に乗って東洋大海を渡り、悟空の故郷である花果山に到着した。
花果山では、丁度その頃悟空の部下である猿達が困りきっていた。
頭を抱えている猿や怯える猿に首をひねりながらも八戒が近寄って話し掛けると、猿の中でも一際年老いた長老猿が進み出てきた。
「おお。あなたは我が大王様のお仲間でいらっしゃると?」
「ああそうだよ。それにしても、兄貴は大王なんて呼ばれているのかい。偉そうだなあ」
「実際に偉いのですから、当然ですよ。ですが、良かった。我らもほとほと困り果てていたところでしての」
「なにをそんなに困ってるんだい?」
「お会いすればおわかりになりますよ」
さあさあ、と猿達に促され、八戒は首をひねりつつも後にしたがった。悟空は洞穴の最奥にいるといわれ、奥に進む。しかし、進めば進むほどにじわりじわりと妖気が立ち込め、八戒の額に汗が噴き出てきた。
「な、なんだい、この恐ろしい妖気は……」
「いえ、今はまだましですよ。あなたが来たことに気付いて、抑えているのでしょうな」
「抑えてこれなのかい。ああ、回れ右して帰りたくなったよ」
嘆きつつも、師匠や仲間を救うには悟空に頼るしかない、と八戒は奥に進む。やがて最奥にたどり着き、扉代わりの厚手の布が垂れ下がっている部屋の前に着いた。
妖気はもはや肌をちりちりと焦げつかせるほどで、気を失わないようにするだけで精一杯である。
「あ、兄貴。あっしだよ、入るよ」
勇気を出して八戒は布の隙間から中に入り、即座に後悔した。
悟空は長椅子の上にゆったりと腰掛け、酒瓶を煽っていた。ゆらり、と揺らめくのは凝縮した妖気である。
「……おう。豚か。何しにきた」
口を手の甲で拭い、にやりと笑う悟空の眼は荒み、ぎらぎらと輝いていた。
八戒は心の中で絶叫した。
(魔王がここにいる――――!!)
あな恐ろしや。大妖魔ここにあり、と言わんばかりの荒みように八戒は猿達の悩みが理解出来た。確かにこれは大変だ。これはやばい。もう帰りたい。
蒼白になって汗をだらだらと流す八戒を目を細めて見やり、で、と悟空は再び口を開いた。
「なんの用だって聞いてんだよ。……あの人がお前を寄越したのか?」
あの人、と口にしたとたん、妖気が和らいだ。ようやく息が出来るようになり、八戒は大きく息を吐きながら答える。
「い、いや、違うけど。でも、大変なんだよ、兄貴!」
「……違うのか」
「待った! 話を聞いてくれよ。もう兄貴しか頼れないんだよう!」
舌打ちして立ち上がりかけた悟空を、慌てて引き止めて、話を聞いてもらう。
やはり妖だったこと、涼香が一度攫われたこと、無事に逃げ出した筈だったのに、仲間達は兵士に捕まり、涼香がどうなったのかわからないこと。
悟空は眉間に皺を寄せた超絶に不機嫌な顔で話を聞いていたが、聞き終えると鼻を鳴らした。
「俺がいなくなってすぐそれか。言わんこっちゃない」
「そうだよ、兄貴がいないとやっぱり駄目だよ。お師匠様も内心そう思っているはずだよ」
「……そうか?」
ちらり、と悟空が反応するのを見て、八戒はここぞとばかりに頷いた。
「そうだよ! お師匠様は隠してるつもりだろうけど兄貴がいなくなってから不安そうで、時々空を見上げているし、たまに兄貴の名前を呼んで慌ててたりしてたよ!」
「……そうか」
涼香が慌てる姿が目に浮かんだのか、悟空はくすり、と笑う。妖気がだいぶ薄らいできたことに勇気づけられ、八戒は更に頼み込んだ。
「頼むよ、兄貴。このままじゃお師匠様はあいつに食べられて、毛皮は敷物にされちゃうよ! 助けてやっておくれよ!」
「…………そうだな」
たっぷり一分は悩み、悟空はとうとう頷いた。
「今回は、貸しってことで助けてやらなくもない」
「ありがとう兄貴! なら、さっそく宝象国へ……」
「いや、まずはそいつの住みかの波月洞に行く」
「えっ、どうしてだい」
きょとん、と目を瞬かせる八戒に、悟空は口の端を吊り上げて微笑を浮かべた。
「もちろん、お師匠さんを助ける策を考えるためさ」
背筋がぞっとするような微笑を見て、八戒は「や、やっぱり魔王だ……」と小さく呟くのだった。




