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悟空が木を元通りにする方法を探しに行ってから、一日が経ち、二日が過ぎ。涼香は落ち着かない思いで庭に出ては空を見上げ、悟空の姿は見えないだろうか、と探していた。
涼香達は縄は解かれたものの、見張りが付き、寺の外には出られない。三日を過ぎても悟空が戻らなければ、今度こそ鞭打ちと釜茹での刑が待っているのだった。
「三蔵よ。日に何度もそうして空を見上げているが、そんなに罰を受けるのが怖いのか?」
ふいに現れた鎮元大仙にそう問い掛けられ、涼香は胸に手をおくと正直に答えた。
「はい、怖いです。鞭で打たれるのも、釜で茹でられるのも、怖くて怖くて仕方ありません」
「ほう、正直だな。ではやはり、きみが朝から晩まで首を長くして孫行者を待っているのは、罰を受けるのが怖いからか」
「それも確かにあります。ですが……それだけではありません」
涼香は空を見上げた。今、彼はどこでどうしているだろうか。
「私の弟子はよく無茶をするので、目を離していると心配で仕方ないのです」
「はは。まあ確かに、あのようなそこつ者が弟子では心労も大きかろうな」
「頼りにはなりますが……」
苦笑を浮かべる涼香に、大仙は表情を真剣なものへと変えて尋ねた。
「きみは彼が戻ってくると信じているか?」
「はい」
と、涼香は自分でも意外なほど確信を持って頷き、そして言い添えた。
「帰ってきます。必ず。ただ、三日のうちに、というのが守られるかどうかはわかりません。いくら悟空とはいえ、難しいかもしれませんから」
「なるほど。だが、帰ってくるとは信じているのか。その信頼に応えてくれるといいな」
「はい」
涼香はここにいない金の瞳の青年を思い浮かべ、再び空を見上げたのだった。
*****
一方その頃、悟空は蓬莱の仙境や東海三島の一つ方丈山、そして瀛州島を巡ったが、一向に木を元通りにする方法を得られず、頭を悩ませていた。
「こうなったら仕方ないか……あいつに頼るのは嫌だったが、観音のところにいってみるか」
気乗りしない様子で呟くと、悟空は南海の落伽山へと足を運んだ。
落伽山の紫竹林では、すでに悟空が来たことを悟った菩薩が待っていた。頭上に宝冠をいただき、白衣を纏い、穏やかで深い神気を放つ菩薩はにこやかに悟空を迎えた。
「久し振りですね、悟空。よく三蔵を護っているようでなによりです。して、今回はどのような用件ですか」
そこで悟空がこれこれこのような次第で、と詳しく話すと、菩薩は溜め息を落としながらも水瓶を取り出した。
「それなら真っ先にここへ来たら良かったのに。わたくしのこの瓶の《甘露水》はよく仙樹を蘇らせることでしょう」
「借りていってもいいのか?」
「ええ。ただし、仙樹を蘇らせたならばすぐに返すように」
「ありがたい」
悟空は感謝して瓶を受け取り、さて、と踵をかえしたが、ふと立ち止まった。振り返り、菩薩に尋ねる。
「そういえば、気になっていることがある」
「なんでしょう」
「なぜ天はあの人を――白翼を三蔵の後釜に据えたんだ? こう言ったらなんだが、あの人は別にこれといって徳があるわけでもないし、そもそも女だ。どう考えてもおかしい。天は何を考えている?」
「今は何も言えません。ただ一つ言えることがあるとすれば、全ては天地の巡り合わせ、とのみ」
「そうか……」
これ以上は何を言っても聞けそうにないと悟り、悟空は今度こそ万寿山を目指して雲に乗った。
近づいてくる涼やかで甘い気配に悟空は小さく笑む。やがて高楼が見えてきて、寺の庭に小さな人影がいるのも見えた。
その姿に悟空は我知らずとろけるような優しい微笑を浮かべる。
「今帰りましたよ、お師匠さん」
小さく呟いた言葉に気付いたかのようにその人影は空を見上げ、そして輝くような笑顔で出迎えてくれたのだった。
かくして悟空は無事に人参樹を元通りに蘇らせ、約束通り皆を許してもらい、鎮元大仙と兄弟分になったのだった。
*****
五荘観には、悟空が立ち寄った先で話を聞いた仙人達が集まっていたので宴となり、大仙は人参果を打ち落とさせ皆を歓待した。
和気あいあいとしたその宴の席で、しかし涼香は青ざめていた。目の前には人参果を盛った盆。そして実にいい笑顔の悟空がいる。
「さあお師匠さん。目をつぶっていてもいいですから、口を開けてください。俺が食べさせてあげますから」
「い、いいえ。嫌です」
「そんなことおっしゃらずに」
「いえ、匂いを嗅ぐだけでも長生きできると聞きましたし……私のような凡骨はそれだけで十分です」
「いえいえ。そんな遠慮をせずに。さあ口を開けて。俺のためと思って一息に飲み込んでくださいよ」
「どうして私が長生きするのが悟空のためになるのですか……って、止めてください! 無理に口に入れようとしないでください!」
そんな悟空と涼香のやりとりを他の弟子達は生ぬるく見守っていたが、生真面目な玉龍はみかねて救いの手を差し伸べた。
「三蔵。これならどうだ」
と、差し出したのはなにかの液体が入った木の椀だった。
「これは……?」
「人参果を絞ってもらった。これなら形がない分、口にしやすいのではないか」
「……玉龍。ありがとうございます」
「い、いや。このくらいのこと、なんでもない」
感謝の眼差しを向ける涼香と照れる玉龍の姿に、悟空の目が少しばかり険しくなったが、素直に椀に口をつける涼香を見て、まあいいか、と考え直したようだった。
殺気にさらされずにすんだ玉龍は密かに胸を撫で下ろした。
その後も鎮元大仙は一行を手厚くもてなしたが、涼香は三蔵としての務めがあると告げ、再び旅立つことにした。
五荘観での歓待を受け、旅の疲れを癒した一行は、足取りも軽く西へと旅立つのだった。




