第十一話「市民と騎士の援軍」
街道の辻を揺るがす地響きのような足音の正体は、オルバール東門から雪崩を打って押し寄せてきた、数十名に及ぶ下町の市民たちだった。
事の発端は、数半刻前の東門前での出来事だった。
森の獣道を泥だらけになって疾走してきたミーシャが、東門の警備兵舎へと飛び込み、アルベルト小隊長へ事態を伝えたのだ。
さらにミーシャは休む間もなく下町の大通りを駆け巡り、長屋の鍛冶屋や大衆食堂の店主たちへ声を枯らして叫んだ。
『ギルドのゴロツキたちが街道を塞いでる! ルカ村の野菜が奪われそうなんだ! リツさんが一人で止めに入ってる!』。
その声を聞いた瞬間、下町の人々の心に火がついた。
日頃からギルドの不当な買い叩きと高値に苦しめられ、耐え忍んできた庶民の怒りが、一気に臨界点を突破したのだ。
鍛冶屋の親方は作業中の鞴を止め、巨大な鉄槌を肩に担ぎ上げた。
食堂の店主たちはエプロン姿のまま麺棒やフライパンを握りしめ、主婦たちは背負い籠を手に駆け出した。
自分たちの胃袋を支え、子どもたちに健康を取り戻してくれたあの直売所を、理不尽な暴力で潰させてたまるか。
その切実な叫びが、怒涛の群衆となって東門から街道へとあふれ出したのだった。
先頭を駆けてくるのは、巨大な鉄槌を肩に担いだ鍛冶屋の親方だ。
その後ろには、下町の逞しい職人たち、主婦たち、さらには元冒険者の大男たちが、怒りの形相で続いていた。
「おい、てめえら! 俺たちの野菜とリツの旦那に、指一本触れてみやがれ!」
親方の雷のような怒号が街道に響き渡った。
数十人の群衆が怒涛の勢いで押し寄せ、バリケードを取り囲む。
先ほどまで威張り散らしていたゴロツキの頭目の顔から、血の気が引いていった。
「な、なんだこの人数は……!? ひ、引き下がれ! ギルドに逆らう気か!」
「ギルドが何だってんだ! いつも腐った野菜を押し付けやがって、今度は美味い野菜まで奪う気か!」
「そうだ! リツさんを傷つけたらタダじゃ置かないよ!」
主婦たちの怒声が飛び、職人たちが金槌を打ち鳴らして威嚇する。
素手なら恐るるに足りぬ庶民も、生活と命を守るために団結した群衆となれば、凶悪な軍勢すら凌駕する圧倒的な圧力を生み出していた。
ゴロツキたちはジリジリと後退し、互いの背中をぶつけ合った。
その時だった。
東門の方角から、地を裂くような鋭い馬蹄の響きが轟いてきた。
砂煙を巻き上げて街道を疾走してきたのは、銀の胸当てを朝日に輝かせた騎馬の一隊だった。
都市警備騎士団第三小隊。
出撃を止めようとしたギルド派の上層部に対し、アルベルトは『公道の治安維持は騎士団の本分であり、領主法に基づく緊急任務である』と一喝して飛び出してきたのだ。
先頭に立つアルベルト小隊長が、抜刀とともに白馬の手綱を鮮やかに引き絞った。
「そこまでだ、不届き者ども!」
部下の騎士たち十数名が一斉に槍を構え、ゴロツキたちの退路を完全に塞ぐ円陣を敷いた。
「き、騎士団……!? な、なぜ騎士団がこんなところに来るんだ!?」
頭目が狼狽え、持っていた棍棒を取り落とした。
アルベルトは馬上から冷徹な眼差しをゴロツキたちに見下ろし、厳しい声で宣告した。
「中央青果ギルド長ガルシアが雇い入れた無頼の徒どもだな。領主閣下直轄の公道を私的に封鎖し、通行人を凶器で脅迫、さらには農民の作物を強奪しようとした現行犯だ。貴様らの背後関係も含め、すべて徹底的に調査させてもらう」
「ま、待て! 俺たちはギルドの正当な査察を行っていただけだ! 市政官様にも話は通してある!」
「黙れ! 都市法の効力は城壁の内側に限られる。公道における武装集団の通行妨害と暴力行為は、明白な領主法違反・反逆罪に相当する! 全員武器を捨て、地面に伏せろ!」
アルベルトの切っ先が巨漢の喉元に突きつけられた。
騎士たちの構える鋼の切っ先と、周囲を取り囲む市民たちの怒りの炎。
もはや勝ち目がないことを悟ったゴロツキたちは、ナイフや棍棒を地面に放り出し、震えながら泥の上に両手をついた。
「見事な統率だ、アルベルト殿」
リツが歩み寄ると、アルベルトは剣を鞘に納め、馬から下りてリツの肩を軽く叩いた。
「通報に感謝する、リツ殿。ミーシャ殿の機転のおかげで、迅速に出動することができた。市民に危害が及ぶ前に鎮圧できて重畳だ」
「アルベルトさんのおかげです。本当に助かりました」
縛り上げられたゴロツキたちが騎士たちによって連行されていく中、鍛冶屋の親方が腕まくりをしてバリケードへと近づいた。
「さて、と! こんな邪魔な倒木なんざ、さっさと片付けちまおうぜ!」
「おおっ!」
市民たちとルカ村の若者たちが一斉に歓声を上げ、引き倒されていた大木や荷車に取り付いた。
男たちが肩を入れ、声を掛け合って丸太を街道の脇へと押し退けていく。
主婦たちも泥まみれになった大根や玉ねぎを丁寧に拾い上げ、井戸水で洗い清めて馬車へと戻した。
生産者と消費者が肩を並べ、泥だらけになりながら笑顔で汗を流す。
わずか半刻足らずで、封鎖されていた街道は見事に開通したのだ。
倒木が完全に取り除かれた瞬間、誰からともなく割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
「やったぞ! 道が開いた!」
「ルカ村のみんな、直売所へ行こう! 今日は大根と玉ねぎを全部買い占めてやるからな!」
歓喜の声とともに、ルカ村の荷馬車を先頭にした大行進が直売所へと向かった。
東街道のスタンドには、いつも以上の品揃えで野菜が所狭しと並べられた。
朝露に光るトマト、ずっしりとしたキャベツ、泥付きの夏大根、黄金色に輝く玉ねぎ。
リツとトマスは、駆けつけてくれた市民たちへの感謝を込め、冷えたトマトと滋養ハーブの束を大盤振る舞いで手渡した。
料金箱には、カラン、チリンと美しい共鳴音が途切れることなく鳴り響いた。
誰もが誇らしげに硬貨を落とし、笑顔で野菜を抱えていく。
鍛冶屋の親方は大根を丸ごとかじり、そのみずみずしい甘さに感嘆の声を上げた。
主婦マーサは今夜のポトフの献立を楽しそうに語り合い、食堂の店主は玉ねぎを麻袋いっぱいに詰め込んで満足げに笑った。
アルベルト率いる警備小隊の騎士たちも、兜を脱いでトマトを頬張り、その驚異的な美味さに感嘆のため息を漏らしていた。
人と人とが支え合い、守り抜いた街道の辻には、どんな贅沢な宴よりも温かい笑顔があふれていた。
自分たちの手で掴み取った自由と美味い飯。
その充実感が、集まったすべての人々の心を満たしていた。
その光景を遠くから見つめていたアルベルトは、静かに口元を緩め、リツに告げた。
「ガルシアはこれで引き下がる男ではない。公道での実力行使が失敗したとなれば、次はより陰湿で卑劣な手段に出てくるだろう。……気をつけてくれ」
「はい。どんな手で来ようと、俺たちは仲間たちと一緒に守り抜きます」
リツは力強くうなずいた。
その頃、中央青果ギルドの執務室では、封鎖部隊の壊滅を知ったガルシアが、高級ワインのグラスを床に叩きつけて狂乱していた。
私兵が全員騎士団に捕縛され、公道封鎖の罪で取り調べを受けているという。
権力も暴力も通じないとなれば、残された道は一つしかなかった。
あの直売所の評判を地の底まで叩き落とし、二度と誰も買いに来られないようにすること。
ガルシアの蛇のような細い瞳に、暗黒の毒気がゆらめいていた。
市民と騎士の援軍によって、直売所は最初の危機を見事に打ち破った。
しかし、アルベルトの予言通り、追いつめられた強欲な怪物は、さらに毒々しい闇の罠を張り巡らせようとしていたのだった。




