第十話「街道封鎖の嫌がらせ」
警告状に記された三日間の期限が切れた翌朝、東街道は不穏な殺気に包まれていた。
オルバールの東門から徒歩で十五分ほど、街道が緩やかにカーブし、直売所のスタンドが視界に入る手前の辻。
そこに突如として、巨大な倒木と積荷を外した荷車が引き倒され、街道の往来を遮るバリケードが築かれていたのだ。
バリケードの周囲には、鉄パイプや棍棒、粗悪な短剣を腰に差した屈強な男たちが十数名、仁王立ちで睨みを利かせていた。
ガルシアが裏社会から金で雇い入れた、傭兵崩れのゴロツキたちだった。
早朝の東門が開くと同時に、いつものように背負い籠を抱えて直売所へ向かった下町の主婦たちや料理人たちが、その物々しい光景に足を止めた。
「な、何なのこれ……! どうして街道が塞がれているの?」
主婦のマーサがおそるおそる声をかけると、ゴロツキの頭目らしき傷顔の巨漢が、下品な唾を吐き捨てて棍棒を地面に叩きつけた。
「ああん!? 見りゃ分かんだろ、通行止めだよ! この先は中央青果ギルドの特別査察区域だ! 不法露店に加担する奴はギルドへの反逆者と見なす! 怪我をしたくなかったら、さっさと街へ引き返せ!」
「そんな横暴な……! ここは領主様の公道よ! あなたたちに街道を封鎖する権利なんてないはずだわ!」
鍛冶屋の若い弟子が抗議の声を上げた瞬間、巨漢の棍棒が唸りを上げて少年の足元すれすれの地面を砕いた。
乾いた破片が飛び散り、悲鳴が上がる。
「権利だあ? ギルド長ガルシア様の言葉が、このオルバールの法なんだよ! 文句があるならギルド本部へ陳情しに行きな! おい、そこの百姓馬車も止まれ!」
街道の向こうから、ルカ村の朝採れ大根と玉ねぎを満載した荷馬車がやってきた。
手綱を握るルカ村の若者たちに対し、ゴロツキたちが容赦なく立ち塞がり、馬の轡を乱暴に引っ張った。
「無鑑札の密輸野菜だな! 全部没収だ! 置いて失せろ!」
「やめろ! これは俺たちが血汗流して育てた野菜だ! 触るな!」
若者たちが必死に抵抗するが、ゴロツキたちに突き飛ばされ、泥の上に叩きつけられた。
馬車の積荷の縄が解かれ、みずみずしい大根が道端へと放り出されていく。
野菜を踏みにじるような非道な暴挙に、集まっていた数十人の市民たちから憤りのざわめきが広がった。
しかし、ギラつく刃物と粗暴な暴力の前に、素手の人々は近づくことができなかった。
一方、東街道の畑では、リツが朝の収穫を終えて直売所の棚にトマトとキャベツを並べていた。
いつもならとっくに最初の客がやってくる時間だというのに、街道には人影一つ現れない。
ルカ村からの荷馬車も到着していなかった。
(……何かが起きているな)
不穏な静寂にリツが警戒を強めたその時、林の奥の獣道を縫って、息を切らした人影が飛び込んできた。
ミーシャだった。
彼女の革鎧の裾には泥が跳ね、短い茶髪は汗で額に張り付いていた。
「リツさん! 大変だよ……っ!」
ミーシャは肩を上下させて激しく呼吸しながら、リツの腕を掴んだ。
「街道の途中で、ギルドの雇ったゴロツキたちがバリケードを作って道を塞いでるの! 買いに来た下町のみんなを刃物で脅して追い返してるし、ルカ村の荷馬車も襲われて野菜を奪われそうになってる!」
リツの琥珀色の瞳に、冷たい怒りの炎が静かに宿った。
法的な根拠のない脅迫が通用しないと悟るや、露骨な暴力による物理的封鎖に踏み切ってきたのだ。
作物を育てた農民の汗を、それを買いに来る市民の想いを、金と暴力で踏みにじる行為。
「ミーシャ、怪我はないか?」
「あたしは大丈夫! 街道の裏の獣道を走って知らせに来たの! でも、このままじゃルカ村の馬車がめちゃくちゃにされちゃう!」
「すぐに行こう。みんなを助けなきゃいけない」
リツは納屋から鉄の鍬を手に取った。
武器として人を傷つけるためではない。
農夫の誇りを守るための道具としてだ。
だが、駆け出そうとしたリツの足を、一つの冷静な思考が引き留めた。
今、自分たちだけで飛び込んでいってゴロツキたちと乱闘になれば、相手の思う壺だ。
不法露店の農民が暴動を起こしたという口実を作られ、ギルドと癒着した市政官の手によって、公的に捕縛・断罪されてしまう危険がある。
必要なのは、暴力に対する単なる暴力の衝突ではない。
ガルシアの違法行為を白日の下に晒し、公的な正義と市民の結束によって、完全に打ち破るための戦略だった。
「ミーシャ、君にしかできない頼みがある」
リツはミーシャの肩に手を置き、真剣な眼差しで告げた。
「君の身軽さと足なら、都市の裏路地を誰よりも速く抜けられるはずだ。東門の警備兵舎へ走り、アルベルト小隊長にこの事態を伝えてほしい。公道における武装集団の不法占拠と強盗未遂の現行犯が発生している、と」
ミーシャの丸い瞳が、パッと明るく輝いた。
「アルベルト隊長に! うん、分かった! あたし、全力で走ってくる!」
「それと、下町の鍛冶屋の親方や、大衆食堂の店主たちにも声をかけてくれ。野菜を奪われて悔しいのは、俺たちだけじゃないはずだ」
「任せて! 十全に伝えてくるよ!」
ミーシャが風のように森の中へと駆け去っていくのを見送り、リツは鉄の鍬を肩に担ぎ、単身で封鎖地点へと向かった。
砂利を踏みしめる足取りは、極めて静かで力強かった。
自分一人のためなら、逃げることもできたかもしれない。
だが、あの直売所はすでに、自分だけの店ではないのだ。
ルカ村の農民たちが生きる希望を見出し、下町の人々が家族に美味い飯を食べさせるための、大切な居場所だった。
その温もりを、こんな理不尽な暴力で奪わせてたまるか。
曲がり角を抜けると、倒木の前で騒ぎ立てるゴロツキたちと、泥にまみれたルカ村の若者たちの姿が視界に飛び込んできた。
散乱した大根や玉ねぎを、ゴロツキの男たちが靴底で踏み潰そうとしていた。
「そこまでにしてもらおうか」
リツの通る声が、街道の怒号を遮って響き渡った。
男たちが一斉に振り返る。
麦わら帽子を目深に被り、袖をまくった日焼けした青年が、鍬を手に静かに立っていた。
ゴロツキの頭目が嘲笑を浮かべ、唾を吐いた。
「ああん? 誰かと思えば、直売所のガキじゃねえか。わざわざ殺されにきやがったのか?」
「俺の野菜と、ルカ村の仲間の作物を泥で汚すな。そこをどけ」
リツは一歩も引かず、巨漢の目を真っ直ぐに見据えた。
その瞳に宿る底知れぬ静かな迫力に、ゴロツキの巨漢が思わず気圧された。
日々の過酷な開墾と農作業で鍛え上げられたリツの肉体は、無駄な贅肉がなく、鋼のように引き締まっていた。
鍬を構える立ち姿には一切の隙がない。
「へっ、威勢がいいのは口だけだ! 野良百姓が鍬なんか持って何ができる! おい、痛めつけてやれ!」
ゴロツキの二人が棍棒を振り上げ、リツへと襲いかかってきた。
リツは慌てることなく半歩身を引き、棍棒の空振りを誘うと、鍬の柄で男の膝裏を鋭く払った。
鈍い音がして、男が前のめりに倒れ込む。
もう一人の突き出したナイフを身をよじって躱し、鍬の平らな鉄面で男の鳩尾を強く押し込んだ。
ぐえっ、と悲鳴を上げて二人が地面を転がった。
「な、なんだと……!?」
頭目の顔から嘲笑が消え去った。
周囲で固唾を呑んで見守っていた市民たちから、どよめきが湧き起こった。
だが、ゴロツキの数はまだ十人以上いる。
男たちが一斉に凶器を抜き放ち、リツを取り囲もうとじりじりと間合いを詰めてきた。
まさに一触即発のその時、街道の彼方から、大地を揺るがす地響きのような大歓声と足音が轟いてきた。




