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前世の息子に婚約破棄されたので、母として守ることにしました。~元冷血女王、過保護に支えていたら、息子がいつの間にか帝国一の凄腕領主と呼ばれるようになりました~  作者: 森下ヱンジン
第二章 リオーネ編Ⅱ 領都スラム奪還

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第59話 ユージンVSヴァルケン

本日の更新です。


「……フェルムの関係者、だと?」


 ヴァルケンの眉が動く。


「はい。フェルムの団員から口添えを受けまして。現団長であるマルティナさんに直接話を聞きました」


「なっ——」


 驚くような声を上げたのはガルヴィスだった。

 咄嗟に立ち上がろうとした彼は、すぐに我に返ったのか、そのままソファに座り直す。


「それで、その者は何と?」


 取り繕うような笑みを浮かべながら口を閉ざすガルヴィスを尻目に、ヴァルケンがユージンに問いかける。


「襲撃は自分たちではないと彼女は否定しました」


「当然だろう。自分たちが君らを襲ったなどと、馬鹿正直に認めるはずがないではないか!」


「ええ。僕もそう思いますよ」


 ヴァルケンの主張をあっさりと認めるユージン。

 その返答に、ヴァルケンの表情が緩む。


 ——まだ、自分たちが優位に立っていると思ってるのね。


 

「そこで、僕は彼女に、襲撃犯たちが所持していた金属札について確認を取りました」


 ユージンはそう言うと、内ポケットから例の札を取りだし、机の上に置く。


「……なんだ、これは?」


「フェルムの構成員であることを示す札だと、アルドリック警備隊長から聞きました。ガルヴィスさんはよくご存じかと思いますが」


 ユージンはガルヴィスに目線を移すと、彼は笑みを浮かべたまま固まっている。

 きっと、展開の変化に頭が追い付いていないのだろう。


 ここで黙っていたら、却って怪しまれるというのに。


「襲撃犯たちは全員こちらと同じものを所持していました。これにより、僕たちは当初、襲撃犯がフェルムであると判断したのです。しかし——」 


 ユージンは視線をヴァルケンに戻し、淡々と言葉を続ける。


「マルティナ団長によれば、この札を作ることが許されているのは、フェルムが認定した鍛冶屋のみだそうです」


 その言葉に、ガルヴィスから笑みが消える。


「加えて、襲撃犯の持っていた札。すべて同じように真新しく、使用感がない。——これにより僕は一つの仮説を立てました。この金属札は、最近同じタイミングでまとめて作られたのではないか、と」


 ここでユージンは一度言葉を止める。

 僅かな沈黙が、応接室の空気を変えていく。


「僕は、マルティナ団長に確認をお願いしました。すると、ここ最近になってこの札をまとめて作ったという記録は、登録されているどの店にもないとの事」


「……だから何だというのだ」


 ヴァルケンの声に、初めていら立ちが混じる。


「つまり、襲撃犯たちが持っていた札は、フェルムが正規に用意したものではない、という疑念が生じます」


 ユージンは、ヴァルケンとガルヴィスを交互に見やる。


「——これは何者かが、フェルムの名を騙るために用意した可能性が高いのではないかと我々は判断しました」


「ば、馬鹿な!」


 ヴァルケンが身を乗り出した。


「そんなもの、フェルム側が嘘を言っているだけだろう!君はあのような組織の言葉を一方的に信じるのかね!」


「もちろん、その可能性はあります」


 再び、ユージンはヴァルケンの主張を認める。


「ですから、これをもってフェルムが無関係だと断定するつもりはありません」


 あの子の言葉に、込めた力を抜くように息を吐くヴァルケン。

 それを見て、私も同じようにため息をつく。

 

 ——ここまで完璧よ、ユージン。

 役者としてもやっていけるんじゃないかしら。


 私とユージンは、黒縄会が来訪してきた時の状況について、あらかじめ話を重ねていた。

 当然、相手側の主張も想定済み。


 ……案内者があ(・)の(・)ヴァルケンというのは予想外だったけど。


 ユージンは今、二人に対し確認の作業を淡々と行っている。

 一つずつ、相手の逃げ道を塞ぐために。


 ◇

 

「問題は、もう一つあります」


 ユージンの声色が変わる。


「僕たちが襲われた、日時と場所です」


 ヴァルケンの動きが止まる。


「僕たちがいつ、どの道を通ってここに到着するか。その予定は防犯上の理由で秘匿されています」


「……それがどうしたというのだ」


「奴らの戦闘能力は、有象無象の盗賊のレベルではなかった。実際に戦った立場としてこれは言い切れます。その上、捕縛後は尋問前に躊躇なく自死を選択している。——にもかかわらず、奴らは全員フェルムの札を携えていた。まるで、自分の所属を見せつけるように」


 ユージンが、真っすぐにヴァルケンを見る。


「——これは明らかに、フェルムの犯行に見せかけた計画的な襲撃です」


 応接室の空気が、一気に張り詰めた。


「だとすれば、襲撃を計画した者たちは、僕らがあの時間にあの場所を通ることを事前に知っていたことになります」


「……何が言いたい」


「その情報を知る者はごく限られている。これはヴァルケン様、貴方もよくご存じでしょう」


 ヴァルケンの顔色が、一瞬赤くなった後徐々に青ざめたものに変わっていく。


「——僕が正式に総督を任せられた後のことです。氷冠聖会のクロイツ司教から、総督府内に不穏な者がいる可能性を指摘されました。その助言もあり、現在改めて府内の職員について調査を行っています」


 隣に座るガルヴィスも、ここでクロイツの名が出るとは思わなかったのだろう。

 彼の表情が一瞬、驚きと焦燥を表すものに変化したのを私は見逃さなかった。


 やはりクロイツという存在は、ガルヴィスの、ひいては黒縄会にとって無視できない人物なのだと改めて思う。


 もっとも、今この場で重要なのは別のところ。


「そして調査を続ける中、一つの証言が出てきました」


「しょ、証言……?」


 ヴァルケンの声が掠れる。


「僕たちがここへ到着する前の話です。ある職員が、僕たちの到着予定について告げられているところを、別の職員が偶然目にしたそうです」


「そ、それが何だ!職員同士で情報を共有することなど——」


「その、告げられた職員は、氷冠聖会の信者でした」


 ヴァルケンの言葉が止まった。


「そして、情報を告げた側の人物が誰か、についても証言があります。それは——」


 それまでずっと、柔和な表情を浮かべていたユージンから、笑みが完全に消える。


「ヴァルケン前総督。あなたです」


「——っ!」


 ヴァルケンが咄嗟に立ち上がった。


「で、でたらめを言うな!誰だ、そんなことを言っている奴は!」


「それこそ、秘匿すべき機密情報ですよ。そして、今の貴方にそれを知る資格はない」


 静かに、冷静な声でユージンが告げる。


 けれどその声色は、先ほどまでヴァルケンに調子を合わせているものとは一線を画すほどの強い響きがあった。


「ま、待て!私は前総督だぞ!後任の到着予定を府内の人間へ伝えることの何が悪いというのだ!」


「——問題は、貴方のその行為が、僕たちの襲撃事件と関連がある可能性が高いということです。そして、貴方と氷冠聖会の関係についても疑惑があります」


「私は知らんぞ!そんなもの、私には関係ない!」


「関係があるかどうかを調べるために、貴方から話を聞く必要があった。——実を言うと、貴方の所在を探していたところだったんですよ」


「な……ななっ!」


 それまで強気な態度だったヴァルケンが、明らかに動揺した声を上げる。


「先ほど申し上げた、貴方が情報を告げたという職員は、現在行方不明です。そして貴方自身も、総督交代後の所在が掴めなかった」


 ヴァルケンの口が、何度も開いては閉じる。


「そ、それじゃあ、私はみすみす……」


「ええ、わざわざご足労いただきありがとうございます。おかげで探す手間が省けました。これから貴方と黒縄会、そして氷冠聖会との関係を洗いざらい話していただきます」


 ユージンの言葉に、ひざから崩れ落ちるヴァルケン。


 ——全く。

 このヴァルケンという男。


 私たちが参考人として行方を捜していたというのに。

 自分から黒縄会トップであるガルヴィスを連れてノコノコやってきたのだ。

 

 こちらが怪しむ可能性を少しも考えなかったのだろうか。

 さすがの私も、この展開は想像の範囲外だったわ。


 もっとも、彼には彼の思惑や勝算があってのこと。

 同情する余地など、はなから存在しないわ。


 私はヴァルケンの今の姿を見て、少しだけ胸のすく思いを自覚していた。


 ユージンを脅迫材料に利用した報いだ、と。


 ◇


 やがて、ユージンの合図と共に、部屋の外で控えていた衛兵が応接室内に入ってくる。

 

「な、何だ貴様ら!?」


 ヴァルケンが後ずさる。


 ユージンは立ち上がり、かつてこの地を治めていた男を、正面から見据える。


「ヴァルケン前総督、あなたを、情報漏洩による襲撃事件の関係者として拘束します」


「なっ——」


 ヴァルケンの顔から、完全に血の気が引いた。


「待て!何かの間違いだ!私を誰だと思っている!」


 衛兵たちは構わず、彼の左右へ回る。


「ラウネル!貴様、私にこんなことをしてただで済むと思っているのか!」


「それを判断するのは、僕ではありませんよ」


「私は帝都にも知己がいる!お前のような若造など——」


 なおも喚き続けるヴァルケンの両腕を、衛兵が掴んだ。


「離せ!離さんか!」


 その姿は、つい先ほどまで、この部屋で自分の統治を誇らしげに語っていた人物とは、とても同じには見えなかった。


 やがて声は廊下の奥へ遠ざかっていく。

 扉が閉まり、応接室に静寂が戻った。


 ユージンは、その扉をしばらく見つめていた。

 私はガラス越しに、その横顔を見る。



 危なっかしいところは、まだいくらでもある。

 知らないことだって多い。


 それでも。


 ヴァルケンを前にして、自分で彼の言葉を受け止め、整理した。

 自分の言葉で追い詰め、最後には総督として決断した。


 私は事前に相談、助言はしたものの、この場では何もしていない。

 ただ、見ていただけ。


 わが子の成長を実際に見て、改めて私は実感する。

 親として、これに勝る幸せはない、と。

 

 私は、湧き上がってくる喜びの感情に、しばし身を委ねるのだった。

 

 ◇


 ——そして。


 応接室にはもう一人。

 ヴァルケンと共に来訪した男が、まだ残っている。


 その男、ガルヴィスもまた無言のまま、ヴァルケンが出て行った扉を見つめていた。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


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