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前世の息子に婚約破棄されたので、母として守ることにしました。~元冷血女王、過保護に支えていたら、息子がいつの間にか帝国一の凄腕領主と呼ばれるようになりました~  作者: 森下ヱンジン
第二章 リオーネ編Ⅱ 領都スラム奪還

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58/60

第58話 得意顔、からの。

本日の更新です。


「顔を合わせるのは交代式以来だな」

 

「そうですね。ヴァルケン様もお元気そうで」


 総督府内の応接室で、胸を反らしながらソファに腰掛けるヴァルケンの言葉に、ユージンは笑顔で受け応える。


 前総督であるヴァルケンが、ある人物を紹介したいと総督府を訪れた。

 

 先触れも出さず、いきなりの居丈高な態度での訪問。

 予想していたとは言え、私は彼の態度に思わず苦笑する。


 「……ところで、今日は君の婚約者はいないのだな」


 ヴァルケンは、挙動不審に周りを見回し始めた。

 

 「——ええ。いつも彼女が一緒では、どちらが総督か分からなくなってしまいますからね」


 「そうか!いや、私も全く同感だよ。やはり政(まつりごと)を女に任せるなど、男の名が廃るというものだ。君も気づくのが遅きに失したきらいはあるが、まあよい」


 ユージンの言葉に対し、急に上機嫌になるヴァルケン。

 対するユージンは笑顔を崩さない。


 ……ユージン、こめかみがピクピク動いてるわよ。

 

 今回私は同席せず、ユージン一人で対応している。

 これは、ヴァルケンが来たと聞いた私からの提案だった。

 

 私は以前、彼に恫喝めいた言葉を投げ、萎縮させてしまった経緯がある。

 その一方で、あのやろうはユージンを明らかに下に見ている。


 この状況なら、彼の本音や失言を引き出せる良い機会になると思ったのだ。

 そして、ユージンの独り立ちを促すためにも。

 

 ユージンは若干顔がこわばりつつも、快く賛成してくれた。


 ◇

  

 私はエルミナと、隣の部屋で待機している。


 二つの部屋を隔てる壁の一部に、目立たない大きさの特殊なガラスを取り付けてある。


 応接室側からは鏡にしか見えないが、こちら側からは室内の様子が透けて見える。

 さらに、向こうの声はこちらまで届く一方で、こちらの音は向こうへ漏れない仕組みになっている。


 つまり、応接室で交わされるやり取りを、相手に悟られることなく確認できるのだ。

 

 いくらアレク殿下からの勅命があったとしても、来訪者の中には、私の同席を拒む者もいるだろう。

 そんな時にどうしたものかと考える私に、エルミナが提案してくれた仕掛けだった。


 後でユージンから話を聞けばいい事ではあるのだけれど。

 でもやっぱり、直接やりとりを見て判断したい時もある。

 

 過保護と言われても、この気持ちは抑えることができなかった。


 ——まあ、それでも今回は特例ということで。

 普段から使う気はないけどね。


 

 ガラスは目立たないよう、鏡台として他の調度品に紛れ込ませてある。

 この改装、前総督であるヴァルケンなら、何らかの違和感をもつ可能性も考えていた。

 

 ——しかしユージンの態度に上機嫌の彼は、これに目を向けることなく、滑らかに言葉を続けていた。


 ◇

  

 「どうだね、リオーネ地方の統治は。苦労しているのではないか?」


 「そうですね。前総督であるヴァルケン様の苦労が忍ばれます」 

 

 「そうだろう!やはり若ぞ……ああ、経験の浅い者にこの地の統治などできようはずもない」


 彼はいかにもご満悦と言った様子で応える。

 

 「そこでだ。君にとって大変役に立つ人物を紹介しようと思ったのだよ」


 ヴァルケンはそう言うと、脇に居る男性を見やる。


 「彼の名はガルヴィス。スラムの治安を守る黒縄会の代表をしておる」


 その視線に気づいた男性は、立ち上がり頭を下げる。

 

 「ガルヴィスです。領都セレスティア内にある、スラムの自治を取り仕切っております」


 眼鏡をかけた優男風の彼は、その立場に不釣り合いなほど物腰のやわらかい態度で名乗った。


「元々スラムでは、長年にわたりフェルムが自治を担っていました。しかしここ最近、あの組織の影響力は目に見えて衰え、スラムの秩序を任せるには不十分であるとの声が多く上がってます。そこで僭越ながら、私どもが彼らに代わり、スラム内での治安維持に努めている次第です」


 ガルヴィスと名乗る男は、まるで事前に準備していたかのような説明を流れるように語る。


「——聞く所によると、黒縄会の幹部は元フェルムの団員らしいね」


 ユージンの質問に、ガルヴィスはここぞとばかりに応える。


「仰る通りです。初代団長——アルドリック様の頃は良かったのですが、現在の団長に代わってから状況が一変しまして」


「なるほど。それはどのように?」

 

「住民からの過度な搾取や、領内を通る旅人たちへの襲撃が止まりません。お痛ましいことに、総督様もご自身でご体験されたと聞き及んでおります。現団長、マルティナはフェルム当初の理念を忘れ、自分の利益だけを追うような人物です」


 ガルヴィスの言葉は止まらない。


「そのような行為に対し、私たちは声を上げたのですが、彼女は聞く耳を持たず……。結果、追い出されるようにフェルムを去るという結果になってしまいました」


 ガルヴィスは一気に説明をした後、一呼吸おいてヴァルケンに視線をむける。


「彼の言う通りだよ、ラウネル総督」


 視線を受けたヴァルケンが、したり顔で頷く。


「かつてフェルムも激しい抵抗運動をしていた時代があったようだが、私がここに赴任した頃は大人しいものだった。私の統治に恐れを成したのだろう」


 得意げに話すヴァルケンは、急に神妙な表情を浮かべる。

 

 「しかしある時、ガルヴィスから秘密裏に相談を受けてな。そこでフェルムの現状を聞いたのだよ」

 

 前のめりに話す彼は、そう言うとソファに身体を預ける。


「何しろこのリオーネの地は広く、未開の地が多い。慢性的な人員不足の中、スラムの警備などを行う余裕は無かった」


「それで、黒縄会に、ですか?」


「そうだ。ガルヴィスらはフェルムに対し並々ならぬ対抗意識がある。彼らフェルム離脱組を中心に黒縄会を立ち上げ、フェルムに代わってスラムの治安を任せたのだ。——おかげで、総督府の人員を他の地域に回すことができた」


 自らの功績を語るように、ヴァルケンは改めて胸を張る。


 ……なるほどね。


 こうして、対外的には有効な手立てとして喧伝していた訳か。

 この話だけ聞いていたら、そのまま信じても不思議では無い。


 ヴァルケンが、黒縄会から賄賂を受け取っている疑惑があることを知らなければ、ね。

 


「もちろん、黒縄会とて元はフェルムの構成員だ。多少荒っぽいところもあるだろう。だが、何より大切なのは秩序だ。腐りきって本分を忘れた組織より、実際に治安を維持できる者を使う方が余程民衆どものためになると思うのだよ」


 鏡越しに見るヴァルケンの表情には、一片の迷いも見られない。

 その隣で、ガルヴィスも静かに頷いた。


「私どもとしても、スラムの秩序を守る事が第一と考えております」


「それで、だ」


 ヴァルケンは再び身を乗り出し、ユージンへ笑みを向ける。


「君がフェルムを明確な敵対組織に定めたと耳にしてな。ならば、彼らを紹介しておくべきだと思ったのだよ」


「僕が、フェルムを?」


「——何だ、違うのかね?」


 訝しそうな表情のヴァルケンに対し、ユージンは僅かに目を細めたものの、すぐに表情を戻した。


「いえ。話の腰を折ってしまいました。失礼、続けて下さい」


 ユージンの雰囲気に何かを感じたのか、ヴァルケンの表情から笑みが消える。


「黒縄会の件については、君への引き継ぎをしていないと思ってな。当然、何の説明も無く彼らが接触を図れば、君も警戒するだろう。だから私が間に入ったという訳だ」


 

 ……何で、引き継ぎが、できなかっ、っったんで、しょうか、ねえ!?



 ——確かに、私の態度も問題だったわよ。

 だけど、前総督のすべきことを完全放棄したのは貴方でしょうに!


 よくもまあ、ここまで自分に都合の良い解釈をできるものだ。

 逆に感心するわ。

 


 それはそれとして。


 私たちが商人に扮して鍛冶屋で流した噂話は、狙い通り黒縄会まで届いたようね。

 

 そして彼らは、ヴァルケンという紹介者を用意した。

 

 黒縄会は、前総督からのお墨付きを得た、スラムの治安維持組織。

 その立場でユージンに取り入り、フェルムに対抗する存在として認めさせるつもりだろう。


「ガルヴィスは優秀な男だ。フェルムを壊滅させるというのであれば、どのような協力でも惜しまんぞ」


 ヴァルケンの言葉を受け、ガルヴィスは深く頭を下げる。


「もちろんです。現在、こちらで警備隊長を務めていらっしゃるアルドリック様は、私にとって今でも尊敬するお方。その下で、この地のために働けるのであれば願ってもないことです」


 一貫した、澱みの無い口調。

 きっと、何度も練習したのでしょうね。


 私は隣に居るエルミナを見る。


 彼女も同じ事を考えているのだろう。

 半ば呆れ、もう半分は感心するような表情を浮かべていた。

 

 この、事実を知るものには喜劇としか思えない筋書き。

 そろそろ幕切れにしないと。



「なるほど。お二人の意見はよく分かりました」

 

 ユージンが表情を変えぬままそう告げると、一度だけゆっくりと頷く。


「確かに、僕もフェルムについて調査しているのは確かです」


 その言葉に。


 ガルヴィスとヴァルケン。

 両者が顔を見合わせながら、お互い口元に僅かな笑みが浮かんだ。


 ——ふたりとも、ユージンが自分の話を信じたのだと思ったのだろう。


 「ただ、その過程で、フェルムの関係者から話を聞く機会を設けていたのですよ」


 ユージンの反撃が、静かに始まった。

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