第55話 変身、アルドリック。
「……場所自体が、一見さんお断りみたいな所っすね」
エルミナの言葉に私は頷く。
——雑多に立ち並ぶバラック小屋に遮られ、陽の光が殆ど入り込まないスラムの奥深く。
行商人に扮した私たち三人は、エルミナの案内に従って進んでいく。
やがて、目的地である鍛冶屋の前にたどり着いた。
仕事柄、大きな音を出すためだろうか。
その場所は、居住区とは少し離れた場所にひっそりと佇んでいた。
ふとアルドリックに視線を移した私は、つい思い出し笑いをしてしまう。
「……?」
アルドリックが私に視線を移す。
その表情は、憮然というにふさわしい。
「ごめんなさい。真面目にやるわね」
私は彼に謝りつつ、ここに来る前に総督府であった出来事を思い出していた。
◇
「……見事なものね」
思わず、言葉が漏れた。
目の前には、釈然としない表情のアルドリックが立っている。
私のお願いを聞いてくれたエルミナの手腕により、彼を悪目立ちさせないよう、市井の人へと外見の印象を変えることになった。
無造作な長髪は理髪師によってバッサリと切られ、自然な感じで流すような髪型にされている。
整えられていなかった無精髭は、きれいに剃られていた。
「……普通、変装の時って付け髭とかするものじゃないの?」
私の問いに、エルミナが得意げに応える。
「普通はそうなんすけど、隊長の場合今までが変なヒゲ面だったから、さっぱりした方が却って印象が変わると思ったんすよ」
「変なヒゲ面……」
アルドリックが何やらつぶやいている。
なるほどね。
確かに、アルドリックの無精髭は顔の下半分を覆うようだったから。
この方が本人とはバレにくいかもしれない。
そして、エルミナは服装にも工夫をこらしている。
黒で統一された警備隊の制服ではなく、茶を基調とした旅商人風の装いは、上質ながらも華美過ぎない。
淡い色のシャツの上に丈の短い上衣を重ね、更に外套を羽織っている。
外套の中には、護衛としていつでも抜ける位置に剣を忍ばせることができる。
一見すると、拠点を持たない商会の長、もしくは番頭といったところだろうか。
ただ、私を一番驚かせたのはその風貌だ。
今世で再会した時は印象の変わりように驚いたが、特段その見た目について意識していなかった。
だけど、こうしてこざっぱりした格好になると、若かりし色男がそのまま成長したような渋い男性になっている。
——これは、別の意味で注目されちゃうかもしれないわね。
そんな私の懸念を尻目に、エルミナが率直な意見を述べる。
「ほら、やっぱりいけるっすよ。これでやっと、目つきの悪いイケオジ商人くらいにはマイルドになったっす」
「……それはどういう意味だ」
低い声で問い返すアルドリックにも彼女は物怖じしない。
「それ。その威圧感がハンパなかったんすよ。隊長はその辺に立っているだけで『職務質問する側』の空気が出過ぎっす」
「職務質問……?」
「——確かにあなたの立場上仕方ないのだろうけど、私たちに同行するときに消せる?それ」
私の言葉に、アルドリックはわずかに眉間を寄せた。
「俺は自然に振る舞っているつもりですが」
「……」
どうやら本人には本気で自覚がないらしい。
やれやれと思っていると、エルミナが得意げに胸を張る。
「というわけで、今回は私たち三人、表向きは拠点を持たない新興の商会という設定で行くっす。アリシア様は若き商会長。私はその侍女兼使い走り。アルドリック隊長はアリシア様の忠実な部下って所っすね」
「商会長ならアルドリックの方が似合うんじゃない?」
「その設定だとアリシア様の立場が難しくなるっすよ」
「あ、そうか……。じゃあ、私はアルドリックの妻とか」
「……ずいぶんと若い奥方っすね。普通は娘とかになりそうなもんですけど」
言われてみれば、今の私はアルドリックの子どもと言えるくらい年齢が離れているんだ。
セレナの感覚で考えちゃった。
……。
セレナの感覚?
自分で思ったことに疑問を感じていると、アルドリックが反対の声を上げる。
「偽りだとしても、俺と夫婦になるなんてユージン様に面目が立ちません」
「隊長の言うとおりっすよ。それに、その設定だと隊長が交渉役になってしまうっす」
続くエルミナの言葉に私は頷く。
まあ、ユージンの方は問題ないとしても、婚約者としての外聞を考えれば二人の言う通りか。
それに、アルドリックはなるべく他の人の前に出ない方が良いし。
「——見た目だけなら大商会の長でも良いくらいの雰囲気なんだけどね、アルドリック」
「……ご冗談を」
いや、けっこう本気で思ったんだけど。
その落ち着きのある整った風貌と、かつてのあなたの話術なら、本気で商売人でも成功しそうだわ。
「エルミナからも言われたとおり、威圧感を和らげるよう意識して欲しい所ね」
「気をつけます。ですが……」
「何か不満?」
「いえ。どうすれば良いのかと考えてまして」
「まずはその目つきをどうにかするっす」
アルドリックの困惑したような質問に、エルミナが指摘する。
「目つき……」
アルドリックは、少しずつ目の周りを動かし始める。
眉間と目尻を不器用に震わせるような動き。
……恐らく、恐らくなんだけど、彼は意識的に笑顔を作ろうとしてる気がする。
何度も繰り返すその仕草に、私は思わず顔を背ける。
「アリシア様」
「ご、ごめんなさい。……笑ってないわよ」
「声が震えています」
「笑ってないってば。ちょっと……表情筋が反応しただけよ」
「それを笑っていると言うのでは?」
真顔で問い詰めてくるアルドリックに、今度はエルミナが吹き出した。
「だめっす、隊長。その動きは面白すぎる。もっとこう、商人っぽくしてください」
「商人っぽく、とは」
「揉み手とか?」
「やらん」
即答だった。
私はこみ上げてくる笑いの衝動を咳払いでごまかしつつ、彼に告げる。
「とにかく、目立たないことを最優先にしたいの。相手があなただと分かったら計画がダメになっちゃうでしょ」
私の言葉に、アルドリックの表情が少しだけ硬くなる。
「承知しました。では、俺はあくまで護衛として控えます」
彼の言葉に頷くと、ふいにエルミナが陽気な声で宣言する。
「それじゃあ作戦開始っすね。名づけて、アルドリック隊長、地味キャラ計画ー」
「その名はやめてくれないか」
「じゃあアルドリック隊長、目つきの悪いイケオジさん計画ー」
「悪化しているじゃないか」
流れるように返すアルドリック。
そのやり取りを見て、私はとうとう堪えきれず声を上げて笑ってしまった。
――こうして私たちは、妙に不機嫌な部下を連れた行商人の一行として、スラムの奥にある鍛冶屋へ向かうことになったのだった。
◇
「それでは皆、打ち合わせ通りにお願い」
私の囁くような言葉に二人が頷く。
そして、鍛冶屋のドアに手をかけようとした瞬間、エルミナがそっと私の手に自分の手を添えた。
「ここは、私の後に」
——確かに、この場合はそうよね。
「エルミナ、お願い」
私の言葉に反応するように、彼女はドアを開ける。
そこで私たちを出迎えたのは……。




