第52話 民と総督府をつなぐものたち。
本日の更新です。
「……アリシア様。それは、どういう意味でしょうか」
「もちろん団長として復帰しろと言うつもりはないわ。もっと広い意味での話よ。マルティナ団長と総督、双方の意向を確認した上で、だけど」
私が視線をマルティナへとむけると、彼女は静かに私を見つめている。
その瞳にわずかな期待を宿らせながら。
私は彼女に微笑むと、アルドリックに視線を戻す。
「あなたに、フェルムと総督府を繋いでもらいたい。領内の警備と復興支援を、総督府の別働隊としてフェルムに担ってもらう。その調整役をお願いしたいの」
「総督府とフェルムを繋ぐ……」
アルドリックが呟いた。
「これなら、アルドリックは警備隊長としての立場を保ったまま、フェルムに影響力を持てる。マルティナ団長達は、理念を守りつつ総督府の後ろ盾を得られる。スラムをはじめとした領内の復興は、総督府とフェルムの共通目的でしょう?」
「……つまり、私達を飼うってことかい?」
マルティナは腕を組み、じっと私を見る。
「それは違うわ」
私は即座に否定した。
「従わせたいのではなく、力を借りたいの。総督府の警備隊や地方に派遣された帝国兵だけでは、この地のすべてには手が届かない。残念だけど、これは現状が証明しているわ」
「……」
私の言葉に、彼女は黙り込む。
そこへ。
「――僕としては、是非お願いしたい」
ユージンがマルティナへ顔を向ける。
「この地を立て直すには、あなた達の知見と協力が必要だ。総督として、正式に頼みたい」
彼女は一瞬思案の表情を見せた後、ぽつりと呟く。
「……試すような物言いをしちまったな。悪かった」
そういうと彼女は、ユージンに頭を下げる。
「ヴァルケンを始め今までの総督どもは、私達をどう都合よく使い、押さえ込むか。こっちの都合など気にもとめない、そんな奴らばかりだったんだ」
顔を上げたマルティナが続ける。
「アルドリックが総督府との仲介をしてくれるなら、仲間たちへの説明もしやすい。――今でもこの人を慕う者は多いからな」
マルティナの言葉に、リナがやわらかな笑みを浮かべながら補足する。
「いっつもお姉ちゃんが一番怒ってるもんね。あまりにもその態度が激しすぎて、周りの人たちみーんなアルドリックさんを庇っちゃうくらい」
「お、おい、リナ。余計なことを――」
リナは仕方ないなあ、とばかりに続ける。
「アルドリックさんの評判を下げないように、皆の前ではあえて極端な態度を取っているんでしょ?」
「……」
リナの言葉に、マルティナは渋い顔で絶句する。
アルドリックを見やると、虚を突かれたような表情で彼女を眺めていた。
「——ただし、条件がある!」
沈黙を誤魔化すようにマルティナは声を上げ、再び場が引き締まる。
彼女はユージンへ、気持ち低めの声で囁くように話す。
「……リナを悲しませることだけはしないでくれよ」
「お姉ちゃん!?」
マルティナの言葉に、リナは声を上げつつ彼女とユージンを何度も見返す。
その頬を、ほんのりと赤くしながら。
「――もちろんだよ。リナはもちろん、この地へ住む人たちに喜んでもらえるよう精一杯のことをするつもりだ」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
「あのっ、ユージン様!」
リナは立ち上がり、一度だけ深呼吸をした後、ユージンへ深々と頭を下げる。
「――このたびは私たちへのご配慮、本当にありがとうございます。どうかこのスラムを、いえ、リオーネの皆を平安へとお導きください」
そして、正面からユージンを見据える。
あの深呼吸で気持ちを切り替えたのだろう。
凜とした表情で見つめるリナを前にしたユージンは、姿勢を正す。
彼の所作に私は、為政者の佇まいの片鱗を見た。
「ああ、承知した。――ただ、君からの協力も期待してるよ、リナ。一緒にこの地を良くしていこう」
「はい!よろしくお願いします!」
ユージンの言葉に、こぼれるような笑顔でリナは応えた。
――ほんと、良い子ね。
ふと、私は妹のセリーヌを思い出す。
ケンカ別れのようになってしまったけど、どうしているかな。
……って、私が心配しなくても、今頃親子三人で仲良くしているか。
そう考えて流そうとしたのに、最後に見たあの子の表情が、妙に頭から離れなかった。
◇
そして最後に、皆の視線はアルドリックへ集まった。
彼は少しだけ目を伏せる。
その沈黙は、迷いというよりも、与えられたものの重みを測っているように見えた。
やがて彼は顔を上げ、私へ向かって一礼する。
「アリシア様のご判断に感謝します。……謹んで承ります」
その言葉を聞いた瞬間、マルティナが小さく息を吐いた。
これでフェルムは、アルドリックを介して総督府と結びつくことになった。
私の推測通り、クロイツ達がフェルムの弱体化、ひいては解体を望んでいるのなら、この状況を見過ごすことはないはずだ。
とはいえ、彼らの影響力を考えると、事は慎重に運んだ方がよい。
今回の私たちの判断で、彼らがどう出るか。
それによって、氷冠聖会との今後の関係が決まる。
状況が動くのは間違いない。
それがどんな形であれ、私はユージンが胸を張ってこの地を治められるよう支えていきたい。
それが、ユージンの母である私が決めた生き方だから。
続きます。




