第51話 彼女の矛盾と望まぬ勝ち筋。
本日の更新です。
二人を眺めながらこみ上がってくる想いを、私はそっと押し込める。
感傷に浸るのはここまでにしよう。
――少なくとも半年前に、既に私たちはここに来ることが決まっていた。
実際は、もっと前からアレク殿下の中では考えられていたのでしょうね。
もちろん、私やユージンが断れないよう準備を整えて。
殿下は、どれほど前からこのシナリオを描いていたのか。
アルドリックの過去や立場についてどこまで把握している?
ヴァルケンの行動は黙認していた?
彼について考えるほど、その深さの底が見えなくなる。
……あまり気分のいいものではないわね。
◇
「アルドリック、一つ質問があるんだけど」
私が殿下について思考を巡らせている間に、ユージンはアルドリックに問いかけていた。
「――あなたは、誰が母上を裏切ったのか知っているの?」
ユージンの問いかけに、アルドリックは一瞬口を開きかけたが、すぐにその口を閉じる。
「……俺がたどり着いた結論は、あくまで想像に過ぎません。不確かなままお伝えするのは、あまりに恐れ多い」
――そう。
アルドリックも知ったのね。
あの時のこと。
なら、彼の口からユージンに話すことはできないだろう。
「あの時何が起こったか。――ユージン様。王の子として、あなたご自身でお確かめください。この地を治めていれば、いずれ手がかりは掴めるかと存じます」
「——それが、母上という王の生き様を知ることに繋がるのなら、是非もないよ」
ユージンの言葉にアルドリックは頷く。
アルドリックは、セレナを理解しきれなかった自分を許せないのだろう。
だから今でも、罪を背負ったまま生きている。
セレナ・リオーネという王に何があったのか。
ユージンに、それを知ってもらう。
それに協力することが、あなたの選ぶ道なのね。
そして、それは同時にもう一人についても知ることになる。
その名は、ルシアン・ヴァルディエール。
ユージンの父であり、セレナの私の夫だった人。
彼もまた、ユージンに多大な影響を及ぼした重要な人物。
生きていれば、どこかで出会うかもしれない。
——その時、私は平静でいられるだろうか?
◇
二人の会話を聞きながら、私は前世に想いを馳せる。
今の私にとって、セレナ・リオーネの時代は後悔しかないはずだった。
ユージンにだけは見せたくない私自身の過ちと負い目。
その気持ちに嘘はない。
だけど。
それでも、確かに胸の奥が高揚している自分がいる。
あなたの母親の生き方を、知って欲しいと願う気持ちがある。
それがあなたにとって、辛い思いをさせる結果になるとしても。
私が、ユージンを利用しているのだとしても。
それでもいつか、知っていてもらえたらと思う。
この矛盾した想いが、いつか一つになる日がくるのだろうか。
……我ながら、面倒くさい人間だ。
本当に、厄介な王に仕えてしまったわね。
アル。
でも、謝罪はしないわ。
このどうしようもなく愚直な忠臣は、私にそんな態度を求めないだろうから。
◇
私は改めて現状を思い返す。
アレク殿下がどの程度関与してるか、という点については情報が少なすぎる。
だから、ひとまず今分かっていることを整理しよう。
ヴァルケンがアルドリックを半ば脅すように取り込んだ。
同時に、スラムへの介入を禁じたのだろう。
これは、単にヴァルケンの賄賂隠しだけとは考えにくい。
フェルムの象徴とも言えるアルドリックを引き抜けば、組織の求心力は確実に落ちる。
ましてやその先が、敵対している総督府側なのだ。
当然、現在の総督府、フェルム、氷冠聖会の均衡が崩れるのは必至だろう。
やっぱり、そこまで計算に入れていると考えるのが自然ね。
けれど、ヴァルケンに一人でそんな絵を描けるほどの器量があるとも思えない。
さっきマルティナが話していたスラムの現状といい、何者かの意図が絡んでいると見るべきだわ。
それに、私たちを襲った集団が持っていた、フェルムの団員を表す金属の札の存在。
未だその疑惑は晴れていない。
——この流れが進むことで損をするのはフェルムだけよね。
総督府は帝国領の自治という意味でフェルムの弱体化は歓迎する立場だ。
総督府に対し、氷冠聖会は表向きにせよ融和的なのだから、少なくとも帝室への言い訳は立つ。
フェルムという明確な敵対組織を弱体化させた、と。
そして氷冠聖会は、ユージンを自分たちの元へ取り込むことに集中できる。
この状態、誰が一番得をするのだろう。
——と、そこまで考えたところで、嫌な可能性に気づいてしまった。
これって第三者から見たら、私とユージンもまた得してるように見えるんじゃないかしら。
というか、今の総督はユージンなんだから、総督府と私たちの得が一致するのは当然か。
フェルムは弱体化し、氷冠聖会はユージンの立ち回り次第で抑え込める。
その結果、晴れてリオーネの地は平定されたと殿下に報告できる。
……でも、私とユージンは、そんな形での解決なんか望んでいない。
それは、この地に住む人たちの意思を置き去りにした解決策に過ぎないのだから。
もし、意図的にこの状況が作り上げられたとするなら。
そう考えた私は、一人の男の姿を思い浮かべる。
——氷冠聖会司教、エヴァルド・クロイツ。
ユージンを自勢力へ取り込もうとし、総督府の内情にも通じている。
さらにマルティナは、黒縄会の背後に別の組織がいるのではないかと疑っていた。
もし彼や、彼の所属する組織がこの状況を裏で描いているとしたら。
その動機や、リオーネ領内に及ぼす影響力を考えると——。
私はソファーから立ち上がり、一人一人を見渡す。
「一つ、皆さまに提案があるのですが」
皆の視線が私に向いた所で、アルドリックに伝える。
「アルドリック。――もう一度フェルムを率いる気はない?」
私の言葉にマルティナが息を呑み、アルドリックの表情が強張った。
何かの思惑が裏で動いている。
アリシアは気づいたようです。




