第49話 セレナの守りたかったもの。
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アルドリックの言葉が、私の胸を苛む。
これは、王の責務を放棄したセレナの私に対する、彼からの告発なのだ。
もちろんアルドリックにそのような含みはないだろう。
彼はただひたすらに、自分自身を責めているだけだ。
だから、セレナの罪は、今も私の中にある。
ユージンだけではない。
アルドリックもまた、セレナの私の犠牲者といえる。
きっと、他にも無数にいるのだろうな。
私の中のセレナは自嘲しかけるが、その思いを私は押しとどめる。
過去から逃げてはいけない。
これは、私が向き合わなければいけない事実。
たとえ転生して、別人になったとしても。
今さらセレナとして何もできないとしても。
アリシアとして、できることはある。
——そう感じた瞬間、突然今まで感じたことの無い悪寒が背中を流れていった。
……ユージンを通して、私は過去を贖おうとしているのではないか。
私は前世を思い出してからずっと、ユージンを守りたいという願いが本心であり、それが母性だと疑念を抱かなかった。
でも今、気づいてしまった。
ユージンを一人前の領主にすることで、私がセレナとして果たせなかった責務を、この子を通じてやり直したいと願っている。
私は、自分のためにユージンを利用しているのだ。
◇
アルドリックの告白に、ユージンはしばし押し黙ったあと、ゆっくりと問いかける。
「……王国が滅亡して、母上の事実を知って、それでアルドリックはどうしたの?」
「――残ったのは、憎しみだけでした」
アルドリックは顔を上げる。
その声は、ひどく静かなものだった。
「セレナ様を陥れた者への憤り。祖国を滅ぼした帝国への恨み。そして何より、それらを阻止できなかった自分自身への耐えがたい憎悪。……ただ、それだけでした」
彼の言葉に、誰も言葉を挟まない。
「――以来、俺はすべての肩書きを捨て、半ば隠者のような生活をしていました。あの方以外に仕える気はない。ましてや、帝国の一員になど」
アルドリックは、ここで大きく息を吐く。
「……そのまま、生涯を終えようと思ったのです」
その言葉の重みを、私は噛みしめる。
「――帝国がこの地で圧政を敷いていることは、分かっていました」
呟くような、アルドリックの声が続く。
「最初は、放っておこうと決めていました。セレナ様を王として認めなかった者への報いだとすら、思ったのです」
マルティナの眉が、かすかに動いた。
そのまま、彼の続く言葉を待っている。
「だが、時が経つにつれ総督府の横暴さは酷くなっていく。――気がつけば剣を取り、民と共に抵抗する自分がいました」
アルドリックは、そこで一度言葉を切った。
「……この地は、セレナ様が文字通り命がけで守ろうとした場所。ならば、苦難を強いられている民を助けることこそ、あの方の本意なのではないか。そう思うことで、自分の中に折り合いを付けたのです」
彼の言葉に、温かな安堵感が私の心を満たしていく。
――やっぱり、あなたは選んでくれていたのね。
他者が祀る偶像としてのセレナではなく、セレナの私が守りたかった、リオーネの民たちを。
アルドリックの中には、素朴で強靱な善性がある。
世の全てを憎んでいたとしても、理不尽にさらされる者を見捨てられない。
その性分を彼自身が受け入れるために、セレナの本意という理由が必要だったのだろう。
「帝国に抵抗する者たちは、戦いにおいては素人です。彼らを指揮しているうち、いつのまにか俺がフェルムの団長になっていました。――その後の経緯は、マルティナが語った通りです」
アルドリックは、セレナ亡き後の空白を語り終えると、少しだけ視線を落とした。
そして、再びユージンへ向き直る。
「――そんな時です。フェルムの懐柔が目的だったのか真意は分かりませんが、ラウネル男爵が一度、幼いあなたを連れて俺を訪ねて来たのです。セレナ様の御子が生きていらっしゃることを知ったあの時は、胸が詰まる思いでした」
アルドリックの語りかけに、静かな目線でユージンは頷いた。
「……僕は男爵からリオーネ領に連れていくと言われて、酷く緊張したのを覚えてるよ。リオーネ王国が未だ存在していた時代から現在に至るまで、最も長くザイフェルト帝国を苦しめている男に会うぞって言われたんだ」
「――何かを成し遂げた訳ではありません。ただ、往生際が悪いだけです」
アルドリックが発する自虐とも謙遜とも付かぬ言葉に、ユージンは一瞬眩しそうに目を細めた。
◇
「……そのまま月日は流れ、つい半年ほど前のことです」
そして、アルドリックの表情が険しくなる。
ユージンの疑問。
なぜ、フェルムを。そして彼女たちを裏切ったのか。
その理由を聞いたとき、私たちは言葉を失うことになる。
アルドリックの選択と、アリシアの想いが重なりました。
次回、過去から現在へ。




