第48話 右腕の贖い
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「……それは、アルドリックが処刑執行人になったってこと?」
ユージンの言葉に、彼は唇を震わせながら頷く。
その表情を、私は微かに覚えている。
処刑台で、あなたが斧を持ちながら嗚咽を漏らしていた瞬間。
あの時と、同じ。
「……セレナ様は、俺のことを『自分の右腕』と評してくださいました。だから、俺は処刑の執行人に手を挙げたのです。あの方の右腕として、最期まで傍らで寄り添うために。――そして俺は、他の誰かが、あの方に手をかけることを許せなかった」
アルドリックは、自分の両手を胸の位置に掲げる。
そして、しばらくの間、その両方の手の平をを見つめ続ける。
まるで、そこに何かが宿っているかのように。
——やがて拳を握りしめ、天井を見上げながら目を閉じる。
懺悔と、何かを慈しむかのような、仕草。
「だが、俺は間違えていた」
彼はユージンに視線を向ける。
「この地が帝国に併合された後も、俺は独自に調査を続けていました。そして、知ったのです。セレナ様が王国を裏切ったのではない。王国という存在そのものがセレナ様を裏切ったのだと!」
応接室に、重い沈黙が流れる。
「……俺は、取り返しの付かないことをした」
アルドリックはその言葉を皮切りに、やがてゆっくりと当時について語り始めた。
「――公式には、帝国に滅ぼされると悟ったセレナ様が、自ら帝国の侵入を手引きしたことになってます。……王が、自分の命を惜しんだが為に、と」
アルドリックの声は掠れている。
それでも、ユージンを見つめながら静かに続ける。
「しかし、あのセレナ王がそんな選択をすることは、絶対にあり得ないんだ。だから、これは何かの陰謀に違いないと確信したのです」
『絶対にあり得ない』
アルドリック、あなたは。
あなただけは、そう思ってくれてたのね。
――でも。
「……何故、絶対にあり得ないと言い切れるの?当時は、氷血女王が無様に屈したとの意見が大勢だった。――そう、聞いてるけど」
私が問いかけると、彼は視線を私に移す。
その声は徐々に熱を帯びていく。
「セレナ様は、何よりも王であることを選んだのです。その覚悟の瞬間を、俺はあの方の一番近くで見た。本当は、もっと大切にしたいものがあったはずなのに……」
私がアルドリックの言葉を胸の内で受け止めていると、彼はユージンに向き直る。
「俺は、独房へと軟禁されているセレナ様に、自ら潔白を訴えて下さるよう何度もお願いに上がりました。そうすれば執行までの猶予が生まれる。その間に、なんとしても無実の証拠を揃えようと思ったのです」
「……それで、母上は何と?」
ユージンの問いかけに、それまで熱く語っていたアルドリックの表情が変わり、声のトーンが落ちる。
「『もう良いのだ、アル』——俺が訪ねるたびにそう仰せられ、それ以上を語ることはありませんでした」
そう、セレナの私は何も弁明しなかった。
ユージンを見捨てたその日から、王でいることだけが私の生きる理由だった。
だが、セレナの私は貶められた。
王として、母として失格の烙印を押された私は、これ以上生き延びる意味を見いだせなかったのだ。
「そして、俺は決定的な証拠を掴むことができなかった。処刑までの時間は、あまりにも短すぎたのです」
吐き捨てるように、アルドリックは声を落とす。
「……セレナ様を強引にでも連れ出し、別の土地へ逃れ、王朝の再建を果たすことだって不可能ではなかった。しかし――」
アルドリックは、そこまで覚悟していたのね。
逆賊としての汚名を受けたとしても、セレナを救い出すために。
「日に日に増していくセレナ様を悪とする世論。肝心な所で横やりや妨害の入る調査。……俺は自分の無力さに打ちのめされていた。そして何より、この件について何も語らないセレナ様を前に、こう思ってしまったのです」
誰も口を開かず、静寂が尚も続く中、アルドリックの声だけがこだまする。
「……もしやこのお方は、ここで最期を迎えられることをお望みなのではないか。だとすれば、俺の行いはセレナ様のご意志に背くことになっている、と。——そして、俺はそれ以上自ら考えることを拒否してしまったのです」
やがて、アルドリックは微かに顔を歪めながらユージンに頭を下げる。
「その結果、あの方を冤罪によってこの手で――」
彼は、自嘲を含む歪んだ笑顔を見せる。
「ユージン様。これが俺の、あがないようのない罪です」
アルドリックの孤独な戦いです。




