第46話 フェルム初代団長。
本日の更新です。
「――フェルムはもともと、リオーネ各地方の自警団たちの集まりなんだ」
リナが泣き止むのを待ってから、マルティナはぽつぽつと口を開き始めた。
「リオーネ王国が滅びた後、帝国からの扱いはそりゃあ酷かった」
「――魔力を持たぬものに対する、帝国に蔓延る差別感情ね」
私の言葉に、彼女は頷く。
「まともな医療体制もなく、治安はそっちのけ。そのうえ酷い重税を課されていた。当然不平の声は上がるが、総督府のヤツらは声を上げた彼らを連行していき、激しい拷問を加え、……結果多くの民がそこで命を落としたんだ」
ここで彼女は一度言葉を止める。
少しだけうつむき、ただ沈黙する。
それは、忘れてはいけない記憶を逃がさない儀式のように。
応接室内に、冷たい沈黙が霧のようにかかっている。
「当時、既に氷冠聖会は存在していたけど、彼らに与する者は少なかった。私達をこんな目に遭わせてる王国を許せなかったからな。なんで、負けたんだって。それを再建させるなんて、正気の沙汰とは思えなかった」
彼女の言葉が、私の心に重くのしかかる。
セレナの私は、弁解のしようもない。
私は隣にいるユージンへと視線を移す。
彼は静かに話を聞きながら、その瞳に冷たい光を宿している。
「その時からだ。自発的にこの地を、自分たちで守ろうって気風ができあがったのは。それを取りまとめて、今のフェルムを立ち上げた一人の男がいた。俺たちは力じゃ勝てない。だから、数で対抗しようって。それが、彼の口癖だった」
――なるほど。
そして、帝国の総督達に反抗し始めた、という訳ね。
「……早くに両親を亡くした私達に、その方は目をかけて下さいました」
マルティナの話に呼応するかように、リナが話し始める。
「私はまだ幼かったのですが、姉は彼から色々なことを学んだそうです。生きる術、戦う術。そして――、人を守る術。当時、姉はいつも嬉しそうに彼の話をしていました」
リナから視線をむけられたマルティナの頬は、微かに紅潮していた。
「最初はみんな、同じ志だった。弱き立場の者たちを、協力して救いあおうって」
照れ隠しのようにマルティナは言葉を続けたが、そこでまた口を閉ざす。
「……それが、続かなかったのね」
私の言葉に、驚いたような表情をするマルティナ。
「っ!……よく分かったな。フェルム内でも、富める者とそうでないものが出てきて、徐々に意見が分かれちまったんだ」
――人の心は移ろうもの。
最初は理念で団結していても、やがて立場の違いや欲望が生まれる。
それが権力争いをもたらし、いつの日か分裂していく。
数多の組織が繰り返してきたことだわ。
「それでも、その男がいた頃はまだ良かった。……そいつは自分の命を顧みず、誰よりも前に立って戦っていたんだ。その姿は、まるで求道者のようだったよ。だから私を含め、多くの団員がその男を慕っていたんだ」
しかし、と彼女は続ける。
「ある日、そいつはフェルムを抜けると言いやがった。理由は言わず、私を、次期団長に指名して」
そう言うと、彼女は投げやりな笑みを浮かべる。
「それからさ。収拾がつかなくなっていったのは。――リナを脅してきた黒縄会の中心メンバーも、元々はここにいた奴らだ。裏は取れてねえが、何やら別の組織をバックにして私らに対抗している節がある。だが、それを抑える力が今の私達、いや、私には無いんだ」
そこで彼女は一度、言葉を止める。
少しだけ逡巡した表情を浮かべた。
「あいつらは瞬く間にこのスラムを席巻していった。住民たちも、今ではフェルムより黒縄会のヤツらの顔色をうかがっている。ここにフェルムの本拠地があるにもかかわらず、だ」
このスラムから、フェルムを追い出そうとしている組織がいる。
これが、フェルムそのものを切り崩すための布石だとしたら。
……一体、誰が。
「ここ、領都セレスティア以外の集落でも、続々とフェルムから団員が抜けている。場所によっては組織の体すら保てないほどにな」
マルティナはここまで捲し立てるように語った後、ゆっくりと俯く。
そして少しの間の後、彼女は静かに呟いた。
「……全て、私の力不足だ。笑ってくれ」
彼女は、私の方へと視線を向ける。
――違う。
マルティナの視線は、私には向けられていない。
「なあ、笑ってくれよ。こんな奴に後を任したのが間違いだって」
マルティナの視線は――私の後方。
「笑えよ!」
応接室に大声が響く。
「初代団長、アルドリック・ヴァルター!!」
このまま次回へと続きます。




