第45話 フェルム団長、マルティナ。
本日の更新です。
「――良くここに顔を出せたものだな、裏切り者が!」
「……済まない」
アルドリックは一言だけ発し、視線を落としたまま静かに頭を下げた。
そのまま動かぬ彼の態度に、女性は少し鼻白んだような表情になる。
年の頃はユージンより少し上くらい。
身長はアルドリックにも迫るほどだ。
そして衣服の上からでも分かる。
鍛えられた肢体。
見た目だけなら、並の戦士を凌駕するだろう。
「本来、俺がここに立ち寄る資格がないのは理解している。俺に対するお前の怒りも承知しているつもりだ」
「知った風な口を聞くな。お前に私の何が分かる!」
「……分かってるさ、マルティナ団長」
アルドリックは小さく息を吐いた。
「お前は、俺の一番弟子だったんだから」
「っ!」
アルドリックの言葉に、マルティナと呼ばれた女性は言葉を詰まらせる。
何か言いたげに、何度も口を開きかける。
「――そんな昔のことは、もう忘れたね」
やがて、少しうつむき加減で呟く彼女。
汗が滲む額に浮かんだ、わずかな皺。
それが、彼女の複雑な胸中を表しているような気がした。
「俺は今日、この方たちの護衛として来ている。話だけでも聞いてほしい」
アルドリックの言葉に、彼女はユージンと私を睨みつけるように凝視する。
「――昨日ここの総督に着任しました、ユージン・ラウネルです。そして彼女は僕の婚約者」
ユージンの言葉に合わせ、私はカーテシーを行う。
「初めまして、マルティナ団長。アリシア・レオニエルと申します。本日はラウネル総督着任のご挨拶ということで、私も同行いたしました」
「……ここへ婚約者を連れてくるなんて、何のつもりだ」
彼女は訝しげな視線で私たちに言い放つ。
「同行は、私から申し出たのです。無益な争いは避け、対話の場を設けたいという思いを身を以て示すために」
「……アンタ、変わってるな。その胆力は嫌いじゃないが、今更お前らと話し合うことはねえよ。帰ってくれ」
話を切り上げようとするマルティナに、ユージンは食い下がる。
「――僕は、総督としてこの土地のことをある程度は調べてきた。でも、それだけじゃダメだった」
マルティナの視線がユージンへと向けられる。
「ここのスラムにしてもそうだ。実際に触れることで、初めて見えるものがあった。僕は今まで、表向きの情報しか知らなかったんだって痛感しているんだ」
ユージンは何かを思い出すかのように、一言一言をしっかりと言葉にする。
「マルティナ団長、あなたからも学びたい。いま、この地で何が起きているのかを。――頼む」
ユージンがマルティナに頭を下げると、こわばった彼女の表情が狼狽えたものに変わっていく。
「お、おい。そんな態度を取ったって――」
と、その時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「ただいまー。あれ?お姉ちゃん。こんな入り口で何してるの?」
私達が振り返ると、そこには。
「――ユージン様。どうしてここに?」
リナが口元に手を当て、驚いた表情で立っていた。
◇
「そうか、アンタがリナを助けてくれたのか」
改めて応接室に通された私たちは、さっきの出来事をマルティナに話した。
「ヤツら、とうとうリナにまで――」
苦々しげに呟く彼女へ声をかける。
「なにか、揉め事が?」
「いや、何でもねえ。それより、妹を助けてくれたことは礼を言う。 何か返せるものがあればいいんだが……」
マルティナの言葉に、ユージンが提案する。
「それなら、一つ頼みがあるんだけど」
「……言ってみろ」
「リナを襲った奴らについて教えて貰えないかな。何か協力できることがあるかもしれない」
ユージンの言葉に、彼女は一瞬口を開きそうになるが、すぐに口元を結ぶ。
「――きっと、アンタ個人は信頼に足る奴なんだろうよ。隣の女もだ。本当にアンタが自分の婚約者を連れてきたってのも信じられる」
「なら――」
「だが、これはフェルム内部の問題だ。アンタたちが出しゃばる必要はないよ。申し出は感謝するが――」
「何強がってるのよ、お姉ちゃん!」
それまで黙って事の成り行きをみていたリナが、突如声を荒げる。
「リナ……、お前何を」
驚くマルティナに、リナは思いをぶつける。
「あいつらの——黒縄会の横暴に困ってるって前から言ってたじゃない!」
「なっ……」
「私達は、助け合わなければ生きていけない。いつもお姉ちゃんが言ってることでしょう」
懇願するような声色で、リナはマルティナの両腕をつかんでいる。
その目に、涙を浮かべながら。
「ユージン様は私を助けてくれた。見ず知らずの私を。放っておけないって、ただ、それだけの理由でよ!」
リナは一瞬、ユージンに目線を投げたあと、わずかに俯く。
「――嬉しかったの。こんな人が、まだいるんだって」
リナの声が、徐々に湿ったものへと変わっていく。
「せめて、話だけでも聞いてもらおうよ。もし協力して貰えたら、ここに住む皆――ううん、他の地に住む人たちだって救われるかもしれない」
「……」
マルティナは静かに、リナの言葉へ耳を傾けている。
「私を助けてくれて、そのうえ今の私達を心配してくれる。ここでユージン様を信用できなかったら、私達は誰を信用したらいいのよ!」
リナは、マルティナの胸に顔をうずめながら大声で泣き出した。
彼女は黙って、リナをそのまま受け止める。
「……ごめん、リナ。お姉ちゃんが間違ってた」
マルティナはその姿勢のまま、私達の方へ顔を向ける。
「話を、聞いてもらえるだろうか」
彼女の言葉に、その場の空気が微かに緩むのを感じた。
マルティナとアルドリックには、ひとかたならぬ関係がありそうです。
次回もお楽しみ下さい。




