第44話 ユージン様、とその子は呼んだ。
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「何故……助けてくれたの?」
横になる男の子の腫れた頬を濡れた布で冷やしながら、彼女はユージンに問いかける。
「――僕は孤児院出身でね。君たちくらいの子が酷い目に遭ってるのを見ると、放っておけなくて」
ユージンは首に巻いていたスカーフを外し、リナが用意した桶の水に浸す。
固く絞った後、それを彼女に差し出した。
「取り替えよう。僕も手伝うよ」
「……あ、ありがとう」
リナがお礼を言いながら、自分の持っている布と交換する。
「どういたしまして」
「でも私、もう子供じゃないですよ」
わずかに拗ねたような声色で、彼女は抗議する。
「ご、ごめん。これは失礼した」
ユージンは謝りながら、取り替えた布を再び冷やし、別の腫れた部分に当てる。
「――変な軍人さんですね。総督府の方ですか?」
彼女は不思議そうな、それでいて少しだけ嬉しそうな表情でユージンに問いかける。
「うん、赴任してきたばかりでね。……あ、ごめん」
「謝ってばかりですね。でも、どうして?」
「肩書きは帝国の軍人だけど、僕には魔力が無いんだ。もし使えていれば、この子の腫れも、傷も、治療してあげられたかもしれないのに」
「そうなんですね……。でも、謝ることないですよ。ここにいる人たちは皆そうですから」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「……いえ」
「ところでさっきの彼ら、この辺りを仕切ってるの?」
ユージンの問いかけに、彼女は頷く。
「勝手にやってきて、勝手にここを見廻って、勝手にお金を持っていく。そんな人たち」
「……」
「でも、彼らがいなかったら、ここの治安はもっと悪くなるの。なにしろ、正規の警備隊がここへは来ないから」
リナはそこで詰まったように話を止める。
「こんな小さい子が殴られて、こんなに顔を腫らしても、我慢するしかないの。赴任したばかりの人は知らないかもしれませんけど――」
リナの、責めるような物言いが途中で止まる。
「――そうか」
平静を装うユージンの拳は、硬く握られたまま微かに震えている。
その姿をリナはじっと見つめていた。
「――私、リナっていいます。お名前、聞かせてもらっても?」
しばらくの沈黙の後、ふいにリナが口を開く。
「僕はユージン。よろしくね、リナ」
「はいっ!こちらこそ」
リナは安心したかのような笑顔を見せたあと、ふと私に視線をむける。
「あの、お連れの方がお待ちみたいですが」
「うん、そうだね。そろそろ行かないと」
ユージンも私に視線を移す。
私が微笑みを返すと、彼は小さく頷いた。
「あ、これお返しします」
と、リナは手に持ったユージンのスカーフを本人に渡そうとする。
「いいって、そのまま使ってよ」
ユージンの言葉に、慌てた様子で彼女は首を振る。
「いえ、こんな高価そうな布、いただけません」
「冷やすものはいくらでも必要だよ――早く、腫れが引くといいんだけど」
「……ありがとうございます」
ユージンが立ち上がり、こちらへ向かおうとすると、彼の背後から声がかかる。
「あのっ。――また、会えますか?」
ユージンは振り向いてリナの言葉に頷く。
「これからは何度も来るよ。必ず」
ユージンは彼女に右手を挙げて応える。
「――ユージン様」
彼女は、背中を向けるうちの子を目で追いながら、その名を呟いていた。
それはまるで。
姿を忘れないように。
名を心に留めておくように。
私は佇む彼女を、その光景を、しばらく見つめていた。
◇
リナたちをその場に残し、私たちは改めてスラムの奥へと歩き出した。
領都の半分を占めるというだけあって、スラムの中は想像以上に広く、曲がりくねった細道がどこまでも続いていた。
思った以上に時間を取られたものの、私達は無事フェルムの本拠地に着き、団長への面会を求める。
受付の女性は私達の名を確認した後、私の脇に従うアルドリックに目線をおくる。
「アルドリックさん……」
受付嬢の呼びかけに、アルドリックはそれとなく二、三歩下がる。
「……今日は、総督たちの護衛だ」
彼女は頷くと、二階へと上がっていく。
すると、上で何やら大騒ぎしている声が聞こえた。
「団長、お待ちください!」
先ほどの受付嬢の言葉を背に、ものすごい勢いで階段を駆け下りる女性。
彼女は私達をみるやいなや、大声で叫んだ。
「今更何しにきた!アルドリック!!」
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