第42話 スラムの中へ。
本日の更新です。
翌日。
私とユージン、アルドリックの三人は、フェルムの本拠地のある施設へ向かっていた。
別途エルミナには、領都セレスティアの市井の様子と、先日の襲撃犯が所持していた金属の札についても調べてもらっている。
氷冠聖会の司祭であるクロイツに不審な点があるのは確か。
しかし、先日の襲撃事件の疑惑はあくまでフェルム側にある。
この訪問で、それを確認したい。
――とはいえまさか本拠地が領都の半分を占める、スラムの中にあるとは思わなかった。
「やっぱり、アリシアは引き返した方がいいと思うんだけどなあ」
ユージンの呟きに私は反応する。
「ここまできて、今更なこと言わないで頂戴」
とは言ったものの、ユージンが心配するのは当然よね。
スラム内に入ることすら特に女性は危険視されるというのに。
ましてやその奥にある、おそらく敵であろう組織の本拠地に乗り込もうというのだから。
彼が心配するのも分かっている。
――でも。
「ここでの失敗は、この地の平定を確実に遅らせることになる。それは避けたいのよ。……私達には、時間が限られているのだから」
私の言葉に、不承不承と入った様子でユージンは頷いた。
「わかったよ……。僕が前に行くから絶対に離れないで。アルドリック、彼女の後方を警戒してくれ」
「承知しました」
こうして、ユージンを前、アルドリックを後ろに控え、私たちはスラム内へと歩みを進めた。
◇
スラムの中に入った瞬間、周辺の色が一変した。
カラフルな彩りの街中と違い、濁った茶色の景色が全体を覆っている。
明確に、世界が違うことを実感する。
周りの目が、スラムの異邦人を刺す。
多数の視線が、私達を囲もうとしているのが分かる。
音を立てぬまま、品定めをされている。
「……まったく、情けない話だわ」
私は自分の中に、ある感情がわき上がってくるのを感じていた。
緊張ではない。
これは、恐怖だ。
セレナではなく、アリシアとしての。
改めて、私の無力さを思い知らされる。
魔力はもちろん、前世に誇った膂力さえ今はない。
――と、そこで私は思い出す。
かつて騎士団寮で感じた、胸の奥で何かが膨らむような感覚。
あの時には確かに何かがあった。
でも、今は何も感じない。
何かの気のせいだったのだろうか。
これまでは、ユージンのことだけを考えていた。
だから、この子に何かあったら、という思いだけが恐怖の対象となっていた。
でも、気づいてしまった。
私は、自分で自分を守れない。
これが、弱さというものなのね。
前後を囲む、二人の存在をありがたいと思ってしまう。
「心配は無用ですよ、アリシア様」
ふと、後ろから声がかかる。
アルドリックだ。
「それぞれ皆、行うべき役割があります。貴方は、貴方の役割を全うしてください。――俺が、いや、俺たちが支えます」
「……ありがとう、アルドリック」
振り向かず、声だけで彼に感謝を伝える。
――私は私のやるべきことをしよう。
そして、それ以外は誰かを頼ってもいい。
私の中にあった恐怖の感情が抜けていく。
支え合う相手がいることの大切さを感じている。
残るのは、緊張。
これは、責任を果たすために不可欠なもの。
私達は、更にスラムの奥へと進んでいく。
◇
「まだ分かってないようだなあ!」
意外なほど静寂に包まれていたスラムの空気。
これを一変させるような大声が聞こえる。
「――アリシア様、今は本拠地へ」
声のする方に引き寄せられるように向かおうとする私を、アルドリックが制止する。
「でも……」
「先ほどの俺の言葉を思い出し……あ、おい!」
アルドリックが声をかける先に目線を向ける。
そこには既にユージンが、大声のする方角へ駆ける姿。
「追いかけましょう、アリシア様」
アルドリックは私を抱え上げ、そのまま走り出す。
「えええっ――!」
私はお姫様抱っこされたまま、ユージンを追いかけるのだった。
お姫様抱っこの栄誉。アルドリックに先を越されてしまいましたね、ユージン。




