第41話 天然は狡智に勝る。
本日の更新です。
お待たせしました。
「……噂というものは弓矢よりも早い、と申します」
私の追求に対し、彼は少し考えるような仕草の後、静かに応える。
「私達の理想に賛同頂ける方は、リオーネ領内に沢山おられるのです。 領都セレスティアはもちろん、ここ、総督府にも」
彼は、穏やかな表情を再び浮かべる。
「ユージン様が何者かの襲撃に遭った、という話は既に聞き及んでおります。当然ながら、これはゆゆしき事態。私どもの方でも情報を集めておりました」
淡々と話すクロイツに、動揺はない。
「フェルムの仕業だと推測するのは、現状を見ればどなたでも思いつくでしょう。私の勝手な推測などではありませんよ。お分かりですかな?」
言葉を終えたクロイツは立ち上がる。
――この瞬間、私は、彼を詰めきれなかったことを自覚する。
その時。
ユージンがアルドリックに目線を送った。
「聞いた?アルドリック。どうやらこの総督府には、機密情報を外部に漏らす輩がいるそうだ。すでに今回の話も、リオーネ全体に噂されているらしいよ」
「……私の不徳の致すところです」
「直ちに調査を始めよう。クロイツ司教、情報提供に感謝する」
ユージンは立ち上がり、クロイツに軽く会釈をする。
「あ、いや……」
ユージンは、クロイツを尻目に私とアルドリックへ指示を出していく。
「アリシア、エルミナに調査依頼をお願いできる?」
「――良き人選かと。直ちに彼女へ申し伝えましょう」
「それからアルドリック、君は警備隊内で信頼できる者に、エルミナを補佐するよう指示して欲しい」
「御意」
こちらのやりとりに、しばし固まっていたクロイツだったが、やがて目を更に細くしながら微笑む。
「……本日はご挨拶までと思ったのですが、なかなかどうして、有意義な時間でございました」
彼は一礼の上、出口へと向かおうとする。
その顔を上げた一瞬、彼の笑顔は消えていた。
「――また改めて、今後の統治について意見を交わしたいものです。できれば、次回は二人きりで」
ドアを開けた所で彼は振り向き、目を細めながら再び笑顔を見せる。
そして、悠々とした態度で去って行った。
やがて、彼が総督府を出たと下仕えから報告を聞くやいなや、私は大きく息を吸い込み――
「ユージンと二人きりなんて、そんな機会作るわけないでしょ!」
私はドアに向かって思いっきり叫ぶのだった。
――あの男は、前世の私であるセレナを都合良く解釈している。
それ自体にも腹が立つが、まあ、仕方ない。
死んだ者は、何も言い返すことはできないのだから。
だけど何より許せないのは、あの男がユージンを敬うふりをしながら、その実、セレナの象徴として都合良く利用しようとしているところだ。
どうやら、氷冠聖会とわかり合うのは困難そうね。
利用するか、されるか、それとも両方か。
◇
「結局、何しに来たんだろ、あの人」
ため息交じりにユージンが疑問を呈す。
「敵情視察、というところですかな」
「そう。それと、ユージンがどういう人物かを見定めたかったのでしょう」
……うちの子が都合の良い駒になるかどうか、という許されざる見定めをね。
私の言葉に、アルドリックが頷く。
「それにしても助かりましたよ、ラウネル総督。これで、大手を振ってこの総督府の洗い出しができます。 先ほどは見事な返しでしたな」
――そう。
なにせ、ここで働く者の中にはリオーネ出身も少なからず存在する。
当然、氷冠聖会を支持する者もいるだろう。
いままでもそうやって、支持者から総督府の機密を得ていたのね。
だけど、今回司教であるクロイツが、図らずも自ら白状する形になった。
つまり――。
「ユージン、よくやったわ。――これで、総督府内の情報を規制する大義名分ができたのよ」
「……あ、そうなんだ」
「そうなんだ、って、貴方はクロイツの発言を逆手に取ったのでしょう。ユージンには彼も反論できないことを分かって――」
「いや、単にありがたい情報をもらったなって……」
ユージンの発言に、私は言葉を無くす。
「あれ?僕の考え方おかしい?」
――忘れてた。
この子、天然だった。
……ずいぶんと腹芸が上手くなってるとは思ったのよ。
でも、やっぱりユージンはユージンね。
見ると、アルドリックも含み笑いをしている。
「……そうか。あの言葉に含む所が何も無かったのですか。――まったく。総督は大物になれますよ」
「――?」
ユージン一人だけよく分かってないまま、総督府の改革は進められるのであった。
そして次の日、私達三人は、フェルムの本拠地へと向かう。
――ハズだったのだけど……。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
ユージンの新たな一面が(笑)。
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