第37話 アルドリックの立場。
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私の前には、驚いた様子のアルドリックがいる。
いきなり何を聞くんだこの人は、と思っていることだろう。
でも、これは大事な問い。
私とユージンにとっての最優先は、この地の混乱を一刻も早く収束させ、総督としてのユージンをアレク殿下に認めてもらうこと。
だから、もしアルドリックがいずれか一方に共感しているのなら、その真意を確かめたい。
そもそも彼は、どちらも選択するだけの理由があるのだ。
一方はかつて仕えた王を祀る組織。
もう一方は、かつての王が守ろうとしたこの土地の民たち。
彼の軍人としての有能さは、何よりセレナの私が一番実感している。
そして、彼が私たちの味方になってくれれば、この上ない戦力を私たちは得ることになる。
もし、反目された場合は……。
あまり想像したくない結果になるだろう。
アルドリックは目を伏せ、顎に手をやる。
しばらくその体勢の後、改めて私に視線をむける。
「……私の職責は総督府をはじめ、この領地の治安を守ること。それ以外に思う所はありません」
なるほど。
それは、嘘ではないだろうけど、本音でもない。
だって貴方は――
「何か深くて大きな罪のようなもの。それを独りで抱える覚悟を持っているって感じたの。――それが何かを知りたいと思って」
私は彼の瞳に宿る、僅かな痛みを見据える。
その痛みはきっと、セレナの私が負わせてしまったのだろう。
「無礼なことを聞いているのは承知の上よ。でも、この地を預かるものとして、始めに貴方の苦しみを少しでも理解したい。それが一番合理的だと思ったの」
――その苦しみを、少しでも軽くしたいという気持ちに嘘はないから。
「なるほど、合理的ですか。は、はは」
私の言葉を受けて、アルドリックは目を伏せ、やがて声を上げて笑い出す。
「……まったく。変わった人だ、あなたは」
◇
「――個人的な話になりますが、今の俺は、ここリオーネの地を託されているのだと思っています。俺を《《アル》》と呼ぶ、ただ一人のお方に」
静かに、しかしハッキリとした声色でアルドリックは述べる。
灰色の瞳に、微かな光を宿しながら。
「直接その方に言われた訳ではありません。何しろ俺はその方を見捨てたのですから。本来なら、託されたなどと思うことすらおこがましい」
「……」
「ですが、それでも思っていたいのです。俺が今、浅ましくも生にしがみついている理由はただ一つ」
そこで彼は一度目を閉じ、何かを決意したようにゆっくりと再び目を開ける。
「……あの方に、これ以上失意の想いを抱かせたくないのです」
――アルドリックの中で、セレナは未だ生きた存在なのだろう。
本当はセレナに殉じたいと思っていても、彼の中にいるセレナがそれを赦さない。
死してなお、セレナの存在はアルドリックを縛っている。
罪の意識に苛まれるセレナの私は、確かめるように彼を見つめる。
彼は真っ直ぐな、それでいてあたたかい視線を私に向けた。
「――心配は無用です、レオニエル公爵令嬢。ラウネル総督……、いや、ユージン様をお守りし、見事彼がこの地を治められるよう、全力を尽くします」
アルドリックは、執務室の方角を見やる。
「……彼がこの地に立つ。それは、俺の悲願でもあるのです」
過去を懐かしむような表情。
私はそこに、かつての彼を重ね合わせる。
本当は言ってあげたい。
私は――セレナ・リオーネは。
アル、貴方に心から感謝している。
私が最期まで王の尊厳を保っていられたのは、貴方のおかげだと。
だからもう、私に縛られない生き方を選んでほしい。
でも、今の私はアリシア・レオニエル。
セレナ・リオーネではない。
アリシアとして感謝の言葉を口にするのは、アルが大切にしているものを軽んじる行為だと思うから。
だから、これはセレナとして心の中に収めておく。
私はアリシア・レオニエルとして貴方を。
アルドリック・ヴァルターを認めよう。
彼の胸中がどうあったとしても、ユージンの味方になってくれることは間違いない。
その意思を確認できただけで、アリシアの私には十分だ。
それ以上は、彼と、彼の中にいるセレナとの関係として尊重すべきもの。
アリシアの私が尋ねる筋の話ではない。
「――不思議な気持ちです」
アルドリックは穏やかな視線を私に向ける。
「貴方を前にすると、秘めた思いをつい語ってしまう」
以前には見なかった彼の、深みのある、落ち着いた笑顔を見ているうちに、様々な想いが私の胸を埋めていく。
「貴方の覚悟、確かに受け取ったわ。ユージンを共に支えましょう。これから頼りにするわね」
「承知しました、レオニエル公爵令嬢」
「アリシアでいいわよ。後でユージンにも言っておくから」
「――はい、アリシア様」
彼が呼ぶのは、今の私の名。
――それでいい。
私は静かに息をついた。
アルドリックのセレナへの想いが、少しずつ形になってきました。
当のセレナ本人でもあるアリシアの受け止め方も、彼女らしく描けたと思います。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。




