第36話 ユージンの立場。
初めましての方も、またお目にかかりましたね、の方も。
ようこそいらっしゃいました。
本日の更新です。
「現在、リオーネには表向き、二つの組織が帝国の統治を阻んでいます」
ここは総督の執務室。
アルドリックは私とユージン、エルミナ三人を前に、彼が用意した資料を参照しながらリオーネ領の現在について説明していく。
「一つは、帝国の統治に不満を持つ民衆の組織。通称『フェルム』。もう一つは、帝国と表向きは融和的な関係をとりつつ、かつてのリオーネ王国の復活を望む宗教組織『氷冠聖会』です」
私は昨日の夢の内容を引きずらないよう、彼の言葉に集中する。
「総督府とあわせ、言わば三つ巴の状態というのがリオーネ領の現状です」
「――その二勢力のどちらかを取り込めれば状況は変わりそうね」
資料に目を落としながら、アルドリックに問いかける。
「はい、それは仰る通りなのですが……」
私の質問に答えようとしたアルドリックが、途中で言葉を詰まらせた。
「どうしたの?アル」
思わず顔を上げ、私はアルドリックへ視線をむける。
「「……アル?」」
ユージンとエルミナ二人が、同時に声を上げながら私を見る。
――しまった。
つい、前世の愛称で呼んじゃった。
昨夜の感覚が、まだ抜けていない。
「――ごめんなさい。喉に何か詰まった感じがあって。続けてくださいな、アルドリック・ヴァルター隊長」
……苦しいなこれは。と思いつつアルドリックに目をやると。
彼は呆けた表情で私を見つめている。
「どうかしたの?アルドリック」
固まったままのアルドリックにユージンが問いかけると。
「――い、いや、失礼しました」
少し動揺した面持ちでアルドリックが応える。
「『フェルム』は領内での権利回復を訴え、『氷冠聖会』はリオーネ領の独立を訴えています」
改めて説明をはじめた彼は、徐々落ち着きを取り戻していく。
「どちらか一方、特にフェルム側であれば話し合いの余地はあったのでしょうが、いかんせん歴代総督の差別意識が強く、さらに反発された結果が現在の状況を生んでいます」
ここで一度話を切り、アルドリックはユージンに視線を送る。
「確か、ラウネル総督はアレクシス第二皇子の推薦があったと聞きましたが」
「……うん」
アルドリックが、ふと目を伏せる。
「ラウネル総督の立場であれば、どちらの陣営も納得すると考えられたのでしょうな。帝国の騎士でありながら、リオーネ王家の血も引いている。今のリオーネ領にとっては、うってつけの存在だと俺も思うのですが……」
「う、うん。そうだといいんだけど」
アルドリックが言いよどむのも分かる。
これは一見理想的な人事に思えるけど、さらに混乱を拡大させかねない諸刃の剣にもなり得る。
この地の内情を知る者であれば、ユージンが両勢力にとって都合の良い存在だってことぐらい、容易に想像できるのだから。
特に、総督府の直属である警備隊長の立場ならなおさらだ。
彼は昨日、ユージンの事を『殿下』と呼んでいた。
アルドリックにとってユージンは特別な存在であり、恐らく好意的に見ているのは分かった。
だからこそアレク殿下に、ユージンが何か言い含められてるのではないか、と彼が疑念を持ったとしても不思議ではない。
昔から、一見軽薄そうに見えて、その実かなりの慎重派なのよね。
アルドリックって。
――でも、諸刃の剣というリスクを踏まえた上でこの子を抜擢したアレク殿下の思惑なんて、誰にも想像できないわよ。
直接話を聞いた私だって、彼の真意までは分からないもの。
対するユージンはアルドリックの言葉に戸惑いの表情を浮かべるが、すぐに真顔になる。
「……ただ、その立場に驕ってはいけないとも思う。それでは、歴代総督と同じになってしまうから」
その言葉に、私の胸の奥が少しだけ熱くなる。
この子は、血筋に囚われない。
魔力の有無で人を見ることがない。
総督という立場に酔わず、自分を律する術を持っている。
そして一人の総督として、この地に向き合おうとしている。
――その想いを、私が支えよう。必ず。
ふとアルドリックを見ると、彼は僅かに安堵の表情を浮かべたような気がした。
◇
「ヴァルター隊長、ちょっといいかしら」
会議を終え、詰所に戻ろうとする彼を呼び止める。
怪訝そうな表情の彼へ、私は率直に問いかけた。
「急にこんなことを聞くのは失礼だとは思うけど、貴方はどちらかの組織に肩入れしてる?」
「……!」
私の問いかけに、アルドリックはわずかに目を見開き、絶句しながら私を見つめていた。
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