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第34話 王の覚悟。

初めましての方も、またお目にかかりましたね、の方も。

ようこそいらっしゃいました。

本日の更新です。

 ――それは、セレナ・リオーネがまだ王であった時代。

 

 帝国との国境にある城塞より援軍要請があったときの話。

 

「我ラ、帝国軍ノ来襲ニヨリ、籠城セリ。至急援軍ヲ請ウ」

 

 これを受けた私は極少数の配下を連れ、闇夜に紛れて城塞へと入城した。


 ◇


「すまねえ。王国の統治もあるってのに」


 籠城の指揮を任されていたアルドリック・ヴァルターは、かすれた声で詫びる。

 私が到着するまで、味方を鼓舞し続けていたのだろう。

 

 頬はこけ、疲労を隠せないまま戦況を語る彼に、いつもの不遜かつ闊達な態度は影を潜めている。

 

「まさか姐さん直々に来るとは驚いたがな。これなら万の兵より心強いさ」


 アルドリックはそう言うと右の口角を上げ、にやりと笑う。

 

「世辞はよい。少し休め、アル。疲れが顔に出ているぞ。兵達が不安になる」


「……相変わらず合理的だこと。労いの言葉一つくらいあったって良いと思うけどな」


「この位は働いて貰わんと話にならん。――アル、お前は私の右腕なのだから」

 

 私の言葉にアルドリックは静かに目を閉じ――

 再び開いた瞳には、いつもの不遜で闊達な光が蘇っていた。

 

 ◇

 

「姐さん、この状況、いくら何でも帝国の動きが速すぎる。思うんだがこれは――」

 

 アルドリックが何か言いかけた瞬間、城壁の外から耳に直接届くような、不快な声が響いた。


「よく聞け!僭王セレナ・リオーネ。お前の悪事もここまでだ!」


「――アンタがここにいるってバレてるぜ。これも魔法の力ってヤツかい?」


「いや、こんなピンポイントで把握できるほど、魔法は便利なものではない」

 

「だったら……」

 

「皆まで言うな、アル。恐らくお前の想像通りだ」

 

 ――内通者が、いる。


 予想はしていたが、今はその存在を確かめる時間がない。


 すると、城壁の上で物見をしていた兵が慌てたようにやってくる。

 

「報告します!敵の前線にリオーネ女王、貴方様の御子の姿が見えました!」


「何だと!」

 

 アルドリックが驚きの声を上げるのを背に、私は城壁へと駆けだしていた。


 ◇

 

「セレナ・リオーネ!この子を助けたければ、直ちに開門せよ!」


 城壁の階段を駆け上がった私が眼にしたのは――

 

「――ユージン。何故あなたがそこに……」

 

 眼下に視える帝国軍の前線に、我が息子がいる。

 王宮にいるはずのユージンがここにいる。


 状況を理解しているのか、息子が静かに私へと視線を向けているのが分かる。



「――どうします、姐さん」

 振り返ると、そこにはアルドリックがいた。


「何故かは分からねえが、今あそこに坊ちゃんがいる。これだけは紛れもない事実だ」


「……別人を偽っている可能性もある」


「それはそうだ。だが、今それを確かめる術はないぜ。ましてや今は不安定な情勢だ。――姐さんも分かってるんだろ、俺たちの側に裏切り者がいるって」


「……」

 

「だとすれば、坊ちゃんを誘拐することは不可能じゃねえさ。本物かどうかの確認ができない――この時点で俺たちに打つ手はなくなった」


 黙り込む私に、敵の声が容赦なく襲ってくる。


「どうした、僭王セレナ!貴様、自分の息子を見捨てるつもりか!」


 帝国軍の挑発に対し、私の脳裏にあの子との思い出がよぎる。

 


 ――あの子が私を見て初めて笑ったときのこと。

 

 小さな手で、私の指を必死に握っていたときのこと。

 

 あの子が、初めて歩いた日のこと。


 記憶が甦るたびに、この上ない喜びが湧き上がる。


 しかし同時に、耐えがたい現実という刃が私の心を切り刻んでいく。

 

 

 硬直して動けぬ私に、アルドリックが静かに声をかける。


「――姐さん、一つ頼みがあるんだが」


「……なんだ」


「開城するんだろ。なら、俺の首を奴らに持って行ってくれ。覚悟はできている」


「アル、お前何を――」


「俺は奴らを殺しすぎた。今頃怒り心頭だろうよ」


「そんなの当たり前だろう。これは戦争だ」

 

「だから、さ。この状態で仮に開城しても、あちらの兵が納得するとは限らん。 そこで、この俺様よ」


 ――アルドリック・ヴァルター。

 

「ここで俺の首を差し出せば、確実とは言えねえが一応のスジは通る。――何より!……坊ちゃんを、万が一でも危険にさらしちゃならねえ」


 この不遜で闊達な男が。

 その命を引き換えに、息子を守ろうとしている。

 


 ――風が、髪を揺らす。

 

 私の中で、音が遠のく。


 

「……アル」


 私は、アルドリックを見据える。

 そして、心のなかで彼に頭を下げる。


「おかげで道が決まった」


「――そうか。それじゃ、いっちょここでやっちまうか?」


 彼の軽口に、思わず笑みを浮かべた私は首を振る。


 そして私は、自身を纏う鎧の金具に手をかけた。


「……お、おい。何やってんだよ、姐さん」


 カチン、カチンと、留め金の外れる音が聞こえる。

 音に合わせて防具の一つ一つが外れ、足下に落ちる。


 その行為はまるで、私の中にある迷いという意思を一つずつ剥ぎ取っていくように。

 

 そしてどこか他人事のように、私はその音を見ていた。


「……なんだよ、急に。おい、おかしくなっちまったのかよ。――何やってんだ!」

 

「黙れ」

 

「なっ……」

 

 私の腕をつかもうとするアルドリックを一瞥する。


「黙って見ていろ」


 彼はそのまま動きを止める。


 片眉をつり上げ、何か発しようとしている口元は開いたまま。

 目を見開き、彼は私の横顔を眺めている。


 やがて、全ての防具が足下に転がり、私は白い麻のシュミーズ一枚になった。


 ◇

 

 太陽が私を刺すように焼いている。

 

 ――熱いな。

 

 当たり前のことを呟き、天を仰ぐ。

 突き抜けるような蒼さが地の果てまで続く空は、どこまでもその色で私を、この世界を覆っている。


 ひととき目を閉じ、風の音を聞く。

 

 息を吐きながら前を向く。

 ゆっくりと目を開ける。


 ――そして。


 視線の先には敵軍の司令官。

 それを、射抜くように凝視する。


 私は両手でスカートの裾を持ち、そのまま一気にたくし上げ――

 

 腹の底から、声を張り上げた。


 「――我の跡継ぎなど、()()からいくらでも生まれようぞ!そんなことも知らぬのか、この痴れ者どもが!」


 私の声が敵味方に響き渡る。

 ここにいる全ての者が、静寂を選んでいる。


 スカートの裾を放し、そのまま両腕を左右に広げる。

 敵からの全てを、この身一つで受け止めるかのように。


「私の背後には幾万の民がいる!民を守り、導くのが王者の役目。なれば、私の息子もまた王者。たとえ何が起きようとも、王が膝を屈することはない!」


 ――私の叫びが途切れるや、背後から大歓声が沸き起こった。


 唸るような、地鳴りのような声は、城外へも響き渡り帝国軍を圧倒する。

 王の名を呼びながら、叫びながら、彼らの意思が一つになる。


 ――私の中には、渦巻く高揚感と、それを冷静に眺める自分を同時に感じていた。

  

 民衆の声が、熱風のように私の背中を支える。


 私は民を、そして国を選んだ。



 ――息子を、選ばなかった。

 

 その瞬間、私の中で、何かが静かに壊れる音がした。


 ◇

 

 言葉もなく、呆然と私を眺める帝国軍を背にすると、そこには涙を流すアルドリックが私をただ見ていた。

 

 声も出さず、歯を食いしばっている。

 音が聞こえそうなほど強く。


 私と目が合うと視線を逸らすが、すぐにまた私へと戻す。

 お互い、無言のまま。


 ――思えば、コイツとの付き合いは長いが、泣き顔は初めて見たな。


「何を泣いているのだ、アル。色男が台無しだぞ」

 

 そう言って、私は城壁の階段へと向かう。


「……王よ、俺にはあなたが、その尊厳の裏で慟哭しているように見える」


 アルドリックの、絞り出すような声を聞きながら。 



 ――やがて。

 

 この日を境に私は、世間からこう呼ばれることになる。


 血も凍るような冷酷な王。

 

 氷血女王、と。


挿絵(By みてみん)

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


今話、いかがでしたでしょうか。

私がこの物語を書こうと思った時に最初に思い浮かんだシーンになります。


セレナ・リオーネという一人の女性の苛烈なまでの強さと、同時に脆さを表現できていれば存外の喜びです。

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― 新着の感想 ―
なるほど。なぜユージンが生き残ったかはまだわからないけれど、アリシア(セレナ)はユージンが生きてたことがすっごく嬉しかったのね…。なんで、転生したのかな…?
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