第32話 十五年という年月。
初めましての方も、またお目にかかりましたね、の方も。
ようこそいらっしゃいました。
本日の更新です。
交代式は、かつてのリオーネ王国宮殿の謁見室、現在は総督府の大広間で行われた。
ヴァルケンは、あの後はすっかり大人しくなった。
式の間も押し黙り、終わると何も言わず立ち去ろうとする。
「ヴァルケン殿、この地についての情報を提供して貰いたいのですが」
ユージンが引き留めるように彼へ声をかけるが、彼は引きつった表情のまま拒絶する。
「あ、ああ。そうしたいのは山々だが、あいにく私は忙しくてね。失礼する」
ヴァルケンはそう言い終わるやいなや、足早に去って行った。
いくら何でも、ちょっと無責任すぎないかしら。
彼のあまりにも逃げ腰な態度に一瞬憤慨するものの、すぐに思い直す。
――これは、私の失態か。
先ほどの一喝で、相当萎縮させてしまったらしい。
偉そうな態度を見せる権力者ほど、自分が責められた時に脆かったりするのよね。
……いや、感情にまかせて思いの丈を放ったのは私も同じだわ。
私は先ほどの自分の感覚を思い返す。
帝都の時もその兆しはあった気がするけど、セレナとしての想いと、アリシアとしての想い、両方の感情が私の中に同居している。
そしてここに来てからは、セレナの部分がより強くなっている気がする。
ヴァルケンに対する態度など、そのいい例だ。
今までは両方の感情に齟齬が少なかったから問題がなかったのだろう。
でも、セレナの私にとってここは特別の地。
抑制が効かなくなるような場面のないよう、気をつけないと。
改めて私は、前世と今世の記憶が混在する弊害を実感していた。
かといって、どちらかを一方的に押さえつけるような真似もしたくない。
どちらも大切な、自分の意志なのだから。
◇
それにしても。
これでは引き継ぎや情報収集が困難になる。
さっきの襲撃の時もそうだけど、リオーネに来てからの私って、ユージンの役に立つどころか、足を引っ張りまくってるじゃないの。
なんとかここで、母親らしい姿をみせないと、何のためにあの子の補佐として来たのか分からなくなっちゃう。
しまったなあと、私は心の中で頭を抱える。
すると。
「――リオーネ領の現状については、引き継ぎも含め既にまとめております。明日にはお持ちしますよ」
不意にアルドリックから声をかけられた。
「そ、それは助かるわ。ありがとう!」
私は心から感謝の気持ちを述べた。
――でも。
「どうして、私がそう思ってると?」
「……まともな統治者なら、まず最初に欲するものだと思いましたので」
この言い回し。
やっぱりアルドリックだわ。
「なるほど。――あの、先ほどはごめんなさい。つい取り乱してしまって」
「……いえ」
そのまま押し黙るアルドリックを見て、私はふと気づく。
憔悴と諦念を滲ませたような彼の佇まいが、私の知らない彼の十五年を物語っている。
私の記憶の中にあるアルドリックとは違う。
彼は自由闊達な人だった。
飄々とした表情のまま、与えられた責任をいつも期待以上に果たし、周りを驚かせる。
その明るい性質で、彼の周りには慕う人が常に絶えなかった。
そんな人だった。
――年月の積み重ねを実感する。
少し呼吸が苦しくなるほどに、重い何かが私の胸にのしかかっていく。
◇
「……先ほどのヴァルケン殿への言葉、あれは貴方のお考えですか?」
お互いの沈黙を破るように、アルドリックが私に問いかける。
「――少なくとも、心にもないことを言ってはいないわ」
「そうですか……」
そのまま考え込む彼に、私は問いかける。
「お気に障りましたらお詫びします。総督の婚約者として軽率でした」
「いえ……」
アルドリックは一瞬だけ天井を見上げたあと、私に視線を戻した。
「――昔、はるか昔ですが。先ほどと同じ言葉遣いで、同じようなことを仰った方を思い出しまして」
「……」
「……異なことを申し上げました。お忘れください。それでは失礼します」
彼は敬礼の後、持ち場へと戻っていった。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
今回より、週三回(月・水・金)の更新になりました。
告知が下手くそで申し訳ありません。
次回は6日(月)の更新になりますので、今後もよろしくお願いします。




