第3話 暴走アリシア。
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「えっと……僕が、脅されてるんです、か……?」
隣に座るユージンが、ぽかんとした顔で首をかしげた。
何で疑問系なのよ。
自分の置かれてる状況わかってるの?
それにそのぽかーんとした表情。
……ちょっとかわいいわね。
いやいや、違う。
貴方は今、悲劇の騎士でしょう?
逆らうことのできない敵に脅迫され、第二皇子の命を蹴ってでも苦渋の決断で婚約破棄を申し出なくてはいけない。
ああ、可哀想なユージン。
「はい、脅されているのはよく分かりますわ。でも、無理に隠さなくても大丈夫ですのよ」
「隠すって……。何を……?」
私は、彼の両手を再び強く握りしめる。
更に身を乗り出し、距離を詰める。
「私には分かりますわ。貴方が本当は、こんな話を言いたくないことくらい!」
ユージンは完全に気圧され、石像みたいに固まったまま私を見つめる。
ええい、そんな顔をしたって私は怯まないわよ。
「誰に婚約破棄しろと言われたのですか? 貴方の立場を快く思わない、どこぞの貴族ですの!?」
私の剣幕に目を白黒させながら、おずおずとユージンが口を開いた。
「あ、あの……本当に、誰にも何も言われてない、です」
「嘘ですわ!」
前世の私は、この手を離してしまった。
だから今度は、この子を困らせるどれほど小さな兆しも、絶対に見逃さない。
私は思わずユージンに顔を近づける。
髪の色と同じ黒色の瞳が、間近で揺れた。
……結構、まつげ長いのね。
「ご安心なさいませ。この行く先にたとえ何があろうとも、わたくしの決意は変わりません!さあ、その思いの丈をお吐きなさいませ!」
「本当です! ほんとに、僕が……その、アリシア様に釣り合わないと思って、勝手に……」
ユージンの顔は赤くなり、声がどんどん小さくなっていく。
私は、すっかり縮こまっている彼を見ていくうち、やがてすーっと身体から力が抜けていくのを感じた。
……え? じゃあ、本当に?
本当に、ただ単に、自分に自信が無いから――それだけの理由?
帝国中の陰謀論を頭に渦巻かせ、一人で熱くなっていた、私のこの数分間は一体……。
「あ、あの、アリシア様……?」
私は彼の両手を離し、脱力したまま硬直する。
手のひらに、熱だけが残った。
ユージンが心配そうな表情をしているが、今度は私の方が石像みたいに動かなくなる。
頭の中が真っ白になっていた。
だから、ユージンの言葉の裏にあるひたむきな想いを。
何故、婚約を白紙にしたいのかという意味を。
この時の私は理解していなかった。
「……アリシア様」
不意に、後ろから冷静な声が降ってきた。
いつの間にか、エルミナが紅茶を淹れ直しながら。
「ですから、話が噛み合ってない、と申し上げましたのに」
エルミナの指摘に、私は自分の顔がみるみる熱くなっていくのを感じていた。
……天よ。
もしも時間を戻せるなら、どうか今すぐお願いしたい。
よりによって、再会したばかりの息子の前で、こんな醜態を晒すなんて。
あ、でも、時間を戻したらユージンを息子だと思えなくなるのよね。
それは困る。ああ、でも。
しにたい。
それでも私は、コホン、と咳払いをひとつ。
向かいのソファーに戻りそっと腰を下ろす。
背筋だけは、真っ直ぐに伸ばして。
そして、令嬢モードの仮面を無理やり顔に貼り直す。
「……たびたびの失礼、どうかご容赦くださいませ。どうやら、私の早とちりだったようですわね」
エルミナが淹れ直してくれた紅茶のカップを手に取りながら、何とか平静を装う。
「ではユージン様。改めて、何故私とは釣り合わないと思われたのですか?……身分の違いということであれば、私は気にいたしませんけど」
「僕は、かつてのリオーネ王国、――亡国の遺児です。帝国有数の公爵家である、レオニエル家のご令嬢と釣り合うとは思えないのです」
亡国の遺児、か。それはそうよね、私の息子なんだから。
「なるほど……。そう思われた理由を、もう少しお聞かせいただけますか?」
私の問いかけに、ユージンはしばらく迷いの表情を見せていたが、やがてぽつりぽつりと話し始める。
「……アリシア様のような高位の方は既にご存じとは思いますが、……僕は魔力を宿しておりません」
やっぱり、その話か。
その声には、さっきまでの戸惑いとは違う、深く沈んだ響きがあった。
やはりこの子は、ずっとそれを背負ってきたのだ。
お読みいただきありがとうございました。
アリシアとユージンの行く先を、見守っていただけると嬉しいです。
何か少しでも、あなたの心の中に残るものがありますように。
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