第2話 母性の空回り、噛み合わない会話。
本日もお越しいただきありがとうございます。
「僕の方こそ、急に不躾な物言いをしてしまいました。たびたびのご無礼、申し訳ありません」
ユージンは深々と頭を下げた。
……そこよ!
なんでそこで謝るのよ。あなたは婚約破棄する側でしょう。
「ユージン、弱気になってはいけません!」
あ、しまった。
思わず声に出しちゃった。
案の定、ユージンは目を丸くしながら呆然としている。
室内に、沈黙が落ちた。
「……えーと。今の言葉は忘れてください、ラウネル卿」
「もちろん、納得できないですよね。僕の態度に」
「いえ、そういう事ではないんですけども」
「それと、名を呼び変えなくても。ユージンとお呼びください。お許しいただければ、僕もアリシア様とお呼びいたします」
「あ、ハイ」
どうにも上手くいかないなあと思っていると、背後に控えるエルミナが私の耳元で助言してくれる。
「この場でのアリシア様は急に人が変わったように見えますが、それはおいといて」
やっぱり彼女にもそう見えるのね。
「多分アリシア様はあの方にとって『目を離せないお方』枠になりつつあります。なので、そのままのノリで攻めた方がこの場は収まるかと」
本当かなあ。
いま思いっきりフラれてる最中なのよ?私。
でも、うん。攻めるのは好き。
エルミナの言う、『目を離せないお方』枠というのはよく分からないけれど。
私は気を取り直して、今度こそ注意深くユージンに語りかける。
背筋を伸ばし、彼を見据える。
「ええと、ユージン様」
「はい」
「婚約破棄の理由は後ほどお伺いするとして、今の状況は余りにもユージン様の分が悪くなっております」
「……それは確かに、おっしゃるとおりです」
ユージンは一瞬だけ苦笑いを浮かべる。
「そのような立場で下手に出ると、相手にとって与しやすい人だと思われて、不利な条件を突きつけられても断れなくなってしまいますわ」
「……えーっと」
ユージンが何か言いたそうだけど、構わず話を続ける。
「虚勢でもいい。胸をお張りなさい。主導権はあなたにあると相手に思わせる――そう態度で示すのです」
真っ直ぐに私を見つめるユージンと目が合う。
「――そして、婚約破棄される側の私が思わず、ハイ、ゴメンナサイと謝ってしまう。それが交渉というものですわ!」
私の話を聞いていたユージンは、驚いた表情のまま固まっていたが、徐々に表情が柔らかくなる。
「……流石にそれは、分かっていてもできません」
「その気持ちを抑えるのが王というも」
「でも、アリシア様は心配してくれているのですよね。こんな無礼な申し出をしている僕を」
「そんなのっ!……あ、いえ、ご迷惑でしたでしょうか」
あっぶな。
危うく『母親なら息子の心配するのは当たり前でしょ!』って口に出すところだった。
そして、私の言葉にユージンはかぶりを振る。
「迷惑だなんてとんでもない。ただ、今日は貴方に罵倒される覚悟でこちらに参りました。なのに、まさかそのようなお言葉をいただけるなんて」
「――私のことはいいのです。それより、理由を聞かせてくださいませ。婚約破棄の」
おかしい。
この婚約は、帝国の第二皇子殿下自ら裁可されたものだ。
ユージンは、帝室の直轄である帝国騎士団に籍を置く若者。
独断で反故にできるはずもない。
そんなことをすれば、彼の帝国内での未来が絶たれてしまう。
例えば、なにか致命的な弱みを、誰かに握られているとか。
あり得る。
前世でも政敵の家族を人質に取り、それを盾に脅迫するのは珍しくなかった。
私にも心当たりがあるもの。
……まあ、色々あったわけよ。される方も、する方も。
この婚約破棄には黒幕がいる。
間違いない。
そうでなければ説明がつかない!
――よーし。叩き潰そう。
ユージンの言葉の真意を聞くべく彼を見つめる。
知らず知らず、私は前のめりになっていた。
彼は少し考えた後、うつむきながら静かに語る。
「……僕のようなものが、貴方と婚約だなんて、恐れ多くて」
うん、そうね。
言えるわけないわよね。
――誰かに、脅されてるなんて。
完全に確信した私は彼の隣に座り、両手を握る。
「ユージン様、どうかご安心を」
彼の指先が、ぴくりと震えた。
「どんな障害があろうと、この母が……っ、じゃなくて、このワタクシが解決して見せますわ!」
私の言葉に、ユージンはさらに困惑した表情を浮かべている。
「さあ、私と一緒に乗り越えてまいりましょう!」
「え? 一緒にって、婚約破棄を?」
「アリシア様ー。やっぱり話が噛み合ってないっすよー」
その後、私は彼の思いを把握した。
まさか――
そんな理由で婚約破棄を言い出したなんて。
お読みいただきありがとうございました。
アリシアとユージンの行く先を、見守っていただけると嬉しいです。
何か少しでも、あなたの心の中に残るものがありますように。
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