第1話 冷血女王、転生直後に息子から婚約破棄される。
お越しいただきありがとうございます。
前世で守れなかった息子を、今世では母として守りたい。
そんな元冷血女王の物語です。
楽しんでいただけましたら嬉しいです。
――罵声が、波のように押し寄せる。
「この、冷血女王め!」
「お前のせいで、国が滅んだんだ!」
灰色の空から、冷たい雨が降り注ぐ。
背筋を伸ばし、処刑台に立つ私は、民衆の怒りを受け止めていた。
女王としての人生が、今ここで終わる。
全てを投げ打って守ろうとした王国。
だけど今、私は裏切り者の汚名を着せられ、その王国から捨てられようとしている。
抗う気力もない私の中に残る、最期の想い。
それは名誉でも、国家の行く末でもない。
たった一人の、息子への後悔だった。
……ワタシハ、アノコヲ、ステタ。
――息子が敵国の人質になった時、私はあの子を見捨て、王であることを選んだのだ。
私はひざまずき、顔を上げる。
斧を構える執行人の手が微かに震えていた。
彼は十数年もの間、変わらぬ忠誠を誓ってきた人。
ああ、私は間違えたのだ。
――ユージン。
もう一度だけ、あの子に会いたい。
我が息子に。
視界が白く反転する。
そして。
願いは、叶った。
◇
――気がつくと、私は前世を思い出していた。
ここは、帝都にあるレオニエル公爵家の応接室。
磨き上げられたテーブルの上で、紅茶の湯気だけが静かに揺れている。
ソファーの向かいには、かつての敵国、ザイフェルト帝国の若き騎士――ユージン・ラウネルがいる。
彼は逡巡するように視線を動かしたあと、ティーカップを手にし、そのまま一気に紅茶を飲み干した。
……淹れたばかりなのに、熱くないのかしら。
カップが皿に戻り、かすかな音が響く。
そして彼は、覚悟を決めたように私へ告げた。
「アリシア・レオニエル公爵令嬢。あなたとのこ、婚約を……白紙にさせていただきたいのでひゅ!」
――噛んだ。盛大に。
帝国騎士の威厳とは一体。
えーっと。
これは、婚約を破棄したいということよね?
『噛み噛み婚約破棄』宣言が応接室に響く。
真剣な表情。
まっすぐな背筋。
……けれど、絶妙にこちらを見ようとしないその視線。
初めて会う婚約者。
帝国の公爵令嬢と、彼のような若き騎士との政略上の婚約。
ザイフェルト帝国第二皇子の命によるものだ。
それが私の役割。
感情を挟める立場ではない。そう、理解していた。
でも、今の私は分かっている。
目の前に座る青年が、私にとってどんな意味を持つのか。
ユージン。
もう会うことはないと覚悟していた前世での一人息子。
見た目はすっかり大人だけど、間違いない。
あの頃の面影が、その瞳の色に、唇の形に残っている。
生きていてくれた。
そう思った瞬間、とても熱いものが胸の奥で脈打つ。
視界がにじむ。
まずい。泣いてしまいそうだ。
前世最期の願いが、こんな形で報われるなんて。
――十五年。
処刑され、今世へ生まれ変わったあの日から、もうそれだけの時が流れている。
当時三歳だったこの子は、今では立派な帝国騎士団の一員だ。
私は震える声で、恐る恐る彼に尋ねる。
彼に飛びかかってハグしたい衝動を抑えながら。
「……あ、あの。これは夢の中の出来事かしら」
「? いえ、恐れながら現実です。いきなりで混乱されてるのは重々承知し」
「それはそうよ!いきなりこんな嬉しいことが起きるなんて思ってもみなかったもの!」
「う、嬉しいのですか?この話が」
「当たり前じゃない!ああ、この場にいられて良かった。本当に良かった……」
「良かったってそんなに何度も……。貴方もそう思われていたのですね。それならそうと仰ってく」
「言う言う!これからはもう自分を抑えないって今きめたの。ユージン、覚悟しなさい!」
「……僕は何を覚悟すればいいんですか!?」
必死で涙をこらえる。
この子が生きていてくれた――それだけで十分なのに、もう一度会えるなんて。
けれどユージンは、驚いたり神妙になったりと忙しなく表情を変えていた。
「あのー、アリシア様。何か話がかみ合ってない気がします」
「え? エルミナ、私なにか変なこと言ってる?」
彼女からのツッコミに、私は思わずソファーの後ろへと振り返る。
「いや、こんな重大な話にメイドの私が口を挟むのはどうかと思うんですけど」
今世での私専属のメイド、エルミナは言葉を続ける。
「明らかに、アリシア様の言動の方が訳わかんないですよ」
◇
「……大変失礼いたしました。ちょっと取り乱してしまって」
私は何度か深呼吸をしつつ、ユージンにお詫びをした。
「ユージ……ラウネル卿。婚約破棄というのは……その、理解しました」
できる限りの冷静さを装いながら心を整える。
ホントはよく分かってないんだけど。
――そして、私は直感する。
このために前世を思い出したのだ。
今世では失敗しない。
この子は、私が守る。
今度こそ。絶対に。
たとえこの身に、何が起きようとも――
「あ、いえ、混乱されるのも当然です」
覚悟を決め、感極まっている私をユージンはあっさり現実に引き戻すのだった。
もう。
――でもね、ユージン。
こんな形で婚約破棄を宣言するなんて、あまりにも危ういのよ。
今からそれを教えてあげる。
私は前世の王の記憶を呼び覚ますのだった。
お読みいただきありがとうございました。
アリシアとユージンの行く先を、見守っていただけると嬉しいです。
何か少しでも、あなたの心の中に残るものがありますように。
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表紙となるイラストは、画々市先生に描いていただきました。
画々市先生とは何度もイメージのすり合わせを行っていただき、私自身の持つキャラクターや世界観のイメージを余すところなく表現していただいております。
作品と合わせて、こちらのイラストでイメージを膨らませていただければ嬉しく思います。




