第15話 アレク殿下の危うさ。
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「……我が父、皇帝陛下が病に伏せているのは周知の通りだ」
少し顔を伏せ、呟くようにアレク殿下は話し始める。
「はい。私も噂では伺っております」
「そのため、代理として兄である第一皇子と私が分担して政務を行っている」
そこまで言ったあと、彼は少しだけ額に皺を寄せる。
「……情けないことだが、帝国の現状はあまり芳しくない。リオーネ領の件はもちろん重大な課題だが、その他にも役人の腐敗、貴族の反発、治安の悪化など、目に見える形で問題が起きている」
「……」
「アリシア嬢、私は君を認めている。私と一緒に、この国難にあたってほしい――そう思い直す位には」
そう言うと彼は、ふと身を乗り出し、私をまっすぐに見つめた。
「公爵家の内情を知った時は半信半疑だったが、今のやり取りで納得した。君は私の想像を越える能力を備えている」
「それは、ありがたいお言葉です。光栄の至りに存じます」
アレク殿下は私の返答は意に介さず、独り言のように呟く。
「まるで、あの時の――」
彼は虚空に視線を漂わせている。
まるで、遠い昔の光景を思い出すように。
「……だが、公爵令嬢を帝室の一員に加えるなど、政争の種を増やすようなものだ。――それでも」
彼は言葉を飲み込み、わずかに目を伏せた。
そして、ほんの一拍の後、再び私を凝視する。
「いや、それとも――君は、私の側にいることを望むか?」
――えっ?
今、この人は何を?
彼の冷たくて、だけど、どこか熱を帯びた視線を受けながら言葉の真意を探る。
……ああ、そうか。
この人はきっと、そこまで追い詰められているのね。
自分の命令で、他の人と婚約させようとしている女性にすら、手を伸ばさずにはいられないほどに。
冷静な発言とは思えない。
――でも。
彼の中で、言葉にならない何かが揺れている気がした。
権力の座に就いた者だけが抱える孤独――それを、私はよく知っている。
「……殿下、お戯れを」
私の言葉に、彼はふっと目を伏せると、少しだけ乱暴に身体をソファーへ預ける。
「今の発言は……忘れてくれ」
その声音に、私は殿下の中にある闇を垣間見た気がした。
「ところで――君の目に、私はどう映っている?」
続く彼の唐突とも言える質問に、私は静かに微笑みを返す。
「はい、聡明な方だと伺っております。本日お目にかかって、ますますその思いが深まりました」
「――やはり君は賢い」
彼は立ち上がり、執務机へと戻る。
「正式な命令は、後日謁見室にて行うので連絡を待ってくれ。ただ――」
「ただ?」
「私が、この帝国の行く末を本気で案じていること――アリシア、君だけは理解していてほしい」
「……もちろんですわ、アレクシス=ルクス第二皇子殿下」
彼の表情が、ほんのわずかに揺れた。
◇
私は一礼のあと第二皇子の部屋を退出し、心配そうな表情のエルミナと一緒に皇宮を後にした。
私たちは馬車で、ユージンの住む騎士団寮へ向かう。
「――まあ彼なりに、帝国の事を憂いている好青年って感じだったわね」
「清々しいくらいの上から目線っすね。不敬罪とは……」
「あら、私は正直な感想を言ったつもりよ」
……そうとでも言わないと、この胸のざわめきが抑えられないから。
結局、『じゃない方』を演じきることは出来なかった。
けれど――それを後悔する気もない。
殿下は、それほどの人だった。
たしかに、アレク殿下には皇帝陛下に代わって地方の自治を守るという建前がある。
ユージンの抜擢も、理屈としては納得がいく。
楽観的に見れば、彼の命令は合理的だし、内容に綻びは無い。
――なのに。
どうしてだろう。やはり何かが引っかかる。
言葉や態度の端々に、意図的な罠とは違う、あの人の『危うさ』を感じる。
単なる思いつきなんかじゃない。
人はこれを『勘』と呼んだりするけど――
知識や経験、立場。
そういったものが重なり合って形になる予兆だと、私は思っている。
前世で王だった私は、この感覚に何度となく救われてきた。
ただ、どちらにしても、もう後戻りはできない。
ユージンにこの話をして、あの子の意思を確かめないと。
そんなことを考えているうちに、馬車は寮の前へ到着した。
◇
「今、外出したところですよ」
私たちが騎士団寮の衛兵にユージンを呼ぶようお願いしたところ、意外な返事が返ってきた。
「……何か急用があったのかしら」
「っていうか、約束しておいて留守ってどういうことっすか?」
エルミナが憤慨して衛兵に詰め寄ると、彼は肩をすくめる。
「約束だかは知りませんが、さっき子供が来て、彼に何か話してましたよ。何か大変なことがあったって。それを聞いて、剣を持って慌てて出て行きましたね」
「「それは、どこ!?」」
私とエルミナは同時に叫んだ。
「ど、どこかは聞いてませんが、恐らくここの裏手を真っ直ぐ行ったところにある孤児院です。子供はそこからの使いでしたから」
「エルミナ、向かうわよ!」
「はいっす!」
私たちは急いで馬車に飛び乗り、御者へ孤児院に急行するよう指示した。
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明日も二話掲載予定です。




