第14話 元女王、第二皇子と取引する。
本日も更新しました。
今回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。
――弱気になってはいけない。
ここは、私の持つ弱みを解消する絶好の機会だ。
私はアレク殿下の眼を真っ直ぐに見据える。
執務室に漂う空気が、冬の朝のように冷たくなるのを感じる。
「ふむ、公文書についても重大な罪となるが、さらに帝室への上奏文にまで、当主本人の名で君が代筆をしていたとはな」
殿下は目を細めながら、私を突き刺すような視線で圧倒しようとする。
「確かにそれは、公爵家を取り潰すに十分な罪と言えるな」
――そう、父が行うべき実務を私が肩代わりしていたことと、父の名で帝室へ上奏文を出していたことでは、罪の重さが違う。
殿下は一瞬沈黙し――
愉快そうに、けれどどこか含みを帯びた微笑を浮かべる。
「なるほど。そう出るか」
「……」
やはり殿下は、この件もすでに把握しているのだろう。
知った上で私をユージンの『補佐役』に選んだのだ。
態度を見るに、いずれ最悪のタイミングで交渉材料として切られたでしょうね。
その可能性は最初から考えていた。
だからこそ、私はあえて先に自白した。
「公爵家の不祥事に、私を巻き込み、共犯者とする――か。それも、公爵令嬢自らの告発によって」
殿下は私の隣から立ち上がると、向かいのソファーへ戻る。
「――アリシア嬢、君は思った以上に危険な女性のようだ」
鋭利な瞳で私を射抜きながら、殿下は言葉を続ける。
「これで私は選択を迫られることになった。リオーネの地か、レオニエル公爵家かを」
殿下は私の意図を正確に把握している。
そう、彼はどちらかを選ばなければならない。
そして、どちらを選んでも、殿下の描いた計画は修正を迫られる。
ただし――
それはこの告発が、『表沙汰になれば』の話。
殿下が心の奥に留めておけば、すべて丸く収まる。
それは即ち、帝室がレオニエル公爵家の不祥事を黙認したと同義だから。
だから、これは賭け。
私が差し出すのは、レオニエル公爵家の利用価値。
そして――私への過分な信頼。
リオーネ統治が成功すれば、殿下の名声は確実に高まる。
そして、殿下が真に目指しているのは――さらにその先だと私は踏んだのだ。
……分かっている。
ユージンの気持ちも聞かぬまま、私は勝手に走り出している。
それでも、止まれない。
あの子が闇に飲まれる未来にだけは、絶対にさせない。
「君は自分の発言が、何を意味しているのかを理解しているのか?」
彼の声は静かで、重い。
「私とユージン様で、御意に添う結果を」
「――必ずだ」
殿下の声が低く響く。
「リオーネ領の統治を、殿下の定められた一年のうちに必ず成功させることを、ここに誓います」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「……いいだろう。君の告発内容については不問に処す」
――賭けに、勝った。
緊張がほどけそうになるのを、私は必死に抑えた。
背筋を一筋、冷たい汗が流れていくのが分かる。
内心で何度か深呼吸していると、少し間をおいて殿下が話し始めた。
「ああ、それと、もう一つ君たちの婚約には理由がある」
先ほどまでの殺気めいた雰囲気は影を潜め、アレク殿下は柔和な笑顔に戻る。
「二人とも魔力を持たない同士、リオーネ領の民も君を受け入れやすいと思ってのことだ」
なるほど、それも道理ね。
彼らが魔力に忌避感を持っている可能性を考慮している。
「――だが少しばかり、私は今回の人選を急ぎすぎたかもしれぬ」
殿下が、静かに私をみつめながら呟いた。
「……仰る意味が、分かりかねるのですが」
「君の有能さの質を見誤っていたよ。君はユージンを支えるというより……。いや、この話はここまでにしよう」
彼が何を言っているのかを考えている間に、殿下は話を変える。
「それと君の処遇については、既に君の父上には伝えてある。君が来る前にね」
殿下はここまで言うと、その時を思い出したのか、少年が悪戯を成功させた時のような笑顔を浮かべた。
「最初は憤慨している様子だったが、公爵家の内情について話すうちに、いつのまにか納得してくれたようだ」
流石は殿下、今から聞こうとしたことを先回りしてくれた。
父が今朝、慌てて出かけていったのを思い出す。
まあ、これだけ公爵家の所業がバレていれば、殿下の要求は飲まざるを得ないでしょう。
冗談じゃなく、お取り潰しの名目を帝室に握られているのだから。
これは帝室の力を父が甘く見ていたという証左だ。
もっとも、そのおかげで殿下が私に目を付けて下さったとも言える。
……何というか、皮肉なものね。
◇
――そうなると、残るのはレオニエル公爵領の統治。
私がリオーネ領へ出向くのであれば、今までのように一日中執務室で対応するわけにはいかない。
エルミナには、是非とも私のそばにいてほしい。
だから、私たちの為に動いてくれる人を何人かお願いしたいのだけれど――
「ああそれと、レオニエル公爵領の統治についてだが――何人かを君の下に付けよう」
「……!?」
本当に話が早いわね、この皇子。
正直、レオニエル公爵家の行く末については後回しにしたい。
今の私が最優先すべきは、ユージンのこれからについて、だから。
「私個人に仕える者達だが、文武において皆それなりの技量は持っている。君の裁量で上手く使ってくれ」
そう言って、彼は微笑む。
「……ありがたく、使わせていただきます」
私が懸念しそうなことは全て分かっているって訳ね。
そして、暗にこうも言っている。
――これだけの環境を揃えて、失敗など許されると思うなよ、と。
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それでは、明日20時30分にお会いしましょう。
明日も二話掲載予定です。




