第四十話 波乱万丈な「女神参拝式」 女神は、「信者二十号」のもとへ
「ご主人様、どうかご両親の言葉をしっかりお心に留めておいてください。軽率な行動は禁物です。ここで公然と警察と衝突すれば、ご両親は自慢の息子が犯罪者となる姿を目撃する羽目に陥るのみならず、妹さんにとっても何の助けにもなりません。」
さすがは理性的な分析で定評のある「心臓先生」だけある。その諫めは僕の弱点を直撃し、血迷った僕の心を静めてくれた後、ステージ中央の端で足を止めた。
しかし正直なところ、舞台裏で見せたあの豪快な気概をもう一度見せてくれるのを、実は結構楽しみにしていたんだ。
「スマン、文緋の安否に関わる事になると、つい取り乱しちまって……」
僕が自ら違法行為を中止したのを見て、機動隊員たちは再び彫像のような静止姿勢に戻った。
そしてホール内の驚きの声も、すぐに野次とブーイングへと転換した。
大方、僕が警察にぶん殴られる様を期待していた望みが裏切られたから、こうやって抗議しているのだろう。
幸い、これは今回のライブのチケット払い戻し条件には該当しない。
「はぁ……はぁ……さ、さすが今夜のトリ当選者だけあって、これほど待ちきれずに女神様に拝謁したがっているとはね~この信者の『月の女神』への忠誠と崇敬は、『万死一生を顧みず』とまで言えるほどの高みに達しています!このような崇高な覚悟は、私たちも見習うべきではございませんか~」
司会が何とか追いつき、息を切らしたままに片手で僕の肩を叩きながら、放送事故を招きかけた僕という「狂信者」の体面を繕おうとしてくれた。
「さ、さて、早速、本題に戻りましょう~今夜の最後の『選ばれし者』として、皆様に簡単な自己紹介と、ご感想を少しお聞かせいただけますでしょうか~」
「安達と申します大変光栄ですが急いでいるので手短に済ませていただきます早く家に帰りたいのでさっさとこのバラの花束を『月隠の顔』に渡させていただけませんか司会者さん?」
読者の皆様、どうか以上のセリフの句読点が印刷上の不具合で欠落していると思わないでください。
なぜなら、僕は本当にこのまま一気に答えてしまったからだ。その速さはトークショーに出る早口な芸能人より速く、途中で区切りや息継ぎをする暇さえなかった。
こんな不機嫌そうな口調は、司会者やファンへの配慮に欠けるだけでなく、この千載一遇のステージに立つ機会、すなわち「月の女神の恩恵」を軽んじているようにも聞こえたため、ホール内の野次はかつてないほどの騒音記録を突破し、危うく腐った卵や臭い靴を僕に投げつけるところだった。
「も、もちろんです! 女神様を長く待たせたりしないように、安達さんは実に気を配っていらっしゃいますね! それでは、安達さん、最後の奉納品を女神様にお捧げください!」
度量の広い司会者に一礼すると、僕は早足で小屋へと向かった。
一歩踏み出すごとに、空間的には彼女に少しずつ近づいていくのだが、その生気のない仮面を前にして、初めて恐れを覚えた。
この「月の女神」が、いつかその六枚の真っ白な翼を広げ、ゆっくりと夜空へと舞い上がり、彼女を深く愛する者たちからますます遠ざかり、やがて星々と溶け合い、満月を伴い、それっきり僕とは永遠に離れ離れになってしまうのではないかと──
機転の利く脳細胞たちは僕の頭蓋骨の内側で、以上の妄想の情景を見事に紡ぎ出した。
汗腺内の明細胞と暗細胞たちもタイミングを見計らった上で、僕の皮膚表面からひんやりとした液体を一粒一粒分泌し、乾きかけた服の中に染み込んでいった。
「安達さん?安達さん?まあ~どうやら安達さんは、女神様の神聖なオーラにうっとりして、思わず足をとめてしまったようですね!」
「あっ…す、すみません!すぐ行きます!」
司会者に声をかけられたおかげで、小屋の少し手前で立ち止まっていたことに気づいた。
立ち止まるべき時に盲目的に突き進み、進むべき時に躊躇してしまう……どうやら僕も矛盾の塊になりつつあるようだ。
「OK~安達さん、ここで止まってください!」
―――――――
ついに、僕は女神様に最も近い場所にたどり着いた。
目の前の小屋はまるで巨大な仏堂のようで、その中には世界中の人々に崇められている「月の女神」の像が祀られており、荘厳で神聖な雰囲気に溢れている。
言い換えれば、彼女の姿は依然として彫像そのものだ。
たとえ「月の女神」の大好きな赤いバラを手にして女神様の前で立っていたとしても、想像の通りに彼女の元気や活力を呼び覚ますことはできなかった。
「文緋! 見て見て! 約束通り、バラを持ってきてあげたぞ! これはお前が一番好きな花だよ~ だらっと座っているんじゃねぇ!さあ、早く立ち上がって、約束を守る世界一の優しいお兄ちゃんを出迎えてくれ!」
女神様に伝えたい言葉は、心の声の形で自分の胸の奥に響くしかなかった。
自ら手を伸ばして女神様の御体に触れようとしても、物理的な障壁を乗り越えようがない。
僕と文緋の間に挟まれた薄いガラス一枚が、織姫と彦星を隔てる天の川と同じ役割を果たしているのだ。
「おい……お願いだから……これ以上心配させないでほしいんだ!素っ気ないふりするんじゃねぇ……冗談にもほどがある!」
心の声が喉元へと込み上げてきて、今にも口を衝いてこぼれ落ちそうだった。
「よし~それでは、安達さん、前に出て『奉納品』を差し出してください! 女神様が手ずから受け取られますよ~」
司会の指示が終わるが早いか、待ちに待った神様の御業がついに目に入った―――
「月隠の顔」と名付けられたその彫像が、椅子からゆっくりと立ち上がり、司会の合図に従って僕の贈り物を受け取ろうとする。
「なるほど、司会の指示なしでは勝手に動いたりしてはいけないってわけか……まったく、イベントの演出だと知っていれば、こんなに無駄に心配しなくて済んだのに~親もきっと見間違いだろ?彼女には何の問題も……」
ふと、100万人のファン全員が息を呑み、そして続々と驚きの声を上げ、目の前の光景に見入っている。
開かれたのはあのガラス窓ではなく、その横にあるガラス扉だったからだ──
「月隠の顔」が、なんとガラス小屋から歩み出てきたのだ。
臨機応変に優れた司会者でさえ、驚きすぎて口を開けたまま言葉が出ない様子からして、「月隠の顔」が自発的にガラス小屋の保護を解除したことは、決して企画内容通りの演出ではなく、100%の突発的な事態だったことが分かる。
こう言うのは後知恵のようだが、「月隠の顔」の気まぐれは、多少なりとも僕の想定内だった。
何と言っても、僕はこのホールで唯一無二の特権階級であり、どのような優遇を受けても当然のことだ。
「この小悪魔め、わざと俺を最後に出場させたのは、このためだったのか~」
僕は、過去18年間一度も顔に出したことのない表情で、「月の女神」の破格のご降臨を恭しく迎えようとする。




