第三十九話 波乱万丈な「女神参拝式」 「信者二十号」は、襲来する
清音との約束の言葉は、マイクから響く大きな声に遮られた。
僕と清音はステージを眺めると、司会者が僕たちの方を指さしながら歩いてくるのが視界に入った。
「私、私ですか? 本当に、本当に私ですか? 間違いじゃないですよね?」
司会者の指への応答として、僕も震える指を自分の顔へ伸ばした。その震えは、時計の振り子よりも激しかった。
「本当に、 本当に先輩です! スクリーンに先輩の席も映っています! 『月の女神』が、先輩の願いを叶えてくれました~~~!」
清音はワクワクして僕の腕を組み、そばでぴょんぴょん小躍りしていた。自分が選ばれた時よりも興奮しているようだった。
「やった~~~~~~~~~! 女神様はやっぱりご主人様を見捨てていない!」
「ほら言ったでしょ~ご主人様の妹さんなら、絶対に約束を守ってくれるって!人間って、いつだってすごく頼りになる生き物だもんね~」
「後で『月隠の顔』のお肌に残った他の人間たちの汚れを、しっかり落とさなきゃ…あの聖なる右手は、我々皮膚細胞が守ってあげよう!」
「ご主人様!もたもたしないで、早くステージに上がってください!何なら、私たち筋肉細胞にやらせていただきますか?」
体内の数十兆ものちっちゃなファンたちが一瞬にして大騒ぎになり、声を上げて祝うと同時に僕をせき立てていたが、両足はまるで地面にくっついたかのように動けず、その姿は依然として故障した人型ロボットそのものだった。
「あそこのお兄さん~まさか女神様に逆らうつもりですか~そう、あなた様です! さあ、ステージに上がって『月の女神』が今夜最後の恩恵をお受けください~ 」
司会はすでに真前に立ち、僕に向けた指をまだ下ろそうとはしない。
大スクリーンの生中継の映像も、棒立ちの僕の姿を完璧に映し出していた。
「まあまあ~どうやらこの御方は、突然降りかかったこの幸せにまだ慣れていないようですね~信者の皆さん!この御方や他の19人の『選ばれし者』ほど幸運ではない方も大勢いらっしゃることは承知していますが、私たちは皆、女神様の崇拝者同士であるからには、互いに助け合ったり、支え合ったりするのも当たり前ですから~では皆さん、この迷える仲間を励ますために拍手を送ってあげて、この聖なる祭典の完璧なフィナーレを彩りましょう~」
残念ながら、司会の呼びかけは逆効果となってしまった。
というのも、この「崇拝者同士」たちが僕をステージに押し上げるために送ってくれたのは、拍手ではなく、とてつもなく騒がしい野次と罵声だったからだ。
要するに、さっきの「選ばれし者」たちと同じ扱いを受けたわけだ。
しかし、この汚い言葉が混じった雑音のおかげで、ショックでフリーズしてしまっていた僕の頭は急に目覚め、次の瞬間には噴き出そうとする大喜びに浸り、清音に向かってこの抑えきれない至福の快感をベラベラと語りまくった。
一般的に言えば、事前に計画しておいたことが実現しただけで、正気を失うほど喜ぶ人なんていないだろう。
「清音!!!!! 本当に選ばれた!!! 見てる?見てる? 本当にあんたの言った通りになった! てっきりダメだと思ってた!!!これは本当に『月の女神』が俺のために用意してくれた試練だったんだ! この試練をクリアした! 本当にクリアした! しかも、さっきの約束をすぐに果たせる! めっちゃすごいよね! ねぇ!!!」
「はいはい、分かってますよ先輩~早くステージにどうぞ~『月の女神』を長く待たせないでね~」
「そうそう、もう十分待たせちゃったし……じゃあ、行ってくる!」
「うん! 私のプレゼントも、よろしくお願いします~」
「言うまでもないさ~任せとけ!」
清音は羨望の眼差しで見送ってくれた。僕はいつものように、真っ白な歯を丸見えにした笑顔で応えてから、出発する前にあの小屋を一瞥した。
僕のプレゼントを心待ちにしているのはあからさまだし、兄がこのプレゼントを手渡す瞬間を楽しみにしていることも知っているくせに、わざと僕を最後尾に回すなんて。
これを「サプライズ」と呼ぶというより、むしろ兄妹二人にとっての「罰ゲーム」と言った方がふさわしい。
「後でアイツにしっかり説教してやる。次は、こんな辛い『サプライズ』を用意するなって。」
心の中で少し不貞腐れた後、僕は勝者のような態度を装い、この賭けの最終報酬を受け取りに赴いた。
僕の席はステージにとても近いので、小型飛行機を使う必要はなく、徒歩でステージに上がるだけでいい。
そこで、司会やスタッフの指示に従い、ホール全体から雷のようなブーイングを浴びながら、ステージの袖の階段へと駆け出した。
その途中、超能力を使って一気にあのちっちゃな小屋の前に飛んでいきたいという衝動を、必死に抑え続けなければならなかった。
僕の風のように速い足取りに引き替え、ガラス小屋の中の「月隠の顔」は山のように微動だにしない――
「ストップ」を言ったきり、彼女は中でずっと動かずに、座り続けており、まるで椅子に張り付いているようにも見えた。僕が間もなくステージに上がって彼女に贈り物を捧げるという事に対し、全く無関心な様子。
とはいえ、彼女の僕に対する冷ややかな態度については、説得力のある理由を数多く思いつける。
例えば、「女神様」としてのイメージを保つため、百万人もの前で僕の登場に浮かれずに、わざと冷静を装っているのかもしれない。
あるいは、僕の赤いバラにめっちゃ感動したものの、個人の好みを表に出せないため、余計な動きを控えることで感情の乱れを隠しているのかも……
どのような理由にせよ、どうせ賭けの結果は決まっているのだから、報酬がほんの少し減ったところで大した問題ではない。
特に、同じく勝者である両親の立場に立って考えてみれば、この冷やかさもすんなり受け入れられる。
―――――――
こうして、僕はうきうきと歩いてステージの袖に上がろうとした矢先、そこで待機していたスタッフたちに呼び止められた。
「安達さん、ちょっとお待ちください。VIP席の3列目、72番と73番の席にいらっしゃるお二方から、あなたへの伝言があります。」
「今更俺に伝言なんて……きっと家族ぐるみでこの喜びを分かち合いたいんだろうな~あっ、失礼しました。じゃ詳しく聞かせてください。」
「はい、お二方の伝言はこうです。『ターゲットの様子がとても異常なので要注意。取り返しのつかないことにならないうちに終わらせてほしい。くれぐれも長引かせないで』、とのことです。」
待てよ、この符丁っぽい晦渋な言葉遣い、どこかで聞いたことがあるような気が……
この前、両親への伝言と似たような表現じゃないか?だとすれば、僕たちの共通の符丁リストで翻訳すると、だいたいこういう意味になる――
「文緋の状態が非常に心配なのでよく気を付けて、ステージ上で長居しないで、早くこのイベントを終わらせて文緋に休んでもらえ」って。
咄嗟に、僕は大喜びだった表情を押し殺し、目を大きく見開いて再びステージ上の小屋を見つめた。
何の変化もなく、何の気配もない。
あのおめかしをした仮面の少女は、そのまま静かに座り続けている。
まるで椅子に置かれた人形のように、異常は全く見られず、血気さえも感じられない。
唯一断言できるのは、あの欠けた月の模様が彫られた仮面の下で、何かが起こっているに違いないということだ。
そうでなければ、親がこんなにも不安になるはずがない。
すでに決着がついたはずの賭け事に、再び暗雲が立ち込める。
手中に収めた勝利の果実が、手のひらで腐り果ててしまう危機に瀕しかねない。
「ご主人様……お役に立てず申し訳ありません!透視能力を備えられなかったばかりに……ご迷惑をおかけしてしまいました……」
と、「目」は重大な過ちを犯したような口調で反省し、自分には関係のない罪をすべて自ら引き受けようとした。
「目ちゃん、さっさとご主人様をステージに上がらせて、妹さんの状況をはっきり確かめてもらったほうが、ここで反省するよりずっと増しじゃない?」
と、耳からの催促。
「確かに、現時点で最も重要なのは誰の責任かを問うことではなく、ご主人様の両親の指示通り、このイベントをできるだけ早く終わらせ、『月隠の顔』の状況を確認することです。ですから、ご主人様……」
心臓の助言を最後まで聞く暇もなく、伝言を届けてくれたスタッフに礼を言う暇もなく、僕は迷わずステージの袖へ駆け上がり、一気にステージ中央へと突進した。
あまりに速く走ったため、迎えに来ていた司会を置き去りにしてしまった。
「おめでとうございます!今夜の最後の『選ばれし者』として、一言お願いし……えっ? ちょっと…… お待ちください―――!」
その瞬間、ホール内の罵声やブーイングは一斉に驚きの声へと変わり、その雰囲気はまるで何らかの危険なパフォーマンスを行っているサーカス団のようだった。
ライブのチケット一枚でこれほど多様なパフォーマンスを楽しめるなんて、コスパ的には満点だ。
ステージ上で指示に従わず、好き勝手に振る舞えばどうなるか、誰もが分かっている。
何しろ、小屋の両側に立つ機動隊員たちは、単なる展示用のマネキンではないのだから。
それに、機動隊と二度も敵対し、彼らに散々苦しめられた僕のような「暴徒」こそ、彼らの手の内を誰よりもよく知っているはずだ。
にもかかわらず、僕の両足は制御不能になり、どうしても止まることができない。細胞に何の命令も下していないのに。
この足の速いバッタが急接近するのを見たら、ついさっきまでずっと仁王立ちしていた用心棒たちは、大敵が襲ってきた時にしか入らない戦闘態勢を整えた。
先ほど舞台裏で繰り広げられた現行犯逮捕の芝居が、まもなく百万人の前で再現されようとしている――




