第三十八話 波乱万丈な「女神参拝式」 女神様に見捨てられかけた「信者二十号」
あの相倉という気障野郎が百万人からの罵声に囲まれて去っていった後、司会は場の空気を和らげるために、締めの挨拶のような個人的な感想を述べざるを得なかった。交流コーナーが始まってまだ数分しか経っていないのに。
「うわぁ~~~今夜は本当に歴史的な一夜ですね!最初の2人の参加者だけなのに、女神様に対する深い愛情をこれほどまでに示してくださり、大いに感服いたしました!残りの当選者たちも、この二人の信者たちに負けはしないでしょう~~~」
締めの挨拶を発表しているのは司会だけではない。
「本当、目から鱗が落ちたって言っても過言じゃないなあ。子孫繁栄を意味する家宝を、プレゼントにして女性に贈る男性なんて、初めて見たもの。」
「拙者も同感です。人間はこれに関して、実に想像力が豊かですね。」
心臓と共に、精神空間の中でこうした人間たちの不可解な行動を好き放題にツッコミを入れていた。
「ただ、拙者は少し気になります。『月隠の顔』はファンからの贈り物を受け取った後、どうされるのでしょうか? それに、いかに高価な贈り物であっても、気兼ねなく、そのまま受け取られるのでしょうか?」
「言われてみれば確かにね……まあ、この痴漢どもにいいようにやられる筋合いもねぇだろ? 少しばかりのチップを貰うくらい、大した問題じゃないさ。」
「ふむ、どうやらご主人様にも、利己的で腹黒い一面があるようですね。」
「しょうがねえだろ、うちの妹に目をつけた奴らが悪いんだ。でも、君にそう言われれば、こっちも気になり始めたな……清音なら何か知っているかもしれん。」
―――――――
この共通の疑問を清音に投げかけたが、彼女はそれを僕を冷やかすネタにしてしまった。
「先輩は、自分が贈った花が十分に手入れされず、どこかの薄暗い隅で枯れてしまうんじゃないかと、心配しているんでしょう~?」
「はあ~?よくも俺をからかうものだな~」
「だって先輩のほうが、先に、先に私をからかったんですもの~」
「結構根に持つんだな~……まあ、否定はしないけど……」
「先輩、これを、これを見れば、分かるはずです。」
清音はスマホのアルバムを開き、ある博物館の展示ホールで撮ったような写真を見せてくれた。
広大なホール内には数十個の巨大な展示ケースが並び、その中には様々な品物が種類別に陳列されていた。
花やアクセサリーをはじめ、香水や服、さらには貴重な珍品に至るまで、その数は目まぐるしいほど多く、世界中の贈り物になり得るものはほぼ網羅されていた。
「これって、もしかしてファンから贈られたプレゼント全部?」
「ご、ご明察の通りです! これは『月隠の顔』が所属する事務所が大枚をはたいて建てたコレクションルームで、受け取った奉納品はすべてここに収められ、専門スタッフが定期的にお手入れをしているそうです。一部の貴重品については、品質を保つために窒素ガスまで使われているそうで、ファンの気持ちをどれほど大切にしているかが垣間見えますね~」
「さすが財閥のお嬢様、金に糸目をつけない主義だな……でも、よく分からないんだけど、なんでこんなことに大金をかけなきゃいけないの? 他のものはともかく、香水や化粧品なんかは、そのまま使っちゃったほうが良いんじゃない?」
「公式の説明によると、これらはすべて『女神様』への『奉納品』と見なされており、入念に手入れを施さなければならず、勝手に手を付けることは許されないそうです。」
「なんて中二病的な理由なんだ……知らない人は国庫だと思っちゃうかも。」
清音はほほえみながら、自分の見解を述べた。
「でも、これはあくまで表向きの建前で、実際には別の理由があると思います。」
「へえ? ぜひ聞かせてほしい~すっごく興味あるから~」
「元々運営側にはこのような企画はなかったのですが、ファンが次から次へと贈り物を送り続けて、全部辞退するわけにもいかないため、やむを得ず『奉納品』という名目をつけて、ファンとの交流イベントで女神様に気持ちを伝える機会を皆に与えることにした次第です。しかし、アイドルとして、常に良いイメージを保つ必要があって、スキャンダルを引き起こさないよう注意しなければなりません。ですから、事務所側は、『実は彼女はちゃっかり屋で、ファンの好意に付け込んで甘い汁を吸う人間だ』と誤解されないように、あえて大金をかけて女神様の純粋で無欲なイメージを作り上げているのではないか、と推測しています……こ、これはあくまで個人の推測で、根拠なんて全然、全然ございませんので、お恥ずかしい限りです!」
アルバム発売会で清音に教わった時と同じく、再びこの少女の綿密な分析と独創的な視点に感心させられた。
「いえいえ、むしろ俺の方が勉強になったよ。俺ならそこまでてんで考えつかなかった。それに『月隠の顔』について知っている限り、こういう企画は彼女の意に沿っているはずだ。」
「先輩のおっしゃる通りです!だって、彼女はすごくいい人ですから~!」
「あんたもそうだよ、清音!」
「もう、先輩、意地悪……抽、抽選の続きを見ましょう~」
頬を膨らませた清音はぎこちなく話題をそらした。
その姿は吹き出さずにいられないほど滑稽でありながら、無邪気で愛らしい一面も丸出しにしていた。
どうしたわけか、僕の右手には、彼女の頭を優しく撫でてあげたい衝動が湧き上がった。
が、抽選結果への強い関心が一瞬にして脳内の主導権を奪い返し、他の雑念を根こそぎ一掃してしまった。
「くそっ―――!!また選ばれなかったじゃないか!!!」
このような憤りに満ちた言葉が、VIP席の最前列150番の席で3回以上繰り返されただけでなく、等差数列の形でじわじわと増えていった。
4回目、5回目、6回目……
連続落選という残酷な現実は、僕と体内の数十兆の仲間たちをいやが上にもイライラさせた。
なかんずく、運がツキまくっている「選ばれし者」が次々とステージに上がり、「月隠の顔」の餅肌に触れる様を目の当たりにするたびに、幾度となく堪忍袋の緒が切れるところだった。その中には女性ファンも数名いたというのに。
幸い、清音がそばで慰めてくれたおかげで、何とか持ちこたえた。
ところが、状況は次第に、清音の慰めさえも効かなくなるほどにエスカレートしていった――
―――――――
時刻は深夜2時近く。
19人目の「選ばれし者」が、同じく19回繰り返された満天の怨嗟の叫び声の中、飛行機に乗ってステージを去っていった。
そして、一見するとまだ鮮やかさを失っていないあの赤いバラは、依然として僕の手に握られたままだ。
この花たちは、僕や他の落選者たちの心境が、焦りと苛立ちから絶望寸前へ変化していく過程を、1秒たりとも見逃すことなく見届けていた。
「おしまいだ……おしまいだ……おしまいだ……」
同じ五文字が、僕の口から何度も何度も漏れ出た。故障した人型ロボットのように見えると言っても言い過ぎではない。
「ご主人様──────! もう19人目ですよ!!! どうしてまだご主人様の番じゃないんですか!!!残りはあと一人だけ!!!」
「もうダメだ、妹さんは約束を破りそうだ……人間ってのはやっぱり頼りにならない生き物なんだ……しくしく……」
「いや―――!!!我々皮膚細胞は、『月隠の顔』のお肌と触れ合う準備まで整えていたというのに!これじゃ全部無駄になっちゃうじゃないか!」
「ご主人様! いっそステージに飛び上がっちゃいましょう! 我々筋細胞はいつでも高速運動モードにスイッチできますから!」
このロボットの内部はとっくに大混乱状態に陥っている。各システムは機能不全となり、中央処理装置へエラー情報が狂ったように送り込まれ、サーバー過負荷の危機が目前に迫っていた。
どうやらこの絶望感は伝染性がよほど強いらしく、かつて世界を席巻した新型ウイルスすらも敵わないほどだ。そうでなければ、わずか数分のうちにホールにいる999,978人の人間観客と、数十兆匹の知的生命体全員に感染し得ないだろう。
状況が不明な親を除けば、この「絶望ウイルス」に対する免疫を持っているのは、おそらくたった一人だけだ。
それは、未だに希望を与え続けてくれている清音。
「先輩、どうか、どうか元気を出してください! 以前、私が先輩に、先輩に言ったこと、覚えていますか~あの、その……これは『月隠の顔』が、先輩の信仰を試すために、特別に用意してくれた試練なんです! もし、もし最後まで耐え抜くことができれば、きっと、きっと究極の喜びを得られるはずです~」
陽気な笑顔から伝わってくるのは、この絶体絶命の局面にあっても、彼女が「月隠の顔」を信じる心は少しも揺らいでいないということだ。
声には確固たる自信が感じられるが、話し方の上手さはやや衰えている。
どうやら僕のプレッシャーを和らげるために、あえて少女感たっぷりの可愛らしい口調で話してくれているようだが、緊張と不慣れさが重なったせいで、またいつも通りの言葉がもつれたりする症状が出てしまった。
ぶっちゃけ、清音が必死に僕を励まそうとしているこの姿は、さっきの不貞腐れた顔よりずっと可愛い。
特にこのセリフを言い終えた後、彼女自身も死ぬほど恥ずかしくなったようで、真っ赤になった顔をそらさざるを得なかった様子は萌えすぎて、9割以上の血気盛んな若い男性を一瞬で虜にしてしまうほどだ。
ただ残念なことに、今の僕は屍のような顔色で、いたいけな少女に対しても何の欲望も感じない。
たとえ無数の美人が僕の目の前で、裸で横たわっていても、ただ生命活動を行う肉塊としか思えないのだ。
「ごめんね清音。さっき約束したことは、どうやら果たせそうにないのだ。」
僕はあの御守りを取り出し、清音に返そうとしたが、彼女に両手で止められ、お守りを握った僕の手を優しく包み込まれた。柔らかな感触がたちまち肌へと伝わってきた。
これで、手の皮膚細胞たちの欲求をひとまず満たせるかもしれない。ついでに清音の指紋を記録するなよ。
「たとえ今夜選ばれなくても、先輩が『月隠の顔』のファンでいてくださる限り、この約束はずっと有効ですよ!ですから、どうか、どうか諦めずに、そしてしばらくこの御守りを、預かって、預かっていてくださいね~」
「でも、これって君にとってとても大切なものじゃ……本当に俺に預けて大丈夫なのか?」
清音はきっぱりと何度か頷き、滑らかな髪先もそれに合わせて上下に揺れた。
「じゃあ約束する!これからのライブは、この御守りを『月隠の顔』に手渡すまで、必ず毎回見にいくって……」
「今夜の最後の『選ばれし者』、おめでとうございます――VIPエリアの最前列150番にお座りのゲスト様です! あっ、バラの花束をお持ちの方じゃありませんか~~~」




