第三十六話 波乱万丈な「女神参拝式」 卑猥な「信者一号」の登場
その時、あの巨大スクリーンに、○○区○○列○○番という様式で、止めどなくスクロールする座席番号が次々と表示された。
司会者の説明によると、「月隠の顔」が「ストップ」と声を上げるたびに、番号のスクロールが止まり、対応する席のファンがステージ上に招かれてイベントに参加することになる。
こうした昔ながらのバラエティ番組でよく見られる抽選の仕組みは、あまりにもお決まりのパターンだが、その実用性はいつまで経っても衰えない。
しかも、表向きは公平性を保ちつつ、裏では自由に手を加える余地も十分にあるだけに、まさに無作為抽出法の集大成と言えるだろう。
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その一方で、ステージ中央の昇降装置では、窓付きの小さなガラス張り小屋がゆっくりと上昇してきた。
その両側にはそれぞれ5人の機動隊員が立っており、彼らの体格からして、おそらく舞台裏で僕をクズ扱いして踏みつけにした連中だろう。
「月隠の顔」はそのガラス張り小屋の中に入り、席に着くと、選ばれる者の到来を静かに待ち始めた。
「OK~~~それでは、さっそく『月の女神』に、今回のイベントの最初の『選ばれし者』を決めていただきましょう!」
「ストップ……」
この初めの「ストップ」は声がやたら小さく、最前列に座っている僕でさえ聞こえにくいほどだった。
しかし、今僕が一番気になっているのは、自分の座席番号が何番目に呼ばれるかということだけだ。
「はい~~~一般席中層G区6列目287番の方~~~おめでとうございます!最初の一人目の『選ばれし者』に選出されました!どうぞステージに上がって女神様に奉納品を捧げてください!」
最初の1人が選ばれたばかりなのに、ホール全体に悲鳴と嘆きの声が響き渡っている。僕もその発声者たちの一員。
「なんてついてないんだ―――!アイツが絶対に1番目を取っといてくれると思ってたのに!」
「先輩、その、その『アイツ』って誰のことですか?」
「あ~~~『月の女神』のことだよ!君が俺を『信者』の中で一番敬虔だと言ってくれたんだから、生意気に自分が最初に選ばれると思ってたんだ……笑わないでほしい…… 」
「そ、それは当然の反応ですとも、生意気とはとても言えません! しかし先輩、落胆は無用です。チャンスは山ほどありますからね。もしかすると、次に女神に、女神に召されるのは先輩かもしれませんよ~」
「0.000019%の確率を『チャンスは山ほど』とは言えないだろ……にしても、あれってさっき俺が乗ってた小型飛行機じゃないか? まさかこんな場合まで使えるなんて?」
―――――――
一台の小型飛行機がステージの脇に直接着陸し、あそこから十数個のギフトボックスを抱えた中年のメガネのおじさんが降りてきた。
スタッフに案内されながら、よろよろとステージの中央へ歩み寄り、あのガラス張り小屋の前に立った。
大型スクリーンには、あのおっさんの表情が鮮明に映し出されていた。
一目見ただけで熱狂的なファンだと分かるタイプだった―――涙で顔を濡らし、メガネのレンズは雨の日の車のフロントガラスのように水滴で覆われ、過度の興奮で唇が震えていた。
傍観者たちは、彼の心臓や脳血管がこれ以上の興奮に持ちこたえられるか、思わず心配になった。
この司会者はさすが業界のベテランだけあって、たとえ相手が今にも本物の神様に会いに行ってもおかしくないような状態に見えても、絶好のインタビューのチャンスを決して逃さない。
「今夜の最初の『選ばれし者』、ようこそ女神のもとへ~~~では、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「私、私は柴……柴間と申します。」
「はい、柴間さん~~~まずは、『月の女神』と間近で交流できる資格を獲得されたこと、改めておめでとうございます! 女神様のために、かなり豪華な奉納品をご用意されているようですね。なんて誠意あふれることでしょう~」
「は、はい。女神様が、女神様が喜んでくださる限り、私、私は…全財産を投げ打ってでも喜んでお捧げします!」
「わあ~~~柴間さんの信仰心には本当に頭が下がるばかりです!あくまで仮の話ですが、もし選ばれなかった場合、何か予備の計画はございますか?」
「次回のライ、ライブに向けて、もっと、もっと素晴らしい贈り物を用意します。女神様に、召喚されるまで!」
「柴間さんのその意気込み、本当に感服します!『月の女神』はきっと、あなたに祝福の栄光と神聖な御加護を授けてくださるでしょう!それでは、どうぞ奉納品を窓口までお持ちください。『月隠の顔』が直接受け取ってあげてから、握手で感謝を柴間さんに伝えます!」
「よ、よかった!!!!!私、これまでの人生、40、40数年を、生きてきた甲斐があった!!!!!」
柴間が準備を整えると、小屋の窓が自動的に開き、室内に座っていた「月隠の顔」が立ち上がり、軽く腰をかがめて、親しげに贈り物を一つずつ小屋の中へ持ち込み、中の棚の上に置いた。
そして振り返り、お辞儀をしながら細い右手を差し出し、柴間の太い掌と握手した。
彼女の手は、まるであのおじさんの掌の中に飲み込まれそうだった。
もし隣に機動隊が並んでいなければ、飲み込まれてしまったのは「月隠の顔」の右手だけでは済まなかっただろう。
目の前のこの光景、及び今、スクリーンに映し出されている、オーガズムに達したかのように興奮した男性の顔を見たところ、僕は突然、耐え難いほどの嫌悪感を覚え、仕方なく隣にいる清音に愚痴をこぼすことにした。
「あんな変態おじさんに握手されるなんて……これが『月隠の顔』のライブでは毎回恒例のイベントなわけ?」
「はい、いわゆる『ファンとの交流』はだいたいそんな感じです。プレゼントの贈呈を除けば、実は握手会と少し似ていますが、人数ははるかに少ないです。」
「そしたら握手会の方がもっとひどいんじゃないの――? どんな変な人でも近づいて握手できるってわけ?」
「ご心配なく。公式チームによると、『月隠の顔』は握手時に、指紋や掌紋といった個人の生体情報を保護するための極薄の透明手袋を着用するそうです。しかも、肌の感触には影響しないそうです……」
「俺が心配しているのはそれじゃない! 彼女があんな気持ち悪い連中と握手する時さ、嫌な気分にならないのか? 強制されているような気はしないのか?」
「まあ、それがアイドルの仕事ってものなのでしょうね。でも、彼女のようにファンのことをここまで気遣うアイドルは滅多にいません。ファンとあまり接触できないという制約のもとで、これが彼女なりの最善の対応なのです。」
「こういう形での接触って、どうにもピンとこない……」
「先輩の目には、彼女のイメージが本当に聖なる存在として映っているんですね~。」
「そ、それは当然だ!そうでなきゃ『月の女神』って呼ばれないだろ!ちくしょう!あの中年のスケベ野郎、いつまで握り続けてるんだ、さっさと降りてきやがれ!!!」
「手の届かない神様に憧れるより、むしろ、むしろすぐそばにいる普通の人間に目を向けたほうが……」
清音の最後の言葉は、剣幕のせいで僕の耳に届かなかった。
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さらに20秒近く経っても、あの柴間という変態クソ野郎は手を離そうともしない。 おそらく司会者でさえ見ていられないだろう、やむなく遠回しに降りるよう促した。
「OK~~~柴間さん、『月の女神』はあなたの誠意を十分に感じ取りました! 祝福と御加護がこれからずっとあなたと共にありますように! さあ、皆でこの敬虔な信者を、盛大な拍手で送ってあげましょう~~~」
まばらな拍手は、ボリュームがファンたちの不満の叫び声にすら及ばなかった。
明らかに、僕だけでなく、ステージに駆け上がってこのメガネの野郎を引っ張り下ろしたいと思っている人は他にも大勢いるようだ。
幸い、このおっさんもそこそこの自尊心があるらしく、100万人近い観客からのブーイングの嵐の中で大人しく手放し、不承不承ながらステージ脇に停めてあった飛行機へ戻っていった。
その途中で、小屋に振り返っては歩き、振り返っては歩きの繰り返しだった。
一方、「月隠の顔」は、それに合わせて残念そうな素振りを演じつつ、あの野郎に向かって手を振らなければならなかった。
その気力のない様子が、彼女がどれほど不本意だったかを物語っているだろう。
文緋がこれからあと18回もこんな目に遭わなければならないと考えるにつけ、このイベントが一刻も早く終わってほしいと願う一方で、自分が選ばれて登場する貴重な瞬間を心底楽しみにしていた。
「ある人や事柄に対して、拒絶と期待という相反する感情を同時に抱くことができるか」という命題は、どうやら文緋に実証してもらう必要はなさそうだ。
少し意外だったのは、親の方からは特に反応がなかったことだ。
僕の居場所から彼らの姿は見えなかったが、逆上してステージに駆け上がろうとする男性が一人も現れていないということは、親父もあながちこういうイベントを完全に受け入れられないわけではないということだろう。
もちろん、母さんが親父の怒りを力ずくで抑え込んでいるかもしれないが。
「柴間さんのおかげで、すごい盛り上がりですね~信者たちよ!もっと誠意を見せてくれませんか─────!」
津波の音よりもデカい絶叫が、ファンたちの態度を宣言していただろう。
「じゃあ『月の女神』に、2人目の『選ばれし者』を決めていただきましょう!」




