第三十四話 百万人を前にして、「女神」は本音をはく
深夜1時11分、この比類なき視覚と聴覚の饗宴も終盤に差し掛かった。
ホール全体に名残惜しさと別れの寂しさが漂い、頭の中では「アンコール」の声がループ再生されているにもかかわらず、それでもなお、「月隠の顔」の最後の辞から「別れ」や「終わり」という意味を持つ言葉を拭い去ることはできなかった。
「みんな~あなたたちは世界で一番素晴らしくて、可愛いファンです~~~! あっという間にお別れの時が来ちゃいました~この特別な夜をみんなと一緒に過ごせて、正直、幸せすぎて夢みたい……この3年間、ずっと離れずに見守ってくれたり、支えてくれたりしていたみんなの応援があってこそ、私はこのステージに立つ資格を得られたんです!これこそが……私がこのライブに全身全霊を傾けた理由です! これだけではみんなに報いきれないことも、みんながこの夢みたいな素敵な時間が終わってほしくないと思っていることも分かっています……実は私も同じ気持ちなんです! もっとみんなに歌を歌ってあげたいのですが、どうしても…どうしても…無理なんだもん……」
彼女は次第に嗚咽を堪えきれなくなり、やがて言葉が完全に出なくなってしまった。
透視メガネなしでも、今、仮面の下がどのような表情を浮かべているか思い描ける。
現場のファンたちは、一斉に拍手を送り、様々な応援の掛け声を上げ、この少女に励ましとサポートを伝えた。場は賑やかでありながらも温かみに満ちており、見る者の心を打った。
―――――――
一方、僕はただ拳を握りしめ、ステージ上でうつむいた仮面を眺めながら、胸が熱くなってきた。
「もう、十分頑張ったんだから、なんでそんな自分を責めるような口調で話すの……みんな、お前のことを誇りに思っているんだよ! 特に親父と母さんはさ、このライブが終われば、きっとお前をうちの誇りとして見てくれるはずだ! 顔を上げて、前を向きなよ!」
彼女と目も合わせず、声に出さない『静かな叫び』でしかないのに、その仮面はまるで僕の呼びかけに応えようとするかのように、再び顔を上げ、僕の居場所へと向き直した。
「本当に、本当に、応援してくれてありがとうございます! 実はこれまで、自分の家族のことをみんなに話したことがありませんでした。そこにはたくさんの複雑な理由があって、みんなもきっと理解してくれると思います。話せることは限られていますが、そろそろみんなに知ってもらいたいことがあります…… それは……私、私は本当に、本当に、本当に家族を愛しています―――――――!」
その言葉が飛び出すと、現場に集まった百万人もの観客は、誰一人として声を出さなかった。
そして、その中で最も目を見張っているのは、たぶん僕自身だろう。
「家族……それは私の人生において最も大切で、かけがえのない存在です!3年前、進路に迷っててためらい屋だった私が進むべき道を照らしてくれたのも、何度も諦めそうになった時に、勇気と自信を与えてくれたのも、私の家族でした。たとえいつも私のそばにいてくれなくても、いつも遠くへ行ってしまっても……」
声は再び途切れたが、今度はファン全員がただ静かに見守ってあげた。彼女一人だけのこの静けさを壊そうとする者など誰もおらず、誰もが惜しみなく自分の人生を費やし、彼女が気持ちを落ち着かせるための時間を与えていたのだ。
「ごめんなさい……ただみんなに知ってほしかったんです。私と同じ血が流れている大切な人がいなければ、『月隠の顔』はこの世に現れることも、私を心から応援してくれるファンのみんなの人生に現れることもありませんでした…ですから、今この瞬間、私を見守っててくれるかもしれない『大切な人』に、この最後の歌を届けたいと思います。私のこの小さなわがままを、どうか叶えてほしいんです……」
その時、あの仮面はついに向きを変え、ホール全体を一回り見渡した。
「そんで……あの……嫉妬しないでね! ファンのみんなも私にとってはとても大切な存在だから~~~」
この最後のおどけるような、ユーモアたっぷりの願いで、現場は笑いの渦に包まれたが、僕だけはまたしても場違いな存在となってしまった。
目頭を熱くさせる液体こそが、僕の笑顔を奪った元凶だった。
「目さん……お願いだから……涙腺を少し抑えて……涙が出ないようにしてくれる……?」
「承知いたしました~でもご主人様、涙は感情の揺れ動きによる自然な産物です。そのまま流れ出した方が楽になると思います。」
「お願い……兄貴としての俺のわずかなメンツの為に、頼むよ……」
目の細胞たちは僕の意図を理解してくれたようで、目元の湿度はたちまち通常レベルに戻った。
「完了しました、ご主人様~でも、なぜ急にそんなに激しい感情の変化があったのか、なかなか理解できません…」
「拙者の個人的な意見ですが、ご主人様がこれほど感傷的になるのも無理はありません。さっきの『月隠の顔』のスピーチで言及された『家族』という言葉、もしそれを『兄』やご主人様の名前に置き換えても、内容全体として全く辻褄が合うのですから。」
「なるほど~~~ ってことは妹さんは、ご主人様への想いを……あれ?なんで涙腺がまた反応しちゃったの?」
「お前たちが喋りすぎだから…特に心臓さん!いいから早く涙を止めて!文緋がこっちに来てる!」
目の細胞たちが涙を片付ける間に、「月隠の顔」は笑い声と拍手に囲まれながら、VIP席の真正面へと歩いてきた。
彼女が足を止めたと同時に、このフィナーレを飾る歌の前奏がゆっくりと流れ始めた。
ホール全体が騒然となった。僕と清音も例外ではなかった。
「まさかまた『君とつながる星空』?アイツ、間違えて流したんじゃないのか?それか、オープニングとエンディングを合わせようってわけか?」
実のところ、僕の音楽理論に関する知識は、例えるなら、せいぜい芋の煮えたもご存じない人間並みだ。
ただこの歌だけに関しては、たとえ楽譜の構成を完全にバラバラにされても、骨の髄まで染み込んだ記憶を頼りに再構築できるほど覚えている。
しかし今夜、かつて僕の両耳がふやけるほどどっぷり浸かったあの音楽の川に、二度目の浸かりをしようと耳を傾けたとき、不協和な要素を発見してしまった。
ほんの短いヴァースの冒頭部分であり、聴いた限りでは歌自体の完璧さを損なっているようには思えないが、そこから伝わる感情は少しずつ、変わりつつあるようだ。
あたかも枷をはめられた心を言葉に変え、夜空に輝く星々を通じて、その枷を解く鍵を持つ誰かに伝えているかのようだ。
明らかに、問題はメロディーではなく、文字に、つまりオリジナルとは全く異なる歌詞にある。
僕一人だけでなく、これはファン全員が耳にしたことのない全く新しいバージョンだと断言できる。
念のため、すでに夢中になって聴き入っていた清音に尋ねてみた。
「清音、この曲に何か違うところがあるって気づいてる?」
「先輩も気づいてるんですか?歌詞ですね! オリジナルとは全く違います! きっと家族のために特別に作り直した歌詞なんでしょう!」
やはり予想通りだった。
清音という名誉会員が太鼓判を押してくれたことで、単なるファンとしての僕でも、普通のファンなりに合格点を取ったと証明できる。
「メロディーは相変わらず美しいのに、歌詞は前よりも一層悲しげに聞こえる……きっと本当に家族に会いたがっているんでしょう。」と、清音は呟いた。
仮にこの「特別版」を本当に僕というナルシストのために作ってくれたとしても、僕は彼女の目の前、50メートルも離れていないところに立っているのに、なぜ歌で想いを寄せなければならないのだろう?
「彼女は以前、ファンの皆さんに家族のことについて一度も話したことがなかったの?」
「定かではありませんが、私の記憶では、確かにご家族に関する話は一度もしたことがありませんでした。ですから、私も初耳です。『月隠の顔』はきっと、幸せで円満な家庭で育ちました。娘を愛する両親が支えになって、夢を追い求める彼女を全力で応援してこそ、今の成功を収められたのでしょう。」
僕は清音の感想を訂正せず、その発言に乗って話を続けた。
「俺もそう思う。彼女の両親はきっと、娘をとても愛している。」




