第二十八話 舞台裏侵入作戦 不様な敗北
「あれは……拘束ロープ発射装置の発射音だ!!!」
この音を安達池はかつて二千回以上も耳にしていた。
そのため、その記憶を回想することで、池は瞬時に音源を特定できた。
「百聞は一見に如かず」という諺の通り、自身のトラウマ的な記憶に間違いがないかを確認するため、池はやむを得ず視線を向け直し、振り返って後ろを見た。
すると、追跡者の化学的形態が有機生命体から無機物へと変化していることに気づいた―――青みがかった、表面がやや粘り気のある液体の塊が数個、自分のすぐ後ろを追いかけてきていた。
その外観は京空市の機動隊が使用する拘束ロープとは明らかに異なり、しかも移動速度は驚異的に速く、あっという間に互いの距離を手の届く範囲まで縮めてきた。
もしアルバム発売会場の騒動で、池と清音に向けて最初の一発を撃った機動隊員が、この強化版の拘束ロープ銃を使用していたとしたら、池が清音を突き飛ばしながら弾丸をかわすという「英雄的な場面」は絶対に起こり得なかっただろう。
その代わりに、二人はその場で繭のように縛り上げられ、「アルバム争奪戦」の勝利など絵空事と化していただろう。
しかし、非致死性の拘束ロープであれ、致死性の火器であれ、あるいは近接武器に等しい人間の拳であれ、それらはすべて同じ本質を共有している。
つまり、真の威力を発揮するには、標的を確実に命中させなければならないということだ。弾丸の飛行速度がどれほど速くても、それはただまっすぐに標的へと飛んでいくだけだ。
タイミングよく位置を変え、弾丸の予測される弾道から外れさえすれば、SF映画で見られるような弾丸を颯爽とよけるシーンを現実で再現できる。
したがって、安達池は先ほど細胞に下した指令に「回避対象を人間から拘束ロープの弾丸にまで拡大する」という補足を加えるだけでよい。
ただ、池が指令を伝える時間はもうほとんど残されていない。衣服越しに、氷のようなひんやりとした感覚が彼の背中の皮膚へと伝わってきているからだ。
「この拘束ロープのスピード、反則レベルじゃないか……細胞のみんな―――! 頼む、助けてくれたまえ……」
「ご主人様、言葉にする必要はございません―――! どうすればよいか分かっています!」
全細胞が意を汲み、池が言葉による指令を完全に組み立てる時間を節約してくれた。
そして、拘束ロープが池の肉体に密着するより先に、彼は素早く上半身を左側に傾け、同時に足の裏で左側に力を込めて飛び上がった。
一見普通の人間でもできそうな二つの動作が、束の間で互いに組み合わさったことで、運命さえ書き換えることのできる不思議な力を生み出した ───
弾丸の弾道に、安達池の姿はなくなった。今の彼は、横向きに跳ね上がった姿勢を保ち、地面から3メートルにも満たない低空にゆらりと浮かんでいた。重力に身を任せながら落下する彼は、すでに自分の居場所の先に凄まじい勢いで飛んでいった液状の物体を、ぞっとしながら見つめていた。
「ふぅ……危なかった……もうおしまいだと思った……」
「仰々しいッスよご主人様~ぶっちゃけ、一直線に飛んでくるものを避けるなんて、大したことじゃないッス!」
「仰々しいってお前たちの方じゃない?弾丸を避けるってどう考えてもありえないことだっていうのに、あんなに気楽に言うなんて……」
「だって、ご主人様と協力して、自分の能力を実戦に活かしたのはこれが初めてなんですから! 初めてにしてはうまく出来てるじゃないですか~戦闘経験はまだ少し不足していますが、それは時間の問題に過ぎません~」
「とは言っても、戦闘経験を積む機会は、できるだけ少ない方がいいんだけど……」
「ご主人様―――!!! 前方にご注意を!!!」
目の叫び声に、安達池の胸は思わず縮み上がり、窒息しそうになった。彼と目の細胞たちは、共に「絶望」と名付けられた光景を目の当たりにしたからだ。
とっくに池の前方まで飛んでいった拘束ロープ弾は、本来なら既に脅威ではなくなり、やがて壁にべったりと付着した汚れとなって急速に分解されるはずだった。
ところが今、それはまるで空に咲く絢爛な花火のように、池の目の前で炸裂した。
飛び散る水しぶきは、空を覆うほどの密度の網を形成し、全方向に高速で拡散した。
その原理とは、破片手榴弾など、大量の細かな金属片を含む爆発物と似ており、火薬が爆発した際に生じる衝撃波で金属片が射出され、射程内の目標全体を殺傷する仕組みである。
もちろん、空を舞うこれらの緑色の粘液自体には殺傷力はなく、接触したすべての非生物の物体の表面に水の染みを残すだけだ。
しかし、大きな生命体、とりわけ人間が接触した場合は、話は別だ。
そして、ちょうど射程内にいる安達池は、この強化版拘束ロープ弾が一般の生命体に対して特有の、並外れた性能をまもなく身をもって体験することになる。
窮地に追い込まれた彼は、やむを得ず4度目となる自身の細胞たちに頼るしかなく、彼らが奇跡の限界を再び塗り替えてくれることを期待した。
「バカな!!!なんと破片効果まであるのか!?首都での鎮圧用武器って、こんなにヤバいものなのか!?とにかくみんな、どうにかしてこの攻撃をかわしてくれ!」
「申し訳ありません、ご主人様。これほどの規模の攻撃では、私たちでさえ恐らく無理でしょう……」
そう、もはや奇跡はない。窮屈な空間、無防備な状態、遮蔽物の欠如――この三つの不利な条件が重なることに加え、さらに肉眼では捉えきれない極小の「弾丸」が、無数に高速で襲いかかってくることに直面して……これまで幾度となく安達池を危機から救ってきたこの肉体は、初めて挫折感を覚えた。
もしこれが現実の戦場だったら、自分の主人は一体どのような結末を迎えるのだろう……塵よりも微小な脳みそでも想像できる。
「申し訳ありませんご主人様……人間をなめて、テクノロジーをおろそかにして、ご主人様をこのような危険な状況に巻き込んでしまいました……」
「避けられないだけじゃないか! 何で落ち込むんだ! だったら、いっそ正面から弾丸を受け止めてしまえ!」
「え?と、というと?」
「後で説明する!とにかく諦めるな!まずは俺と一緒に、打たれる覚悟を決めろ!」
「わ……わかりました!みんな、その準備を――!」
これまで細胞たちの激励と支えによって数々の難関を乗り越えてきた安達池だったが、今や逆に、意気消沈して呆然としている仲間たちを励まし、断固とした決意で体内に広がる挫折感を振り払った。
攻撃が当たる直前の最後の瞬間、歯を食いしばって腕を顔まで掲げ、顔面を可能な限り守り、そばかすだらけのような醜い顔にならないようにした。
雨粒よりも密集した水しぶきが池の体にパチパチと当たる音が響く。すると、服から露出した池の肌に直接触れた液体が自ら動き出し、体に残る他の水滴と瞬く間に結合して、ねばり強い液状のロープを次々と作り出した。
まず池の口にまとわりついて声を出せなくし、 次に池の両手を腹部へと強引に引っ張り、急速に凝固して収縮することによって、首以下の体をきつく包み込んだ。
互いにくっついた両足もバランスを保てないせいで、池は地面に倒れ込み、床の上でうごめく巨大な毛虫のように、必死にもがき続けるしかなかった。
2ヶ月足らずの間に3度目となるミイラのような縛り。成人向けの緊縛プレイは、池にとってはもはや日常茶飯事となったようだが、知性を得たばかりの細胞たちにとっては、比較的新鮮な体験だった。
肌の隅々まで染み渡るその締め付け感を通じて、細胞たちは生命の全周期に通用する二つの処世術を細胞核に刻み込んだ――
油断は成功の大敵であること。
人間を侮れば、必ず痛い目にあうこと。




