第二十六話 舞台裏侵入作戦 交渉決裂ならば、実力行使で
対話による解決の道が残っている限り、武力に訴えるべきではない。
柔軟な対応と巧みな交渉術は、日常生活における諸々の争いを解決するだけでなく、国家間の戦争さえも未然に防ぐことができる。
「何事も話し合いで解決できる」という真理を固く信じる僕は、目の前に立ちはだかる人垣に向かって、奥の手を繰り出した――
人脈や身分を利用して問題を解決する。
これこそ、人工知能ですら予測できない、人間特有の問題解決手段である。
適切に活用すれば、超能力よりも効果的な必勝の秘策となるかもしれない。
ただし、前提として、この連中が皆、分別のつく善人であればの話だが……
「ちょっと待ってください――― !あの……私は不審者なんかじゃありません!私は、皆さんの責任者である北崎梢さんと昔から知り合いなんです!今夜も彼女の招待を受けてライブを観に来ているんです!信じられないなら、私の手にあるVIPマークをスキャンしてみてください!」
「VIPマークを持っていても、北崎様と知り合いだという証拠にはなりません!知り合いの名を借りてバックステージに潜入しようとする、あなたのようなストーカーは、こっちも何度も見てきたものだ!」
「嘘じゃないんです! どうすれば信じてくれるでしょうか……そうだ! 開演前にバックステージに来たことがあります! しかも、北崎さんの側近に案内してもらったんです! え? あそこの方、私とすれ違ったことありませんでしたっけ? 覚えていらっしゃいますか? その時、あなたの前を通り過ぎたんですよ!」
道を塞いでいるスタッフのうちの1人は、まさにその時に警戒心たっぷりの眼差しで僕を頭からつま先までじろじろと見ていた人物。
たった一度の出会いであったとはいえ、北崎さんの部下たちが道を開いてくれる勢いに乗じて、部外者立ち入り禁止のエリアを堂々と闊歩していた高飛車な御曹司っぽい姿を見れば、どう考えても強い印象が残るはずだ。
たとえそれが、どん底まで落ちたような最悪の印象だったとしても。
一方、僕はまるで命綱を握るかのように、そのスタッフに親しげな表情で取り入ろうと努めた。
「そんな奴がいたような、いなかったような……でも顔立ちが少し違うな。確かあいつはこんな顔じゃなかったはずだけど……」
あれ―――?一体どういうことなんだ? 特権を振りかざしていた奴は、紛れもなく僕本人だぞ?
この世に、僕ほど少しの得をしただけで天狗になるようなチャラい人間が、僕以外にいるというのか?
これほど悪印象が際立っている人物が、こんなに簡単に忘れ去られるはずがないだろう?
しかし、顔の話になると……もしかして、僕の「0%の注目度」を誇るごく普通の顔と、空気同然の存在感のせいで、舞台裏の誰も僕の顔を覚えていないってわけか?
これ以外に説得力のある説明はないだろう。生まれつきこの顔と22年間仲良くやってきて、初めてこの顔に嫌悪感を抱いた。その感情は微風のように希薄で、一瞬で消え去ったけれど。
「違います…あの人、本当に私なんです! せめて防犯カメラの映像とか確認してくれませんか? あの時の映像に映っている顔と照らし合わせれば、私が嘘をついていないことが分かるはずです! お願いします!」
「それは無理。バックステージの監視室は機密エリアで、一般の従業員ですら自由に出入りできない。仮にあなたが北崎様の知り合いだとしても、面会は遠慮させてもらう。」
「なんでですか? 北崎さんが今、多忙なのは分かっていますが、せめて彼女に伝言だけでもお願いできませんか?『安達池』という者が来たって……」
「無駄だ。北崎様は既に、ライブ終了までは外部の人物とは一切面会しないと厳命されている。これ以上食い下がっても時間の無駄だぞ!お引き取りください!」
最初からそう言ってくれればよかったのに。命令を盲目的に実行するだけの操り人形どもに、貴重な時間と労力を無駄にさせられたじゃないか。
とはいえ、長い目で見れば、こうした融通の利かないロボットみたいな人間が増えれば増えるほど、社会の公平性の向上や気風の改善につながるかもしれない。
「もしそれでもお引き取りにならないなら、強制的に退去させることになるぞ!」
「待、待ってください!もう少し話を聞いてくれませんか?」
僕に向かって差し出された数多くの掌が、僕をここから押し出そうとする仕草こそが、彼らの答えだった。
「ご主人様!この頑固な人間らは、言葉だけで説得できる相手ではありません!このままでは追い出されてしまいます! 一刻も早く決断してください!」
僕は心臓の忠告を無視し、ただその場にじっと立ち尽くしていた。
あれらの「答え」が僕の体に届くまで、あとほんのわずかの距離。
敗北はもはや避けられないように見えた―――せいぜい、両親から託された任務を遂行しきれないだけのことだ。
それによって経験値が減らされるような罰を受けるわけでもないのだから、なぜ大柄でマッチョな連中と無理に争わなければならないのか?結局のところ、誰が僕の苦労を認めてくれるというのか?
どうしても進む道がないのなら、思い切って引き返そう。
臨機応変が得意だと自負しているのだから、諦めるべき時はきっぱりと諦めるといい。
最初から最後まで、文緋の体調に関する根拠のない推測に基づいているのなら、なぜ法律の制約を破ってまで、こんな危険な賭けに出る必要があるのか?
いくつもの理由を並べて自分を納得させようとした。いずれも合理性と実現可能性が見事に結晶したものであった。
それらを一つずつ打ち砕くには、どんな頑丈な障害物であろうと壊せる鈍器、すなわち「いかなる代償を払っても文緋のそばに辿り着いてみせる」という名のもとに鋳造された武器が欠かせない。
それこそが、心理的・現実的な二重の障壁を打ち破る唯一の手段なのだ。
ところが、僕に与えられた時間はもうほとんど残されていない。
というのも、数々の力強い掌が、もはや通常の反応速度では避けられないほど至近距離まで迫ってきており、指紋さえもはっきりと見えるのだ。
電光石火の間に、そのような武器を手に入れるなど、案の定、非現実的だろう……
「ご主人様―――! 本当にご自分の妹が苦しむのを見ても平気でいられるのですか!!!彼女をこのまま放っといて本当にいいのですか!!!」
心臓がヒステリックに最後の咆哮を上げた。それに伴い、数多の結晶が砕ける鋭い音も響いた。
「これだ!!!細胞全員、俺の命令を聞け!!!この連中を躱せ!!!そして一気に奥へ突入しろ!!!」
「了解!!!!!」
「最初からそのつもりでした!!!もう待ちきれません!!!」
「全員で一斉に動き出せ!ご主人様を『月隠の顔』の元へ連れて行け!」
――――――――
命令が全身に伝達された瞬間、安達池の血管の中で血液が奔流のように暴走し始めた。わずか6リットル余りの血液量にもかかわらず、怒涛に匹敵する勢いで、膨大な量の酸素と栄養分を血管が及ぶあらゆる部位へと運び届けた。
脳以外の神経細胞には、限界を突破するような浸透圧で超大量のナトリウムイオンが流入し、それによって人並み外れた神経興奮性が維持されている。
一方、筋細胞内のミトコンドリアは、まるで最大出力で稼働する造幣工場のように、最も効率的な現代の生産機械ですら太刀打ちできないほどの恐るべきスピードで、細胞の世界を巡るエネルギーの通貨―――アデノシン三リン酸(ATP)を噴出させ、それを、普通の人間の体では絶対に不可能な一連の動作に、計り知れないほどのエネルギーを消費する動きに、乱暴に注ぎ込む。
もちろん、こうした摩訶不思議な超常現象を、安達池が目にすることができるはずはない。が、彼が何も感じていないわけではない。
かつて、ある少女を抱えた不利な状況下で、まともに武装した何千ものつわものに立ち向かい、幾重にも張り巡らされた包囲網から血みどろの脱出を果たしたこの肉体は、今まさしく、あの時と同じ感覚情報を安達池に伝えている――
60兆人の相棒と肩を並べて戦えば、どんなに辛い戦いでも必ず打ち勝てる!
いよいよ戦闘絡みのエピソード!
大した戦闘場面ではありませんが、気に入っていただけたら幸いです。次のエピソードを楽しみにお待ちください!




